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第十一話 狂犬vs大男

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 ボッツを配下に加えるべく勧誘をし始めたところに戦闘を終え合流してきたルディが怒鳴り声をあげる。

 なんとも間の悪い時に合流してきたものだ。

「このボッツを配下にすることがそんなに不満か?」

「あぁ。大いに不満有りだな!こいつはアッシュとエマを連れ去りやがった。そんなやつと同じ配下として過ごすなんざ、まっぴらごめんだ!お前こそ何考えてやがる。頭がイカれちまったのか?」

 ボッツを配下に加えようというのは思いつきではあるが、全く考えなしに動いている訳ではない。

 このままルディを無視して押し通してもいいが、それでは遺恨が残りそうだ。ルディが怒る気持ちも分からないではないためにさて、どうしたものか。

「――では、ルディ。こうしよう。私には私の考えがある。だが、お前にも譲れない思いがあるだろう。自らの思いを貫きたいならばそれを力で持って押し通せ。このボッツと戦い、お前が勝ったらならば私は諦めよう。お前の好きに処罰すればいい。……だが、もしボッツが勝ったならばこの件は納得せよ。どうだ?」

「あぁ?カイル!てめー本気でいってんのか?そこまでしてコイツを配下にしたいってのかよ!」

「あぁ。私は本気だ」

 まるでごろつきの如く睨みを利かせるルディと一歩も引かない子龍が睨み合う。

「おいおいおい、俺の気持ちは無視かよ!俺はまだ配下になるなんて一言も言ってねーぞ」

 自分の事で揉めていることもあり、ボッツも目の前の状況に困惑しながらも間に割って入ろうとする。

「「お前は黙ってろ!!」」

 二人はほぼ同時にボッツに向かって怒鳴り声をあげた。それを受けたボッツは下を向きわなわなと震えだす。

「なんだと、この野郎っ!大人しく聞いていたら調子に乗りやがって!やってやんぞ、こらぁぁ!」

「あぁ?やんのか、てめぇぇ!!」

 今度はルディとボッツが睨み合う形になった。もはや一触即発。

 混沌と化したこの状況において一番困惑していたのはブルブルと震えているアッシュとエマである。

「では、決まりだ。ルディとボッツ二人で決着をつけるがいい。それでいいな!ルディ、ボッツ!」

「あぁ、それでいい。最初からこいつはぶっ飛すつもりだった。泣きべそかいても許してやらねーからなぁ!」

「おいおいおい、ただのガキが舐めた口利いてんじゃねーぞ。そんな棒っきれで俺に敵うと思うなよ!こらぁ」

 まずは喧嘩の挨拶とばかりに互いを挑発し合う二人。子龍は立会役として腕を組み、二人を見つめている。

「では、一旦距離をとれ。合図の後にはじめるのだ!」

 なんだかんだと文句を言い合いながらも、子龍の言葉に素直に従う二人。二人は一定の距離を取り、始まりの合図を待っている。

「――はじめっ!!」

 子龍が開始の合図を叫ぶ。

「オラァァァァ!!」

 先に動き出したのはルディ。木刀片手に真っ直ぐにボッツに向かい突っ込んでいく。

「ふんっ!来いよっ!」

 ボッツは拳を身体の前でガツンと合わせると構えをとり、臨戦体制をとっている。

「死ねやぁぁぁ!!」

 怒りの形相で袈裟斬りにルディの剛剣が振り下ろされる。それは山賊の手下達を一発で沈めてきたルディの必殺の一撃だ。

 その気迫と勢いに怯んでしまえばもはや避けることも難しい。

「んんーっ!!」

 ボッツが身体に力を込めると筋肉が一回り膨れ上がった。

 ルディの一撃はその肉壁によって阻まれピタリと止まってしまう。それはまるで肉の防具といったところだ。

「だから、効かねーって言ってんだろっ!」

 そのままボッツの反撃がルディを襲う。この反撃は初見で避けるのはほぼ不可能といえる。

 現に子龍も腹部に食らってしまったボッツの得意とする形である。

「うるせぇぇぇ!!」

 ルディはボッツの放った左拳に頭突きをぶつけて相殺しにいった。額と拳がぶつかり合い激しい激突音が響き渡る。なんという石頭だろうか。

 しかし、ボッツの怪力はそこから更に腕を振り切りに行く。グイッと頭を後方に持っていかれ、そのまま吹き飛ばされるルディ。

 子龍はその攻防を黙ったまま見つめていた。ボッツ、やはりこの男は強い。多少馬鹿だがその強さは本物だ。

「でぇへっへっ!どうしたよ!威勢の割にそんなもんかぁ?」

 嘲笑うようにボッツがルディを挑発する。

「てめぇ!調子にのるんじゃねぇぞ!」

 すぐに立ち上がりボッツを睨みつけるルディ。鼻からは血が垂れてきており、それに気づくと片鼻を抑え地面にブンッと血を吹き飛ばした。

 ルディは考えている。さっき自分がうったのは本気の一撃だった。それをまるでものともせず、こいつは反撃を放ってきた。

 また同じことをしても同様に反撃が飛んでくるだけだ。もはやルディも闇雲に戦いを挑んでいたスラム時代とは違っている。怒る心の中にも冷静さは残していた。

「あぁ?びびっちまったのか?んんー?」

 殴ってみろと言わんばかりに頬を突き出し、ルディを煽るボッツ。

 それを見ていた子龍はあまりに腹の立つ挑発に自分が殴ってやろうかと考え始めていた。

 この場においては血の気が少ないのはアッシュとエマしかいなかった。

「あんまり調子乗ってんじゃねーぞ!ハゲ頭が!」

 覚悟を決めたルディが叫び走り出した。それを見てボッツはすぐに反撃の構えをとる。

 さぁ、来やがれ。これで終わりにしてやる。ボッツはほくそ笑んでいた。

 コイツに俺を止める攻撃は無い。戦いの中でそう見切っている。

「オラァァァァ!」

 不意にルディは木刀をボッツに向かって投げつける。これには虚をつかれたボッツだったが、すぐに手を払い木刀を払い除ける。

「武器を捨てるなんて馬鹿じゃねーのか?!」

 そう笑うボッツだったが、目の前には既に飛び上がっているルディがいた。ルディの飛び膝蹴りがボッツの顔面に炸裂する。

 ボッツにとって予想外だったのは木刀を投げたことよりも、ルディの膝蹴りの威力が想定よりも高かったことだった。

 その威力に思わず仰け反ってしまったが歯を食いしばり体勢を戻すと執拗に殴りかかってくるルディを振り払うように投げ飛ばした。

 投げられたルディだが、すぐに起き上がると再び走り出す。そのあまりの勢いにボッツは若干気圧されていた。

「オラァァァァ!!」

 顔面目掛けていくつもの拳撃を繰り出すルディ。だが、ボッツもやられてばかりではない。

「痛ぇなぁ!ゴラァ!」

 それに耐えながら重い一撃をルディにぶち込んだ。

「ぐはぁ!!」

 ルディの身体が大きく仰反った。しかし、ルディは倒れない。脚はしっかりと大地を踏みしめ重力に反発する。

「……うらあぁぁぁ!!」

 鬼の形相のルディが身体を起こし再び襲い掛かる。手数のルディと重い一撃のボッツ。

 頑強さが取り柄のボッツであったが、ルディの拳はその一発一発が思いの外ズシリと来るものがあった。

 耐えられない訳ではないが、こうも連続して食らうのもそれはそれできつかった。

 何度も何度も全力で殴り返しているが、ルディはその度に起き上がってくる。

 そのうちに、ボッツはルディの気迫に圧倒され弱気になりそうになっていた。

「こ、こいつ!いい加減、寝てやがれっ!」

 ボッツの一撃が再びルディを吹き飛ばした。しかし、ルディは未だ倒れない。

 顔は血だらけになり、頬も腫れ上がっているがその目は戦意をむき出しにしたままだ。

「ボッツ!――貴様、分かっているのか!お前は負けたらそこで終わりだぞ!」

 二人の戦いを見つめていた子龍が叫んだ。それを聞いたボッツはハッとする。

 そうだった。熱くなってただ喧嘩が始まっただけの気分でいた。俺は負けたら、最悪この男に殺される可能性すらあることをボッツは改めて認識する。

 両手で思い切り頬を叩き、ボッツは覚悟を決める。そうしてボッツとルディの激しい戦いは最後の攻防が始まろうとしていた。

「オラァァァァ!!」

 再び走り出したルディ。そして大きく腕を振りかぶり、全体重を乗せた渾身の一撃が放たれた。

「ぐぬっ!!……おおおおお!!」

 その一撃を頬に食いながらもボッツは怯むことなく前に一歩踏み出すとルディの顔を掴み、そのまま地面へと叩きつける。ボゴンッという音と共にルディの身体が地面へとめり込んだ。

「はぁ……はぁ……はぁ。俺の勝ちだ」

 ボッツがそう呟いた。ルディは気を失っている。二人の戦いは終結を迎えた。それを見た子龍はボッツの元へ近づき、肩を叩く。

「見事なり、ボッツよ。――今一度問う。このルディと共に私の配下として仕える気はないか。相応の報酬は与えよう。さて、どうする?」

 まだ肩で息をしているボッツは、ルディを抱き抱えるとそのまま子龍に片膝をつき答える。

「俺はあんたの配下になる。このアジトはこれで解散だ。これから宜しく頼むわ。大将」

 それを受け、子龍はうむとだけ返事をした。その後はアジトにあった傷薬でルディを介抱し、ボッツは手下を集めて解散することを宣言した。その手下達に向けて最後に子龍は告げた。

 いつか隣国が攻めてきた際に行き場に困ったら我が元に参集せよ。出来るならばその道を改め精進せよと。

 こうして、新たな配下ボッツと共に一同は城に向けて帰路についたのであった。
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