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第二部
2-39「それ、重要か?(1)」
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練習後、翌日の先発を言い渡された彗とスタメンマスクを言い渡された一星は、無事に魔球が完成したことと二人そろって希望したポジションでの出場が決定したことを祝うために、彩華公園へ足を運んでいた。
道すがら自販機で購入した炭酸飲料でのどを潤すと「ふいー……緊張したぁ」と彗がまず呟く。
「流石に緊張してたんだ」
彗は「たりめーだ。何としてでも投げたかったからな」と満足げに語りつつ、ベンチにどかっと座ると、二口目に舌鼓を打ちながら「しかし、反応が楽しみだなー」と彗は思いを馳せていた。
「試合のこと?」
「あぁ。ライジングカット見たら葉山の連中、どんな顔するんかね」とよく見せるいたずら小僧が落とし穴でもしかけたような笑みを浮かべた。
「そのためにも、打合せしないとね」というと、一星はジュースの缶をベンチに置いて通学カバンから数枚の紙を取り出すと「はい、これ。監督から」と彗に手渡した。
「なんだこれ?」
渡されたのは、紙の束。何の気なしに〝桜海大葉山〟という文字だけがプリントされた味気ない表紙をめくってみると、目を凝らさないと文字が読めないほどに細かく、びっしりと情報が書かれていた。打球方向や球種別の打率、スイングスピードからバットの角度まで細部にわたる。
眺めるだけで彗は眠気を誘われた。
「監督から貰った葉山のデータ。三年生の分は抜いてあるよ」
「うへぇ……」
現実から目を背けるように彗はデータをベンチに置くと「ま、お前に任せるよ」と笑ってみせた。
「任せるって……」
「いやー、結局投げんのはライジングカットだけだろ? お前のリードに首振ることもないし」
責任を全て押し付ける彗に「それ、読みたくないだけでしょ」と一星は口を尖らせつつ、「ま、全部とは言わないからさ。去年のクリーンナップくらいは目を通しといてよ」とため息交じりに釘を刺した。
「へーい」
気の抜いた返事に不安を覚えたのか、一星は「ちゃんとしてよね」と眉間にしわを寄せつつ「葉山は去年の三番と四番が二年生でそのままって感じだから、打線だけで言えば全国トップクラスなんだから」と続けた。
「大丈夫だって、あのライジングカットを初見で打てるわけねぇよ。あの烏丸さんだって空振りに取ったんだぜ?」
小言を続けようとした一星を遮るように応えた彗。
あまりにも自信満々な様に、なにをいっても無駄だということに気づいたのか、一星は再度ため息を零して「ま、目だけは通しといてね」と呆れ返ったまま、ジュースを飲み干した。
「ほいほい、りょーかいしました」
「本橋先輩が骨折から戻ってくるまでの勝負なんだからさ、頼むよ? 結果出したいんだ」
「任せろって。大船に乗ったつもりでよ」
「泥船じゃないといいけど……ま、いいや」
一星は確かに渡したからねと念押しをしてからベンチに座ると「じゃ、次のお題だ」とまた別の紙を差し出してきた。
「お前、いつもこんな紙持ち歩いてんの? 重くね?」
「文字に起こすの好きなんだよ」
「へぇ。今時珍しいな」
「ま、そんなことはどうでもいいからさ、決めようよ。呼び方」
「呼び方? なんの」
「空野が投げるボールの呼び方だよ」
そう言いながら一星は「ちゃんとしたの決めた方が良いんじゃないかなって思って」とカバンから筆ペンを取り出した。
「んあ? アレの? 普通に〝ライジングカット〟でいいじゃんか」
「いや、それなんか呼びにくいじゃん? 試合中とか、それだけでイラつきそうだしさ……もう少しすっきりさせようよ」
妙に熱の篭った一星に若干引きながら彗は「まあ、別にいいけどよ……」と座り直してから「そのためにわざわざこれ持ってきたのか?」と筆ペンを手に取った。
「そうだよ。というか、昨日わざわざ買ってきた」
「……ご苦労なこって」
あまりの用意周到さに観念した彗は、すらすらと〝ライジングカット〟と言う文字を書き記して「ま、無難なのはこっから省くとかだな」と言いながら、カットの部分にバツ印を書いた。
「ライジングかぁ……カッコいいけどさ、あのボールって浮き上がるだけじゃないじゃなくて、曲がる要素もあるから……なんかしっくりこないなぁ」
別に何でもいいじゃねーか、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで彗は「なんか候補とかねーの?」と質問へと舵を切った。
すると、待ってましたかと言わんばかりの表情で一星は「実は考えてきたんだ!」と、今度はメモ帳を取り出す。
「お……おう」
「何個か候補はあるんだけどさ……」
「取りあえず挙げてってくれ」
「了解! えっと……消えるように見えるからミラージュボール、ジャイロ回転だから台風をイメージしてサイクロン、浮き上がる、上回るってイメージでイクシード! それから――」
一星から溢れ出てきた単語群にたまらず「ちょっと待て」と一星の頭をはたく。
「へっ?」
「全然野球と関係ねーじゃんか」
苦言を呈しつつ、一星のメモ帳を奪い取って中身を見てみる。
つらつらと書き記されていたのは、見事にカタカナのオンパレードだった。
――これが噂に聞く厨二病ってやつか……。
一星の調子がこの名づけのタイミングから可笑しくなった理由が判明し、彗は一つ間をおいてから「これは全部却下だ」と筆ペンでメモ帳にバツ印をつけた。
「あぁっ⁉ 一生懸命考えたのに……」
道すがら自販機で購入した炭酸飲料でのどを潤すと「ふいー……緊張したぁ」と彗がまず呟く。
「流石に緊張してたんだ」
彗は「たりめーだ。何としてでも投げたかったからな」と満足げに語りつつ、ベンチにどかっと座ると、二口目に舌鼓を打ちながら「しかし、反応が楽しみだなー」と彗は思いを馳せていた。
「試合のこと?」
「あぁ。ライジングカット見たら葉山の連中、どんな顔するんかね」とよく見せるいたずら小僧が落とし穴でもしかけたような笑みを浮かべた。
「そのためにも、打合せしないとね」というと、一星はジュースの缶をベンチに置いて通学カバンから数枚の紙を取り出すと「はい、これ。監督から」と彗に手渡した。
「なんだこれ?」
渡されたのは、紙の束。何の気なしに〝桜海大葉山〟という文字だけがプリントされた味気ない表紙をめくってみると、目を凝らさないと文字が読めないほどに細かく、びっしりと情報が書かれていた。打球方向や球種別の打率、スイングスピードからバットの角度まで細部にわたる。
眺めるだけで彗は眠気を誘われた。
「監督から貰った葉山のデータ。三年生の分は抜いてあるよ」
「うへぇ……」
現実から目を背けるように彗はデータをベンチに置くと「ま、お前に任せるよ」と笑ってみせた。
「任せるって……」
「いやー、結局投げんのはライジングカットだけだろ? お前のリードに首振ることもないし」
責任を全て押し付ける彗に「それ、読みたくないだけでしょ」と一星は口を尖らせつつ、「ま、全部とは言わないからさ。去年のクリーンナップくらいは目を通しといてよ」とため息交じりに釘を刺した。
「へーい」
気の抜いた返事に不安を覚えたのか、一星は「ちゃんとしてよね」と眉間にしわを寄せつつ「葉山は去年の三番と四番が二年生でそのままって感じだから、打線だけで言えば全国トップクラスなんだから」と続けた。
「大丈夫だって、あのライジングカットを初見で打てるわけねぇよ。あの烏丸さんだって空振りに取ったんだぜ?」
小言を続けようとした一星を遮るように応えた彗。
あまりにも自信満々な様に、なにをいっても無駄だということに気づいたのか、一星は再度ため息を零して「ま、目だけは通しといてね」と呆れ返ったまま、ジュースを飲み干した。
「ほいほい、りょーかいしました」
「本橋先輩が骨折から戻ってくるまでの勝負なんだからさ、頼むよ? 結果出したいんだ」
「任せろって。大船に乗ったつもりでよ」
「泥船じゃないといいけど……ま、いいや」
一星は確かに渡したからねと念押しをしてからベンチに座ると「じゃ、次のお題だ」とまた別の紙を差し出してきた。
「お前、いつもこんな紙持ち歩いてんの? 重くね?」
「文字に起こすの好きなんだよ」
「へぇ。今時珍しいな」
「ま、そんなことはどうでもいいからさ、決めようよ。呼び方」
「呼び方? なんの」
「空野が投げるボールの呼び方だよ」
そう言いながら一星は「ちゃんとしたの決めた方が良いんじゃないかなって思って」とカバンから筆ペンを取り出した。
「んあ? アレの? 普通に〝ライジングカット〟でいいじゃんか」
「いや、それなんか呼びにくいじゃん? 試合中とか、それだけでイラつきそうだしさ……もう少しすっきりさせようよ」
妙に熱の篭った一星に若干引きながら彗は「まあ、別にいいけどよ……」と座り直してから「そのためにわざわざこれ持ってきたのか?」と筆ペンを手に取った。
「そうだよ。というか、昨日わざわざ買ってきた」
「……ご苦労なこって」
あまりの用意周到さに観念した彗は、すらすらと〝ライジングカット〟と言う文字を書き記して「ま、無難なのはこっから省くとかだな」と言いながら、カットの部分にバツ印を書いた。
「ライジングかぁ……カッコいいけどさ、あのボールって浮き上がるだけじゃないじゃなくて、曲がる要素もあるから……なんかしっくりこないなぁ」
別に何でもいいじゃねーか、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで彗は「なんか候補とかねーの?」と質問へと舵を切った。
すると、待ってましたかと言わんばかりの表情で一星は「実は考えてきたんだ!」と、今度はメモ帳を取り出す。
「お……おう」
「何個か候補はあるんだけどさ……」
「取りあえず挙げてってくれ」
「了解! えっと……消えるように見えるからミラージュボール、ジャイロ回転だから台風をイメージしてサイクロン、浮き上がる、上回るってイメージでイクシード! それから――」
一星から溢れ出てきた単語群にたまらず「ちょっと待て」と一星の頭をはたく。
「へっ?」
「全然野球と関係ねーじゃんか」
苦言を呈しつつ、一星のメモ帳を奪い取って中身を見てみる。
つらつらと書き記されていたのは、見事にカタカナのオンパレードだった。
――これが噂に聞く厨二病ってやつか……。
一星の調子がこの名づけのタイミングから可笑しくなった理由が判明し、彗は一つ間をおいてから「これは全部却下だ」と筆ペンでメモ帳にバツ印をつけた。
「あぁっ⁉ 一生懸命考えたのに……」
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