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連載
248 レオンハルト家⑦
しおりを挟むワシが戦闘態勢に入ると同時に、オックスの右手に黒い剣が生まれる。
湾曲した黒い刃、凶々しい刀身は柄ごと漆黒に染まっている。
オックスは黒い凶刃を構え、にたりと嗤った。
「ゼフ君、君は邪魔だ――――だから、死にたまえよッ!」
そして駆ける。
凄まじい速度で駆けてきたオックスの振り抜いた剣閃が闇夜に溶けるように走り、咄嗟に突き出したワシの義手を半分に斬り裂いた。
(アロンダイト鋼で出来た義手をいとも容易く……!)
何という切れ味だ。
しかもあの黒い刀身、暗闇では相当に見切りにくい。
ガラン、と切り落とされた義手の落ちる音が鳴るのを待たず、オックスは更に前に出る。
「ちっ!」
突きを躱すべくワシは一歩後ろに飛び、ホワイトクラッシュを念じる。
黒い刀身が義手に触れた刹那、閃光がオックスの眼前で炸裂する。
「ぐあぁぁぁあっ!?」
「目を覚ませ、オックスっ!」
眩い光に目を潰され悲鳴を上げるオックスのどてっぱら目がけ、斬られた義手を叩き込む。
ぐしゃり、と骨が折れ内臓が破裂する感触。
しまった、少しやり過ぎてしまったかもしれない。
(まぁ死にはしない……かっ!)
そのまま加減せず、全力で振り抜く。
天井付近まで吹き飛んだオックスはしかし、何事も無かったかのように一回転し着地した。
ニタリ、と不気味に嗤い口元についた血を舌でぬぐう。
「やれやれ、参ったなコレは」
外見からある程度予想はしていたが……やはりオックスめ、人間やめているな。
悶絶モノの一撃のハズだが、平然とした顔でまたワシに近づいてくる。
「ふふ、酷いじゃあないかゼフ君……」
「あぁ? 先に手を出してきたのはお前なのだがな」
「くく、違うよ僕が言いたいのはそっちじゃない」
「……どういう事だ」
とにかくこの場は不利だ、家の中では魔導も使いにくいしレオンハルト家の者もいる。
何とか外へ誘導せねばならない。
手を考えるべくワシはオックスとの会話を続ける。
「ゼフ君……キミの周りにはあんなに女の子がいるじゃあないか。それなのにクロードさんからも好かれて……酷い話だよねぇ?」
「……だからどうした」
「だからさ、一人くらい僕に譲ってくれてもいいんじゃないのかい? クロードさんは元々僕の婚約者なんだぜ?」
「……ハッ」
余っているならくれ、だと?
仲間をまるで犬猫扱いするかのような言葉。
頭に血が上るのを自覚しつつ、ワシは吐き捨てるように言い放つ。
「それで夜這いか? 女が欲しいなら正々堂々モノにしてみせろよ。僻みは見苦しいぞ?」
「……っ!?」
ワシの挑発に余程気分を悪くしたのか、オックスの表情が邪悪に歪む。
相当カンに触ったようだな。
ふん、この手の輩を煽るにはコレに限る。
「き……さまぁ……っ!」
「来いよオックス。お前の情けない負けっぷりをクロードの前に晒してやる」
血走った目で、烈火の如く怒るオックスを見てワシの頭は一気に冷えていく。
熱くなった頭を冷やすには、相手をより激情させるのが有効だ。
鏡に映った自分を見るように、怒り狂った相手を客観的に見る事で冷静さを取り戻す事が出来る。
それにしても今のオックス、何があったかは知らんが異常なまでの魔力である。
奴の全身を走る刺青のような黒い線、幽鬼のような表情……あいつ何かに取り憑かれているのか?
「……まぁ出来るだけ殺さぬよう努力はするが……死ぬなよ? オックス」
「貴様は死ねェ! ゼフっ!」
真っ赤な顔で突撃してくるオックスに向け、ワシは一歩前に出る。
良し、上手く激情させる事に成功したようだな。
いくら剣筋が見えずとも、真っ直ぐ向かって来るならば躱すのは容易だ。
「はぁっ!!」
「……ふん」
怒りで単調となった見え見えの斬撃を躱し、隙だらけのヤツの身体にワシの背中を押し当てる。
全身を支えに右手を当て、タイムスクエアを念じた。
時間停止中に念じるのはレッドクラッシュ、ブルークラッシュ、ホワイトクラッシュ。
――――三重合成魔導、バニシングクラッシュ。
魔導を放つと同時に全身を突き抜ける衝撃。
それと共にごおん、と壁に何かがぶち当たる音が聞こえた。
緋、蒼、魄の三重合成魔導、バニシングクラッシュは魔導の反作用によって生まれる強烈な衝撃をぶつけ、相手を吹き飛ばす魔導。
目論見通りオックスが家の外に吹き飛んだのだろう。
ワシも全身を使って堪えるが、耐えきれず扉を破って部屋の中に転がり込んでしまった。
「きゃあっ!?」
可愛らしい悲鳴が聞こえ、ワシは何者かに抱き止められる。
暗闇でよく見えないが背中に感じる柔らかな膨らみ。
察するにここは……クロードのベッドの上か。
「ぜ、ゼフ君……?」
「よう、悪いな寝ている最中に……」
とりあえず、ベッドから起き上がる。
クロードは殆ど透けたネグリジェを着ており、その姿は非常にエロティックだ。
なんちゅう格好で寝ているんだお前は……全く、オックスが入る前に止められてよかったな。
「い、一体何事ですか……? もしかして夜這いに来てくれた……とか?」
「……アホか、敵の襲撃だ。寝ぼけていないでさっさと着替えろ」
「えと……あはは、ですよねー……少々お待ちを……」
そう言って布団を被るクロード。
どこか残念そうな顔なのは気のせいだろうか。
クロードは布団の下でもぞもぞと着替えているようだ。
「時間がないから手短に話すぞ。オックスが何者かに操られたような状態になっている。ヤツはワシが食い止めておくから、お前はすぐに着替えて両親を守るのだ」
「はいっ!」
「いいこだ」
クロードの頭をぼんと撫でると、心配そうにワシを上目遣いで見て呟く。
「あの……オックスさん大丈夫なんでしょうか……?」
「さてな……まぁ何とかしてみせるさ」
そう言い残し、ワシはクロードの部屋を後にするのであった。
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