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第3章 挫折そして決意

Act.29 再会(アンナ)

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「……うっ……うう……」
「泣いても意味はありません。自分で決めなさい。今まで言いませんでしたが……貴女は以前の私に似ています。迷っていた頃の未熟な私に。──だから、貴女も私のように、自分で進むべき道を定めることができるはずです」
「わ、わたくしは……っ!」

 と何かを言いかけながらも、そこから先は声にならない。

(わたくしはこの世界を守りたい! でも、今のわたくしにはそんな力はありませんわ……)

 そんな様子にミス・ジェイドは優しく微笑むとこう言った。

「まぁ、少し考えてみるといいでしょう。が、あくまで自分で決断するべきです。誰かに言われたからとかではなく」
「……」

 ミス・ジェイドの言葉が、まるで重しのようにアンナの心を押しつぶしたのだった。

(どうして……?)

 とアンナは心の中で呟く。それは、自分の力ではどうにもすることのできない状況に苦しめられている自分がいるからだ。

(……もう、嫌ですわ……誰かわたくしを助けてくださいまし!)

 心の中でそう叫ぶが──誰も助けになんか来てくれない。本当に困った時に、頼るべき人物は傍にいない。その事実がまた、アンナを苦しめる。

(誰か、誰か……っ!!)

 その時だった。ふとミス・ジェイドが思い出したように呟いた。

「そうだ。貴女に会って欲しい人物がいます」
「……というと?」

 アンナが首を傾げると、教官は答える。

「しかし、生憎その人物は病院にいましてね。……ここを訪ねてきてもらえますか?」

 ミス・ジェイドはアンナに小さなメモを手渡す。そこには、とある病院の住所と病室の番号が書かれていた。

「病院ですわね? わかりましたわ、そこに行けばいいんですわね?」

 そう答えたアンナだったがミス・ジェイドが意味ありげな笑みを浮かべるのを見て嫌な予感を覚える。──そしてその予感は正しかった。彼女はこう告げたのだ。

「ええ、そうです。貴女がよく知っている人物です。彼女と話して、また戻ってくるといい。──それまでこれは預かっておきましょう」

 そう言ってミス・ジェイドはアンナの手から退学届の入った封筒を取り上げる。

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!」

 アンナは慌てて抗議するがミス・ジェイドが取り合うことはない。そのまま封筒を自分のカバンの中に入れるとこう言った。

「──決断は自分で下すべきですが、後悔しないように手助けするのは教官として当然の務めです。そして今、貴女は理性的な判断が下せない状態にある。ならば一度考え直すのも悪くはないでしょう」

 アンナは、その言葉に黙って俯いていることしかできなかった。
 そんな彼女の態度に少し満足したのか、

「それでは行ってくるといいでしょう──いや、行ってきなさい。そして後悔のない選択をしてきなさい」

 ミス・ジェイドはそう言って微笑んだ後、その場を後にしたのだった……。


 ❀.*・゜


 ミス・ジェイドに手渡されたメモに書かれた病院に向かったアンナは、病院の受付で病室を告げると「本当は面会できないのだけど、あの人の頼みだから──」とあっさりと中に案内される。そのままエレベーターに乗って最上階である15階へと上がった。

(館内表示によると15階は特別病棟と書いてありますわね……こんなところに連れてきて、生徒会長はなにを考えているのでしょうか?)

 そんなことを考えつつアンナが辿り着いた先には、大きな『集中治療室(ICU)』と書かれている部屋があった。アンナはゆっくりと扉を開けると中に踏み入った。
 部屋の中は白い壁に包まれており、無機質なベッドと、点滴の台、そして酸素吸入器やよく分からない機械の数々が置かれているだけだった。そんな中、ベッドの上で横たわる女性の姿を見つけたアンナはゆっくりと彼女に近づく。透き通るような銀髪に雪のような白い肌──『彼女』は確かにアンナのよく知った人物だったが、それは以前の姿とはかけ離れたものだった。

「なな……お姉さま?」

 アンナが呟くように問いかける。アンナの元姉妹スールの姉、各務原ななかは、左半身を激しく損傷し、全身や酸素マスクから伸びる何本もの管で様々な機械に繋がれ、心電図に規則正しい音を刻ませていた。

 思えばあの夜──。小田原挟撃戦の夜に、山中に魔物を食い止めるために残ったななかを置いて一人で助けを呼びに行って以来、ほぼ1年半ぶりの再会だった。アンナは、ななかが負傷により学園を去ったことは教官から聞いていたものの、詳しい容態は一切知らされていなかったのだ。

「こんな……お姿で……」

 アンナは言葉を失っていた。まさか自分が知らない所でこんな姿になっていたなど──想像し得たはずもなかったのだから……。

「どうして……? なんでなのですか……ッ」

 と涙まじりの声を漏らしながらアンナはななかの横たわるベッドの傍に膝をつく。

「なんでななお姉さまが……わたくしのせいで!」

 そう悲痛な叫びを上げた時、ふと肩に誰かの手が置かれた。懐かしい感触。アンナの背中を叩いて励まし、頭を撫でて褒めてくれた、最愛の姉の手の感触だった。

「ななお姉さまっ!」
「アンナ、来てくれたのね……」

 それは間違いなくななかの声であった。酸素マスクに遮られているその声は、まるで虫の囁きのような小さなものだったが、その声はしっかりと耳に届いたのだ。アンナはそれだけで感無量になってしまう。

(本当にななかお姉さまですわ……)

 だが、同時に最愛の姉をこんな状況に追い込んでしまった自分の行動に罪悪感を覚えた。彼女は思わず涙ぐみながら言う。

「お姉さま……! わたくしのせいで、本当にごめんなさいですわっ!」
「アンナが謝ることじゃない。私が自分で決めて、アンナを逃がしたんだから」
「そんな……でも……」

 そう言いかけたアンナの手を、姉の手がぎゅっと握ってきた。その温かい手の感触と、伝わってくる体温に彼女の涙腺は崩壊寸前だった。そして、そのまま姉の腕に引き寄せられ──優しく抱きしめられる。

「もう一度会いたかった。会って無事を確かめたかった。それが叶わなくてもアンナのことを思うだけで頑張れたのよ」

 耳元で囁かれる姉の言葉を聞いていると、それだけで胸がいっぱいになってしまう。アンナは涙があふれてきて仕方がなかったが──今は泣いている場合ではないと、涙を堪えて尋ねる。

「どうして……わたくしはお姉さまを置いて逃げたんですのよ?」

 アンナの問いかけに、ななかはこう答えたのである。

「私自身が、私の命よりもアンナの命を優先したがったの。それに、私だって死んだわけじゃないしね」
「でも……お姉さまの魔導士としての夢はもう……」

 アンナはななかの、ベッドに横たわる弱々しい姿を見て、もう自分のせいでその夢を諦めてしまったのだと確信していた。そんな妹の不安そうな表情を見て──ななかは優しい微笑みを浮かべると言ったのだった。

「大丈夫。私はまだ終わっていない」
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