141 / 208
連載
282 ヘリオンの迷宮②
しおりを挟むがるると擬音が背後に浮かびそうなミリィをなだめるべく頭に手を載せて撫でてやるが、どうにも収まる様子はない。
ダリオの挑発はミリィに効果抜群だ。少しは煽り耐性を付けてほしいものだが。
「落ち着けミリィ。顔が真っ赤だぞ」
「だってあの人が……」
不満そうにぶーたれるミリィ。
煽られても流せばいいだけだろうに、子供だな全く。
「いいから引っ込んでいろ。ワシが話をつけてやる」
「……はぁい」
渋々引っ込むミリィに、ダリオが追撃を仕掛けてくる。
「ふふふ、あとはお兄さんに任せて逃げ出しますか? 情けないですねぇ」
「だ、誰が……っ!」
……こいつも調子に乗りすぎだ。
ワシはやれやれとため息を吐くと魔力を集中し、ダリオを睨みつける。
――――威圧の魔導。
テレポートによる退却を封じ、レベル差がある相手ならば強烈な威圧感を与え、怯ませることが出来る固有魔導。
ワシのは我流なので効果は薄いが、レベルの低いダリオを黙らす程度なら十分なようだ。威圧の魔導を正面から受けたダリオの表情が、一気に強張っていく。
「お、お前は……一体……?」
「なぁに、おこちゃまレベルのしがない冒険者だよ」
ワシの言葉にダリオは言葉を詰まらせ後ずさる。
それを見て、ワシの横であかんべーするミリィ。
ま、まぁこれでミリィの溜飲も下がったなら別にいいか……威圧の魔導を緩めると、ダリオはへなへなと崩れ落ちた。
「おいゼフ、とっとと行くぞ」
「そうだな。時間を無駄にしてしまった」
「えーと……ではボクたちはこれで……」
「ま、待てっ!」
ワシらが洞窟へ足を踏み入れようとすると、ダリオが呼び止めてきた。
まだ受けた威圧から回復していないのか、声と足が少し震えている。
「み、ミリィとやら! 私との勝負から逃げるつもりなのかい?」
「はぁ……?」
まだ絡んでくるのかよ。本当に面倒くさい奴だ。
いや、こいつは装備や連れている奴隷からして、そこそこの地位の者なのだろう。
ケンカを売っておいてビビッて引き下がるなど、そう簡単には出来ないのか。
しかも奴隷たちの前だからな。
やれやれ、どうしたものかなと考えていると、ふと良い考えを思いついた。
ワシはニヤリと笑うとダリオの方を向き直る。
「……わかったいいだろう、勝負を受けてやれ。ミリィ」
「え? い、いいけど……」
戸惑いつつも頷くミリィを見て、ダリオはニヤリと笑う。
「ふふ、そう来なくては……! 言っておくが、互いを傷つけたりする類の勝負は当然禁止だ。あくまで冒険者として、正々堂々だからな! 勝負方法はトレジャードロップを望む!」
――――トレジャードロップ。
冒険者同士でよく行われる勝負の一種で、ダンジョン内のドロップアイテムを、より多く集めた方が勝ちというものである。
数は問わず、とにかく種類を集めた方が勝利なのだ。
より広範囲、より多くの魔物と、より多く戦う必要がある為、パーティの総合力がモノを言う。
互いに傷つける事もないし、冒険者同士が行う勝負の中では割と平和的なものの一つだ。
(そして計画通り……!)
ダリオはワシにビビっていたし、奴自身の戦闘力は恐らく高くない。
直接戦闘を避けるならば、提案してくると予想される勝負はそう多くないからな。
きっとこれで勝負をかけて来ると思っていた。
「ふうん……いいわよ! その勝負受けようじゃない!」
「成立ですね」
バチバチと火花を散らすミリィとダリオ。
思い通りに事が運んでいるのにほくそえみつつ、ワシはごそごそと袋を漁る。
取り出したのは小さな紙とそれを止めるピン。
これは旅人の道しるべと言うアクセサリーで、自分の通ったルートが紙に自動でマーキングされていくのだ。
通称マーカー、地図なしでダンジョンに挑む場合はあると便利なのである。
「ダリオといったか。これを渡しておこう。お互いの進路が被ると、色々やりにくいだろう?」
「成程、互いの進路がわかれば道が被る事もないと……おい、お前つけておけ」
ピンを奴隷の女に渡すダリオ。
女がピンを鎧の内側に仕込むと、白紙にじわりと光が浮かぶ。
ワシも同様に襟首にピンを仕込むと、ダリオの持つ紙にじわりと光が浮かんだ。
これで互いの位置がわかるようになるというわけである。
「期間は……そうだな、5日後でどうだ?」
「いいでしょう。ふふ、まぁ3日で十分かもしれませんが……おい行くぞお前ら」
そう言って奴隷を引き連れたダリオは迷宮へと潜っていく。
ワシはそれを見送りながら、マーカーをもう一本取り出してクロードへと手渡した。
「それはワシら用のだ。クロードがつけておけ」
きょとんとしていたクロードだったが、すぐにワシの考えに気付いたのか口元に笑みを浮かべる。
「成程……ボクたちとダリオさんたち、二組で同時にダンジョンを探索して、より早く、より効率的に地図を完成させようと言う事ですね? ドロップアイテムの数ではなく種類で勝負しているので、より広範囲を探索する必要がある……と」
「察しが早いな」
クロードが胸元にマーカーをつけると、じわりと紙に光が浮かんだ。
ダリオの光は真っ直ぐ降りて行っているようだな。
「……ではワシらも行くとするか?」
「絶対負けないんだから……!」
ミリィが闘志を燃やしている。まぁ普通に考えて負けないだろう。
奴隷のレベルはそこそこ高いが、それでもワシらの平均レベルは80を超えているからな。
とはいえミリィも大概だ。
あんな挑発に毎度乗っているようでは、リーダーは務まらないからな。
少し灸を据えておくか。
「……ちなみに負けた時、あいつが何か要求してきた場合はミリィが何とかして責任を取るのだぞ」
「えっ!?」
「そりゃあ自分で買った喧嘩なのだからな。当然ではないか」
「うう……そ、そりゃあそうだけど……」
「実力差は十分あるとはいえ、トレジャードロップはレア運も絡んでくるからな。必勝とはいえんだろう。しかし戦闘用の女奴隷を使うような奴だ、負けた時はどうなるか想像もつかんなぁ……」
「あ、あうあう……」
涙目でワシを見上げるミリィ。
見捨てられるとでも思ったのだろうか。
どれもう少し……追撃を仕掛けようとしたところで、レディアがワシの後頭部をペチンと叩く。
「こぉ~ら、ゼフっち~あまりミリィちゃんをいじめないの!」
「む……悪い」
レディアはミリィを抱き寄せながら、ワシの額に人差し指を突き付けてくる。
やれやれ、調子が狂ってしまったな。
「えぇと……それでは改めて、潜りましょうか!」
「そうですね、ミリィさんの為にも勝たなければなりませんし」
クスクスと笑いながらクロードがシルシュと共に先頭を進むのであった。
クロードの緊張も少しほぐれたようである。
0
お気に入りに追加
4,129
あなたにおすすめの小説


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。