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第十二話 国王ブラッドバーン

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 いつもの朝、いつものように鍛錬のために目覚めた子龍。だが、いつもと違っているのは子龍が何やら決意を固めた顔つきをしていることであった。

 部屋の前にはお決まりのようにメイドとロブがいる。いつもの子龍であればそのまま黙って通り過ぎるのだが、今日はいつもとは違いロブの前で一度立ち止まる。

「鍛錬後に父上に謁見したい。取り次いでくれ」

 ロブはその言葉に一瞬驚きの表情を見せたがすぐに畏まりましたと返事をした。

 そして、子龍はそのまま通り過ぎるといつもの稽古場へと向かうのであった。

 昨日はバロックヘルムについた頃には既に日が落ちていた。ルディはボッツが家まで運ぶと言うので任せることにした。

 念のため、アッシュとエマに大丈夫かと問うと、二人はコクリと頷いた。

 ボッツはアジトから出る際に二人に誠心誠意の謝罪をした。それをアッシュとエマは受け入れ、なんとか和解してくれたようだった。

 ルディはずっと気を失ったままだった。アッシュとエマにルディが目覚めたら身体が回復するまでは鍛錬に来なくてよいと伝えてもらうことにした。

 ついでにボッツにも同様にまずは身体を癒せと伝えてある。傷ついた身体で無理をさせても治りが遅くなるだけだ。鍛錬にもメリハリが必要である。

 という事で今日の鍛錬は子龍一人となった。一人の際には周りに注意を払わなければならない。

 声を出さないようにしながらいつものように木刀での打ち込みをこなしている。

 打ち込みをしながらも子龍は考えていた。それは鍛錬後に会う予定のカイルの父である国王ブラッドバーンのことである。

 カイルとブラッドバーンの関係はあまり良好とは言えない状態だったようだ。ブラッドバーンは国王という立場もあってかあまり笑顔を見せない。

 カイルの記憶には厳格な父の顔付きしか存在しない。カイルは父を尊敬していたが、同時に恐怖も感じていたようだ。

 そして、この親子は普段全く顔を合わせることもなく過ごしている。

 そんな歪な親子関係を抱えたまま父に恐怖し、ロブに苦手意識を感じ、カイルは案外住みずらさを感じながら城で過ごしていたのかもしれない。

 そんなカイルが自ら国王に謁見したいなどと申し出るのは少々不自然かもしれないが、子龍には今回の一件で思うところがある。

 それをブラッドバーンに告げねばならんと子龍は動き出そうとしていた。

 このままカイルが目覚めるまで大人しく城で鍛錬をひたすら続けるのも一つの道ではあるが、妥協の道を子龍は選ばない。

 己がこうであるべきと思う道があれば当然の如くその道を行くのが子龍という男なのである。

 鍛錬を終え、中庭で水を浴び、ビチャビチャの状態で自室へ戻る。用意された衣服に着替え、朝食のパンとサラダとポタージュを口にし、子龍はいよいよ国王との謁見に臨むのであった。

 ▽     ▲     ▽

 国王との謁見の間に子龍はロブと共にやってきた。扉を開けると、玉座に国王ブラッドバーンの姿がある。

 子龍は部屋の中へ入ると国王の前で片膝をつき一礼する。この礼式はカイルの記憶から学んだことである。

「面をあげよ。――カイル、最近稽古に励んでいるようだな。何か心境の変化でもあったか?」

 思いがけず国王から先に質問が飛んできた。カイルの記憶では笑わず口数も少ないのだと思っていたのだが……。

「はっ、兄を見習い私も強くありたいと思うように」

 本当は心境の変化などではなく人格そのものが変化しているだけなのだが、とりあえずはそう答えておくことにした。

「そうか。――して、今日は何の用だ。余り時間はとれん。手短に話せ」

 聞きたいことを聞いて満足したのか、そっけない対応に戻った国王。これだ、これがいつもの国王の対応なのだ。

「昨日、バロックヘルムでスラムの子供が人攫いに合いました。幸いにも早期に気付き、子供達は救出済みに。攫った理由は奴隷売買。どうやら国内の賊達の間で、きな臭い話が回っているようです」

「なに!このバロックヘルムで人攫いだと?――それはどういった話だ」

「バロックヘルムのスラムの住人を奴隷商人に売れば金になると」

「ふざけるでないっ!誰がそのような話を吹き込んでおるのだ!私は奴隷を禁止した。それは売買も同罪である」

 玉座をドンッと叩き国王は憤慨している。奴隷売買は国王が一番忌み嫌う行為であり、それがスラムとはいえ自国民で起きようとしていたことに対して許せるはずがなかった。

「出どころはいまだ謎に」

「……ふむ。それで、その賊はどうしたのだ?賊を生業としていた上に更に奴隷売買などもはや重罪。当然処刑はしたのだろうな?」

 あぁ、やはりそうきたか。懸念していたところを突かれてしまった。本人は分かっていなさそうだったが、この国の法から言えばボッツは重罪人として処刑になる可能性が高かった。

 人攫いの件を黙っていればバレなかったかもしれないが、今後のためにこれに関してはどうしても話さなければならなかったのだ。

 その上で、このボッツの処遇をなんとか乗り切るのが第一の山場である。

「いえ。賊は解散とし、頭は我が配下に加えました」

 その言葉を聞いた国王は一気に周囲の空気を一変させた。

「なんだと?――カイル。法に背くつもりか?」

 ギロリと目つきが一回りキツくなり国王はカイルを睨みつける。圧倒的な威圧感を国王は放っている。

「今回の事態究明のため、この賊の力が必要と判断致しました」

「究明することとお前の配下に加えることに何の関係がある。適当なことを言うでないぞっ!」

 国王の威圧は止まらない。この威圧感だけでもこの国王が相当な強者であることを物語っている。

「この件について、父上にお願いの議がございます」

「……申してみよ」

 さぁ、ここからが正念場である。私は何がなんでもこの問答を制し、自らの意見を押し通さねばならない。

 それが私が信じる道への第一歩となるからだ。

「この国に新たに小規模な村を構築し、その管理を私に任せて頂きたく、何卒了承頂きたいのです」

「今更新たな村だと?何を考えておる……気でも狂うたか」

「いえ、私は正気でございます。その村にはまずスラムの住人を移住させます。これによりスラム自体を消滅させることになり、人攫いを未然に防ぐことができましょう。更にはスラムの住人から兵を募り、その兵と共に配下にした賊からの情報を元に国内の賊達を一掃したいと考えております」

 これが子龍の思い描いた道であった。スラムの住人、更には賊達を配下とし、それを住まわせる村を構築する。

 そしてこの村はそのままカイルの財産となる。カイルの居場所になる。子龍はカイルに残す何かを村とする事に決めたのだった。

「私兵を持つと申すか。――それが何を意味するのかわかっておるのだろうな」

 ただやはり一筋縄にはいかないようだ。この王は私兵を持つ意味をよく理解している。

「特別な意味などございませぬ」

「いや、私兵を持つとは国に背く力を得るのと同義。其方は体よくその力を得たいと私に申しておるのだぞ」

 カイルの第二王子という立場がこの道の邪魔をしていた。万が一、国王が死んだ時、第一王子レオナルドが王として後を継ぐのが当然の流れである。

 しかし、カイルが私兵を持っている場合、それを不服として兵を起こす可能性が出てくるのだ。国の後継者争いほど無益な戦いは無い。国王はそれを懸念しているのだ。

「私は父、そして兄を尊敬しております。ましてや兄に成り代わろうなどという気は毛頭ありませぬ。その気概がないことは父上が一番ご存知のはず。――私はただ、国の為に平和を維持し、更には独自の戦力を作り上げ、他国と渡り合うための新たな戦力としたいと考えているだけにございます」

 子龍は真っ直ぐ国王を見つめ、偽りの無いことを態度で示した。国王は何も言わずジッと見つめ返している。

「……そこまで言うのならばやってみるが良い。スラムの住人を兵とすることすら一筋縄にはいかないであろう。だが、これだけは釘を刺して置くぞ。仮に反旗を翻したとて我が軍は屈強である。直ぐに鎮圧されることはしかと胸に留めておくがよい。――そして、カイルよ。王として国内の賊を一掃する任を其方に命ずるとしよう。見事、成し遂げてみせよ」

「ははっ!その任、このカイルしかと承りました」

 子龍は交渉になんとか勝利した。スッと立ち上がると振り返り、堂々とした態度で王の間を後にするのだった。

 そして、その場には国王とロブの二人となった。

「ロブよ。カイルは何やら勇ましくなったようだな」

「はい。カイル様はある時からまるで人が変わったように自らを精進されるようになられました」

「――そうか。あやつは母親によく似て心優しい性格だったゆえに少々過保護に育てすぎたかと心配しておったが。なんのなんの、いらぬ心配だったと思い知らされたわ」

「カイル様も国王様の御子にございます。子は親に似ると言うことにございましょう」

「はっはっはっ!ロブの教育の賜物であろうよ。――ロブ、引き続きカイルの事を宜しく頼むぞ」

「はい。しかと承りましてございます」

 まるで旧知の友のように話す国王とロブの姿がそこにあった。
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