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連載
280 外世界
しおりを挟む「外世界か……」
この地図に描かれている範囲が、現在我々の住んでいる範囲である。
何故地図がそこまでしか書かれていないかというと、地図の外には大量の難破船を生んだ海の墓場ともいうべき場所が広がっているからだ。
船がこれ以上先へ進まぬようこれ以上の地図は一般には販売されていないのだ。
そういえばこの頃からだろうか。
航海技術の発展により、頻繁に外世界の調査が行われるようになり、日に日に地図が広がっていったのだったな。
前世での知り合いも、幾度か行っていたのを思い出す。
外世界には見た事もない草木や生き物、魔物がたくさんおり、様々な種族の亜人も存在しているとか。
確かエルフもそこに住む亜人の一種で、大昔に外世界からこちらの大陸に流れて来たとか……まぁあまり興味はなかったのでよく憶えていないが。
「実はあれから文献を漁って見てわかったのだが、何百年も前に外世界へ行って帰ってきた者が、そこでティアマットに似たモノを見たと記されているのだ。それだけではない。我々が使い魔と呼んでいる存在も多数確認されている」
「外世界には我々が異界と呼んでいる空間が存在している、と?」
「協会の研究者によると、その可能性が高いそうだ」
魔導師がサモンサーバントにより異界から呼び出す存在、使い魔。
彼らは基本的に異界で暮らしており、それを魔力で具現化し力を借りているのだ。
その本体はあくまで異界にあり、よってこちらの世界で死んだとしても、本体には何の影響もない。
……まぁ数日間呼べなくなるし、色々消耗するのかもしれないが。
「これは最近分かってきた事だが、黒い魔物は大地の魔力を使ってこちらの世界に具現化しているらしい。……知っているとは思うが異界にいる使い魔本体が死ねば、サモンサーバントにより使い魔を呼び出す事も出来なくなる」
「つまり外世界にいる黒い魔物の本体を倒せば、こちらの世界に湧いてくる事もなくなると言う事か?」
「理解が早くて助かる。ゼフには外の世界に行き、黒い魔物の本体を倒してきて欲しいのだ」
「それがワシへの罰……か?」
「キミだけを咎めようというワケではない。ウロヒメには現在、十分すぎるほど働いて貰っているからな」
――――知っている。
毎日毎日、ウロヒメは大量の使い魔を用いて、がれきの除去や食料の搬送などを行っているのだ。
多くの使い魔を同時に使役できるウロヒメは、普通の人の何十倍もの働きをしている。
シラヌイたちの制止の声も聞かず、毎日殆ど寝ていない程に、である。
「これはウロヒメが自分で言いだしたのだ。自分が原因なのだから、自分が一番働くべきだ、とな」
何とも真面目な事である。
そんなウロヒメが禁を破ってまでスサノオを使ったのは、ワシを強敵と認めたからであろうか。
また全力で戦いたいものだな……今度は禁呪なしで。
「……それで、行ってくれるかね?」
「ふむ……」
外の世界へ行き、黒い魔物の本体を倒す……か。
悪くはないがこのままバートラムの言うなりになるのも何だか癪だな。
ふむ、としばし考え込んだ後、ワシはバートラムを正面から見据え、答えた。
「いいだろう、その任務承った」
「それは助かる」
「……ただし条件がある。ワシが外世界の調査から戻ってきた時は、五天魔の座をかけてワシと勝負しろ」
「私と……?」
「緋の五天魔には少々思い入れがあるのでね……!」
他の五天魔でも構わぬと思っていたが、やはりワシには緋の五天魔が似合う。
しかも歴代最強の五天魔であるバートラムを倒して、となれば最高ではないか。
「それは私にワザと負けろ……と言う事ではないよな」
「当然だ。ワシと全力で勝負しろ」
ワシの言葉に驚き目を丸くしていたバートラムだったが、不意に目を細め口元を緩める。
「私にそんな大真面目な顔で勝負を挑んでくる者など、もはやロウクスくらいしかいないと思っていたが……嬉しいね」
そうぽつりと呟くと、バートラムの全身から吹き上がる炎のように魔力が迸っていく。
凄まじい程の魔力の昂ぶり、これが歴代最強の五天魔か。
ワクワクさせてくれるではないか。
ティアマット戦で見たバートラムの戦闘力はかなりのものであった。
もしかしたらワシより強いかもしれない。
(ただしそれは現時点では、だが)
ニヤリと笑いながら、先日スカウトスコープを使った時の記憶を呼び起こす。
ゼフ=アインシュタイン
レベル96
「緋」魔導値69 限界値99
「蒼」魔導値66 限界値92
「翠」魔導値68 限界値99
「空」魔導値64 限界値93
「魄」魔導値78 限界値97
魔力値5046/5046
そう、五天魔の魔導を体内で合成して発動して以来、何やら魔力線が疼くと思ったらワシの魔導限界値が大幅に上がっていたのだ。
もしかしたら体内の魔力線が覚醒したのだろうか。
魔導による攻撃を受ける事で魔力線が刺激され、一般人が魔導師として覚醒する事はあるが……それと似たようなことが起こったのかもしれない。
魔導師がその才能を超えるような覚醒をしたというのは聞いたことがないが、あれほどの大魔導を体内で直接合成するなどという無茶をやるような者はいるはずがないし、恐らくこんな事が起こったのはワシが初めてであろう。
二重覚醒とでも名づけておくか。
緋のレベルも99まで上がっている。
恐らくワシの緋の魔導への思いや志が魔力線に強く作用したのであろう。
強い気持ちが魔導に作用するのは、ままある事である。
(だがこの二重覚醒……ミリィやレディア、仲間たちに出会わなければ成しうる事は出来なかっただろうな)
ミリィと魔力線を何度も重ね、合成魔導の技術を向上させてきたからこそ五天魔の魔導を受け止められた。
レディアの義手がなければ、ワシの身体はそれを受け止めることが出来ずバラバラになっていただろう。
他の皆もだ。仲間を信じる事の大事さを教えてくれたからこそ、いけ好かない五天魔の連中と協力することが出来たのだ。
効率のみを追い求め、ミリィたちを切り捨てていればこの力を得る事は叶わなかっただろう。
握る拳に力がみなぎっているようだ。
「くっくっ、帰ってきた時に吠え面をかかぬよう、せいぜい修行を積んでおくのだな」
「……そうさせて貰おう」
ワシとバートラムの視線がぶつかり、舞い散る火花。
周囲の温度が数度上がった気がした。
しばらくじっと睨み合っていたが、バートラムがふいと目を逸らし椅子に腰かける。
これ以上は魔導で語るべき、という事だろう。ワシも彼の意を汲むべく昂ぶる気持ちを鎮めた。
「……細かい話は追って伝えよう。それまでは準備をしておくといい」
「あぁ、首を洗って待っているのだな」
「楽しみにしているよ。もし私に勝つ事が出来たらエリスを……いや、何でもない」
何かを言いかけて、バートラムは楽しげに笑う。
「では失礼する」
「あぁ、無事に戻って来い」
そう言ってバートラムと拳を合わせる。
外世界にバートラムとのバトルか……新たな楽しみが出来たな。思わず口元がにやけてしまう。
「……何ニヤニヤしているんですの?」
「うおっ!? ……何だエリスか」
「何だとは何ですか……」
廊下を歩いていると、書類を抱えたエリスと遭遇してしまった。
少し不機嫌そうに睨んでくる。あまり寝てないのか、顔色はあまりよくない。
「バートラムに呼ばれていてね。エリスは色々と忙しそうだな」
「……五天魔の娘だからと特別扱いされるのは嫌なだけですわ」
照れくさそうに目を逸らすエリス。
相変わらずプライドの高い事だ。
ワシの視線に気づいたのか、照れくさそうに目を逸らす。
「そ、そういえば今、お時間はありますの? よかったら昼食でも……と思ったのですが……」
「ふむ、丁度腹も減っていた事だし構わないぞ」
「本当ですかっ! ではすぐ準備いたしますので中庭のベンチで待っていなさいっ!」
書類を抱え、走り出すエリスを見送るのであった。
協会の外へ出ると、丁度ミリィが入口の所に立っている。
やけにうれしそうだ。
「あ、ゼフーっ! やっと終わったのね」
「何だかうれしそうではないか」
「にひひ♪ 私ね、大会で優勝したんだよっ!」
ミリィの頭を撫でてやると、嬉しそうに抱きついてきた。
そういえば隔離空間で腕試し大会をしていたのだったか。
「おぉ、やるなミリィ」
「へへへ~でしょ~っ!」
見ればミリィは小さなメダルを首に下げ、さも見て欲しそうに胸の上に弾ませている。
「丁度いい、実はエリスに食事に誘われているのだが、ミリィもどうだ?」
「うん、行く行くーっ! もーおなかペコペコだよー」
早速指定の場所、中庭のベンチへと移動する。
のんびり待つか……と、思っていたら既にエリスが到着していた。
早い、というか何故着替えているのだろうか。
エリスは先刻の派遣魔導師ローブは脱いでおり、ワンピース姿で座っている。
「早かったではないか」
「やっと来ましたか! まぁ私も今来たところですけ……ど……」
「やっほーエリス♪ 久しぶりーっ」
ミリィが挨拶をすると、エリスが固まる。
「わーっ! 美味しそう! これエリスが作ったの?」
「……えぇ……まぁ……」
「すごいっ! ね、今度私にも作り方教えてよーっ!」
「別に……構いませんけど……」
エリスは死んだ目でミリィの言葉に答える。
余程疲れているのだろう。
やはり派遣魔導師というのは大変なのだな。
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