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ポアチエ
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初陣後はそのまま連戦でずっと鼻に残っていた戦いの匂いがここに来てやっと薄れていく。
打ち壊される城壁の粉塵と焼き払われる家々の煙とそれらに混じる血の匂い。
それらが、ポアチエの微かな花の芳香により鼻腔が洗い流されていくかのように。
慣れないと思っていた戦いは繰り返す事で順応していくらしい。
貫く刃が臓器をえぐったか、そんなものも判るようになっていく。
ため息を飲み込む空は虚しくなる程遠く明るい。
「ジャン。」
ゴツゴツとした手が突然頭をがしりと掴んだかと思うと、リシャールの顔が目の前に飛び出してきた。
「・・・リシャール。」
「どうした? 大丈夫か? 」
「うん。ここ、気持ちいいよ。ゆっくり出来てる。リシャールは忙しそうだな。」
「ああ。この城には昔なじみが多いから気が置けない分、皆俺をこき使うんだ。だから、逃げてきた。」
リシャールにぐしゃぐしゃと頭をかき乱されながら、数日ぶりに見るその笑顔に少し心が踊った。
「ははは。そうか。逃げてきたんだ。そういえば、前も同じようなことがあったよね。」
「ああ。お前と初めてあった日だな。」
リシャールは隣に座ると、いつものように自分がかき乱したおれの髪を今度は丁寧に撫でて直し始める。
「絶対泥棒だと思ったよ。まさか偉い人だとは思わないでしょ。あの出会いは。」
「あっはっは。お前、すげぇびっくりした顔してたもんな。こんな顔だったぜ。」
そう言うとリシャールは目を大きく見開いて、口をすぼめて突き出した変な顔をする。
「ぶはっ!! そんな顔してねぇよ! リシャールだって、こんな酷い奴みたいな怖い顔してたじゃん。」
リシャールの変顔に笑いながらも、負けじと変顔で応酬すると、今度はまた違う変顔をされるので、また変顔をやり返すというサイクルを数回。
どちらが勝ち、ということもなく二人で笑い、ふっとリシャールが笑い終わりにため息を付いた。
「リシャール大丈夫? 疲れてる?」
「ああ。悪いな。大丈夫だ。ちょっと、母上の事を思い出しちまって。」
「お母さん?」
「ああ。お前は知ってるか知らないかわかんねぇけど、アンリと俺とで親父と戦になっちまってな。俺達が負けて、母上はその責を負って今親父の所で幽閉されてるんだよ。もう2年になるかな。まぁ。母上の事だから、苦しい生活はしてないだろうけど。そこそこ不自由はしてるだろうなぁ。」
「・・・お母さんかぁ・・・。どんな人なのか、聞いていい?」
「あぁ。すっげぇ人だな。あの人は。こうしてポアチエに来るとまたよく判る。全然敵わねぇんだよなぁ。王になるべくして生まれた人間。そんな感じだな。女だけどなぁ。」
父親と喧嘩しているという話はアンリをクリスマスの主賓として招く経緯でポールから簡単には聞いていたが、戦にまで発展していたのは知らなかった。
よくある親子喧嘩くらいだろうと思っていたのだが、たしかに母親の領地であるここ、ポアチエでのリシャールの忙しそうにしている姿を見ていると、領主一人を幽閉してしまうというよりもきっと一大事だ。
そのせいで内乱が起きているのかもしれないし、まだ19歳の年若い代理領主のリシャールを甘く見て反旗を翻す者がいても可笑しくはない。
ボルドーのように、自分の領地ではない以上、ある程度の力を見せておかねば、乗っ取られるということもありうるのかもしれない。
自分の理解を超える世界で生きているのだな。
そう思うと、少し寂しくなり、話題を変えてみる事にする。
「そういえば、ボルドーで教会から脱走してたのって、何やらかしたの? 結局聞いてなかったんだよね。」
「あー。あれか。・・・あれはだなぁ・・・。」
リシャールがそう言いかけた時、垣根から人影が姿を表した。
白いシャツにうす茶色いズボンを履いたルーだ。
「あー。悪い。邪魔したな。」
打ち壊される城壁の粉塵と焼き払われる家々の煙とそれらに混じる血の匂い。
それらが、ポアチエの微かな花の芳香により鼻腔が洗い流されていくかのように。
慣れないと思っていた戦いは繰り返す事で順応していくらしい。
貫く刃が臓器をえぐったか、そんなものも判るようになっていく。
ため息を飲み込む空は虚しくなる程遠く明るい。
「ジャン。」
ゴツゴツとした手が突然頭をがしりと掴んだかと思うと、リシャールの顔が目の前に飛び出してきた。
「・・・リシャール。」
「どうした? 大丈夫か? 」
「うん。ここ、気持ちいいよ。ゆっくり出来てる。リシャールは忙しそうだな。」
「ああ。この城には昔なじみが多いから気が置けない分、皆俺をこき使うんだ。だから、逃げてきた。」
リシャールにぐしゃぐしゃと頭をかき乱されながら、数日ぶりに見るその笑顔に少し心が踊った。
「ははは。そうか。逃げてきたんだ。そういえば、前も同じようなことがあったよね。」
「ああ。お前と初めてあった日だな。」
リシャールは隣に座ると、いつものように自分がかき乱したおれの髪を今度は丁寧に撫でて直し始める。
「絶対泥棒だと思ったよ。まさか偉い人だとは思わないでしょ。あの出会いは。」
「あっはっは。お前、すげぇびっくりした顔してたもんな。こんな顔だったぜ。」
そう言うとリシャールは目を大きく見開いて、口をすぼめて突き出した変な顔をする。
「ぶはっ!! そんな顔してねぇよ! リシャールだって、こんな酷い奴みたいな怖い顔してたじゃん。」
リシャールの変顔に笑いながらも、負けじと変顔で応酬すると、今度はまた違う変顔をされるので、また変顔をやり返すというサイクルを数回。
どちらが勝ち、ということもなく二人で笑い、ふっとリシャールが笑い終わりにため息を付いた。
「リシャール大丈夫? 疲れてる?」
「ああ。悪いな。大丈夫だ。ちょっと、母上の事を思い出しちまって。」
「お母さん?」
「ああ。お前は知ってるか知らないかわかんねぇけど、アンリと俺とで親父と戦になっちまってな。俺達が負けて、母上はその責を負って今親父の所で幽閉されてるんだよ。もう2年になるかな。まぁ。母上の事だから、苦しい生活はしてないだろうけど。そこそこ不自由はしてるだろうなぁ。」
「・・・お母さんかぁ・・・。どんな人なのか、聞いていい?」
「あぁ。すっげぇ人だな。あの人は。こうしてポアチエに来るとまたよく判る。全然敵わねぇんだよなぁ。王になるべくして生まれた人間。そんな感じだな。女だけどなぁ。」
父親と喧嘩しているという話はアンリをクリスマスの主賓として招く経緯でポールから簡単には聞いていたが、戦にまで発展していたのは知らなかった。
よくある親子喧嘩くらいだろうと思っていたのだが、たしかに母親の領地であるここ、ポアチエでのリシャールの忙しそうにしている姿を見ていると、領主一人を幽閉してしまうというよりもきっと一大事だ。
そのせいで内乱が起きているのかもしれないし、まだ19歳の年若い代理領主のリシャールを甘く見て反旗を翻す者がいても可笑しくはない。
ボルドーのように、自分の領地ではない以上、ある程度の力を見せておかねば、乗っ取られるということもありうるのかもしれない。
自分の理解を超える世界で生きているのだな。
そう思うと、少し寂しくなり、話題を変えてみる事にする。
「そういえば、ボルドーで教会から脱走してたのって、何やらかしたの? 結局聞いてなかったんだよね。」
「あー。あれか。・・・あれはだなぁ・・・。」
リシャールがそう言いかけた時、垣根から人影が姿を表した。
白いシャツにうす茶色いズボンを履いたルーだ。
「あー。悪い。邪魔したな。」
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