Tactical name: Living dead. “ Fairies never die――. ”

されど電波おやぢは妄想を騙る

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Chapter One. 軍役時代。

Report.09 何故――。

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 次に俺が意識を取り戻し、左目の視界に入ったのは――知らない天井だった。

 身体を起こそうとするも、自分の身体に拒絶される。
 全身が麻痺したように感覚がなく、寝返るどころか、指一本、自由に動かせやしない。
 呻き声すら出せない中で左目だけは動かせたが、潰された右目が動く感覚はない。

 止むなく、ゆっくりと左目の視線のみ下げていく。

 部屋中におびただしい数の機械がひしめいていた。
 そこから幾重にも伸びる仰々しい機器や呼吸器などに、俺が繋がれていた。
 状況から察するに一命を取り留めたらしい。
 そしてどうやらあの戦場から救助され、おそらく野戦病棟らしき場所へと運び込まれた模様。

 更に視線をゆっくりと右側に移す。

 本来ならある筈の俺の右脚と右腕が、其々、根本から見事に欠損していた。

(……治療不能などの理由で切断されたか。命あっての物種だし、執刀医も苦渋の選択を迫られたんだろうな……きっと)

 生き長らえただけでも良かったと無理矢理に納得し、今度は左奥へと視線を移す。

 そこには担当医だろうか。
 白衣を着た妙に小さな女性が居た。
 色んな資料が積まれる作業机に向き合い、整った顔を歪めて何やら考え込んでいる。

(あれは……)

 机の上にある一際大きなモニターに映し出される、数枚の写真が目に止まる。
 それは黒字に白抜きで写っている、複数のレントゲン写真。
 左半分――肋骨などの骨格は見て取れるも、右半身は白い塊……最早、靄にしか見えない状態で写っていた。
 どうやら骨格として写らないほど、粉々に砕け散ってしまっているのだろう。

(――たぶん俺の写真なんだろうな。複雑骨折を通り越してるよな、あれ。肺とか内臓とかも確実に逝ってる筈。完全に即死でも不思議じゃない。あの状態で生きてんのかよ、俺……)

 医学に疎い素人の俺にでもはっきり解る。
 あの状態で命が助かるなんてのは、真面目に奇跡に等しい。

(庇ってくれたフェイトに感謝するべきか。神さまとやらに感謝するべきか。だがしかし、果たして――)

 助かったと安堵する余裕が今の俺にはない。
 俺の右半分――それ以上に大切な仲間を失ったのだから。

 意識が朦朧とするのもあって、色んなことが頭を過ぎり、思考が上手く定まらないでいた――そんな時だった。
 
「彼を失うのは……いえ、でも……そうよね?」

 白衣の女性が手元のファイルに目を通し、誰かに確認しているのか、語尾に疑問符がついた妙な口調で、そう呟くのを耳にする。

 そして――。

「人権や論理はこの際無視。動物の脳を使うよりも、人間の脳を利用する方が……より効率的ね。遺体から摘出するよりも成功の可能性は上がる。この状態でも生きていられる生命力なのよ? 脳移植に或いは――」

(はい? 脳移植? なんの話し?)

 そんな不穏当なことを耳にしたあと、再び俺の意識は深い闇に閉ざされた――。


 ◇◇◇


“ ――バイタル安定。起動に成功。意識、覚醒します。”


 そんな少し緊張気味な女性の声が耳に入ってきた。
 それもまるでモーターが作動するかのような駆動音と共に。

(――くっ、眩しっ⁉︎)

 俺の視界が急に開け、同時に意識も戻る。
 妙に鮮明な視界に映るのは、さっきまでの部屋とは雰囲気の違う場所。
 正方形の白いタイルのような物に囲まれた、目立つ物が何もない、灯りで煌々と照らされた閉鎖空間のようだった。

『――お目覚めかしら? 気分はどう、Berthヴァース?』

 頭の中で、直接、響くような感じで伝わってくる女性の声。
 さっき聴こえたと思った女性とは、また別の声。

(ヴァース? なんだそれ? もしかして俺のこと?)

 意味不明に疑問を抱きつつ、周囲を見渡そうとして不意に気付く。

(右目が……見えている?)

 視線を動かす度に妙な機械音が耳につくが、両目がはっきりと見えている。
 その度にチラチラと視界に入ってくる長い髪。それが異様に気になった。

 何故ならば俺の地毛は黒。
 なのに視界に入っているのは、絹のようにサラサラな青白い銀色プラチナシルバーだからだ。

(な、何か……おかしくね?)

 見えている右目が気になって触れてみようとするも、それは叶わなかった。
 実は腕を動かそうと意識するも、何故か拘束具で寝台に括られているらしく、身じろぎ一つできなかったからだ。


 その所為で、あり得ないことに不意に気付く。


(ちょっと待て。右目もだが右腕もだと? 確か失った筈……では? そう言えば右脚の感覚もある――えっ⁉︎)

 感覚のある右脚に視線を移そうとして、薄い診察着に身を包んだ自分自身に驚く。

 袖口や裾から覗かせる腕が、西洋人形ビスクドールのように真っ白くも木目キメの細かい美肌になっていたからだ。それも妙に華奢で細くも長い腕に、だ。

 しかもそれだけではなかった。
 診療着のような薄い衣服だけにはっきり解る、脚元に向かう視線を妨げる巨大な丘二つ。
 存在感が凄い、俺にある筈のない超弩級の膨らみ。
 逆に俺が俺である為の慣れ親しんだ大切な一部分、そこが何故か、一切、感じられず、喪失感が俺を襲う。

『脳波、心拍数にやや乱れはありますが、誤差の範囲で概ね良好。モニターも各数値も正常値です。間違いなく起動して、本人の意識の覚醒もしています。――これは……戸惑っているのではないでしょうか?』

 スピーカーを通したように部屋に響き渡る、先ほどのどれとも違う女性の声。

HeyちょっとBerthヴァース、聴こえてる? 気分はどうなの? 聴こえてたら返事をして』

 そこで再び頭に響く、最初に質問を投げ掛けてきた女性の声。

「キ、聴こ、エ――? エ?」

 返事をしようと口を開くも、呂律ろれつが回らず上手く発音できない。
 それにも驚いた俺だったが、野太い地声までもが可憐な少女然とした甘い声に変わっていることに、全く意味が解らず二度も驚く。

『――せ、成功ですよ、博士! 遂に念願が叶いましたね! おめでとうございます!』

『本当、長かったわね。でもここからが本番。やっと始まるのよ? だから気を抜かないで。Monitoring状態の監視を厳に』

『か、畏まりました』

 再び頭に響く女性の声と、それとは別の女性の声。

「スいま、セん……ナ……な……何が、どう、なって、いるのでしょうか? 俺は一体……」

 どう言う状況なのかと質問しようと、存外、苦労して口にする。
 この僅かな言葉を紡ぐ間に、抑揚と発音も安定してくれた。

『発声器官の調整、音階の自己調律が済んだようです。言語基準は生前の本人の母国語通り、日本語です』

『コホン――さて、自己紹介させてもらうわよ、Berthヴァース。私はこのProject計画の責任者。貴女の親とも言える存在』

「えっと……俺の親? 俺は戦災孤児ですから、天涯孤独の身の上ですけど?」

Not like thatそうじゃなくて⁉︎ Developer貴女の開発者と言う意味よ!』

「へ? ディベロッパー?」

「次世代型HumanoidヒューマノイドであるBionoidバイオノイドに、貴方の脳が移植されたのよ』

「――は?」

『そして生前のPersonal data個人の人格を持ってStart up起動に成功した、世界でOne and only唯一無二Individual個体なの。Computer電脳Copy移したのではないのよ? Original Body元の生身Base基礎としてExpansion機能拡張したCyborgサイボーグでもないの』

 ウザいくらいネーティブな英単語を所々に交え、まるでSF創作物っぽいことを興奮気味に語気荒くも意味不明に説明してくる、ちょっと日本語が苦手な感じのする博士と呼ばれる女性。そして――。


『つまりFairiesフェアリーズとして、生まれ変わったのよ』


(何をほざいてんの、この人? 寝言は寝て言うもんじゃね? なんなのそのSF設定? 俺がフェイトと同じフェアリーズになっただと? 大概にして――)


 ――と、言えない状況下に、どうやら俺は置かれている模様。


「もしかして……俺は……その……女性に?」

 そう。戦場に舞う妖精“ フェアリーズ ”は、その全てが何故か女性型のバイオノイドのみ。
 なので半信半疑で自分の身体に視線を落とし、恐る恐るそう尋ねてみる。すると――。


『もしかして。じゃないのよ? 開発していた個体全ては女性型。それも……止むなくなの』

 案の定、肯定されてしまった――。


「俺の……元の……身体は……」

『言い辛いけれど、Damageダメージがあまりに酷くてね。脳を取り出して直ぐにDisposal廃棄したわ。実際、意識は戻れど、ただ呼吸しているだけの単なる物でしかない状態だったの。それならばeffective use有効活用させてもらおうかなって決めたの。貴方をLive alive生きながらえさせる為にも……』

「そう……ですか……」

If you get used 貴女の新しいそのto your new body身体に慣れればDuring life生前通り――Noいいえ、性別は変わってしまったけれど、それ以上なの。だから安心して』

「そう……ですか……」

『博士……意識レベルが急激に低下していきます。このままでは……』

『仕方ない……今日の実験はここまでにするわ。Berthヴァース。現実を受け入れるのよ? 今はゆっくり休んで……』

 そう頭に響くとほぼ同時だった。
 部屋の隅から白い煙が噴き出たかと思えば、急に意識が遠のいていく――。



『Good night、Berth。Good dream――』

“ おやすみ、ヴァース。良い夢を―― ”



 最後にそう聞こえた直後、その言葉とは裏腹に、再び意識は深い闇へと閉ざされるのだった。


 俺の意思とは無関係に――。



 ――――――――――
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