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第3章 挫折そして決意
Act.30 旅立ち(アンナ)
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アンナは思わず目を見開いたが……やがてそれがどういうことか理解して頷く。──彼女はこう言っているのである『姉妹の妹であり、自分が命をかけて守ったアンナが魔導士を諦めない限り、自分の夢は終わらない』──と。
そんなの、弱いわたくしには無茶だと言いかけたアンナだったものの、姉の真っ直ぐな目を見た時に思わず何も言えなくなってしまった。──そしてななかは言う。それは彼女が最も信頼し、そして尊敬もしていた姉と同じ瞳だったから。
「貴女は私の希望。貴女はまだ夢を諦めていない」
そう言って微笑んだ姉の顔に、思わず目を奪われたアンナだったものの、慌てて首を横に振るうと言った。
「で、でも、わたくしはもう戦えませんの……勇者になんてなれませんわ……」
アンナの言葉を遮るようにななかが言った。
「……それは違うよ。『もう戦えない』じゃくて、戦いたくないだけでしょ。気持ちは分かる。でも、だからこそ貴女は立ち上がらなければならない。大切なものを守るために。私と違って貴女にはそれができる。だから私は……もう一度だけアンナに戦って欲しい──いいえ、負けないでほしい!」
強い言葉にアンナの瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ち始める。するとななかは少しおどけた様子で続けた。
「っていうのも私のわがままだよね。全部聞かなかったことにしてアンナは自分の好きなように歩めばいいよ。私は何も強制しないし」
「なな……お姉さま……っ!」
そのままななかの手を取ったアンナは自由のきく左手でぎゅっと握りしめると何度も繰り返し頷く。その小さな掌は熱く、そして小刻みに震えているのが分かった。ななかはそっと微笑むと言った。──アンナに聞こえる声で『頑張れ』と。それは、あの日──自分が命をかけてでも妹を助けたいと願った理由そのものだったのだから……。
「わたくしはっ! お姉さまの夢も……わたくしの夢でもありますの……だから」
──と言いかけたアンナの言葉を、ななかは人差し指を立てて遮ると言う。
「今はゆっくり休んで。だいぶ酷くやられたんでしょ? 瑠璃ちゃんに」
「うっ……」
痛い所をつかれ、思わず言葉を詰まらせるとアンナは小さく「はい……」と頷いた。ななかは優しく微笑みながら、アンナに尋ねる。
「もう、私が居なくても大丈夫ね?」
(お姉さま……)
ななかが言わんとしていることは理解できたため、アンナは黙って首を縦に振ることしかできなかった。
「瑠璃ちゃんは確かに強い。私が高専にいた時も、あの子は二年生の中でハイネちゃんと同じくらいの実力はあった。……でも、アンナなら瑠璃ちゃんよりも強くなれると思う」
「そ、そうでしょうか……」
自信なさげなアンナに、ななかは笑顔で答える。
「ええ、私が保証する。きっと瑠璃ちゃんなんてあっという間に追い抜くわ。それくらいの潜在能力はあると思ってる」
「そ、それは……さすがに褒めすぎで……」
口ごもりながらも、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべるアンナに、ななかは続ける。
「そして、あなたはシングルナンバーになって、5年生になったら高専最強になるの」
ななかはそう断言するが……アンナには自分がそこまでの力はまだないと分かっていたためか、あまり乗り気ではないようだった。
「でもわたくしはまだ……」
しかし、そんな弱気な態度を見せる彼女の背中を、姉はぽんっ!と叩きながら言ったのだった。まるで『大丈夫だ』と言うかのように──。
「大丈夫!私を信じて。だって貴女は私よりもずっとすごい才能を持ってるんだから」
そして、ななかは「少し喋りすぎちゃった……」と呟いて目を閉じ、苦しそうに呼吸をするのを見て取ったアンナは慌てたような表情を浮かべ──
「お、お姉さま!?」
「そろそろ限界みたい」
そう呟くと同時に、そのままベッドに横になると静かに寝息を立て始める。アンナはそんな無防備な姿を見せる最愛の姉の手を握ると──何度も『ごめんなさいですわ』と呟き続けていた。
「わたくし、お姉さまの分も背負っているんですのね……まあ覚悟していたことですが」
そんな決意の言葉を口にするのだったが……それが夢の中の姉に届くことはないのであった……。
❀.*・゜
アンナが高専に戻った頃にはすでに辺りは薄暗くなっており、寮に戻る生徒の姿もほとんど見られなかった。
「さすがに疲れましたわね──でも」
自分の部屋に戻る前に、職員室に立ち寄る。
「教官に報告をしておかねばなりませんわ──あら?」
ふと、職員室の中を覗き込むと、そこには担任のミス・ジェイドが一人ぽつんと残っていた。他の教官の姿は無い。どうやらアンナの帰りを待っていてくれたようだ。
「……話はできましたか?」
「ええ、おかげさまですわ。教官」
そう答えるアンナに、ミス・ジェイドは「それはよかった……それで? 彼女はなんと?」と言った。それにアンナは頷きながら答えると──
「ななお姉さまはわたくしに託してくださいました」
と自信に満ちた表情で言った。ミス・ジェイドは一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに表情を和らげると小さく微笑み言った。
「やはり……そうだったのですね」
「……知っていたんです? 教官は」
その問いかけに、彼女は頷いて応える。
「ええ──彼女のことは、高専を去った後もいつも気にかけて見ていましたから。あれほど私が興味をそそられた魔導士はなかなかいません」
そう言う教官の顔は相変わらずの無表情であったが、そこはかとなく嬉しそうであったので『ああ、この人もななかのことが好きなのだな』と理解した。
「そして、彼女が気にかけていたアンナ=カトリーン・フェルトマイアーさん。あなたも実に興味深い存在ですね……」
「教官……」
そんな教官の言葉を聞いたアンナは感無量の表情を浮かべていた。この厳しい教官が自分を認めてくれている。それだけで胸がいっぱいになる。
そんな彼女に、ミス・ジェイドは続ける。その口調はいつもと変わらず抑揚のないものだったが──。
「──でも、まだまだですね」
その言葉とは裏腹に、ミス・ジェイドの表情はどこか楽しげであった。まるで、崖の上から蹴落とした我が子が這い上がってきたのを見るようなそんな表情で……。
だが、その『まだまだ』という言葉にアンナは不満を漏らすどころか大きく頷いて言った。
「それは重々承知しておりますわ!」
「では、また精進することですね。──期待していますよ?」
(教官ったら、やっぱり厳しいお方ですわ)
アンナは思わず苦笑するが──でもそれがこの先生の魅力なのでしょうね、とも考えていたのであった……──。
「ところで教官、一つお願いがあるのですが」
「?」
「しばらく、暇をいただきたいのです。──休学、ということにしていただいて構いませんわ」
アンナの言葉を受けて、ミスは「ふむ……」と考えこんだ後──
「良いですが、なぜまた」
と言う。アンナは少し恥ずかしそうに頰を掻くと……やがて意を決して答えた。
「わたくし、しばらくアステリオンで修行をしようと思ってますの。今のままではシングルナンバーは愚か、魔王を倒すことなど夢のまた夢ですわ」
「なるほど、貴女の決意は本物ですね……」
そう言って頷くミス・ジェイドは
「いいでしょう、許可します。ですが──」
と言いかけたところで言葉が止まるが、次の瞬間にはいつも通りの様子に戻ると彼女は続けた。
「私はいつでもここにいますから、何かあったら遠慮なく立ち寄ること。良いですね?」
(さすが教官ですわ。全てお見通しですのね)
そうアンナは思ったものの口には出さず、代わりに「はい!」と答えるのであった──。
──それから数日後。アンナは休学届を提出すると、寮には寄らずにすぐに学園を出た。そして、そのままの足で日本と異世界を繋ぐゲートへと向かったのであった。
そんなの、弱いわたくしには無茶だと言いかけたアンナだったものの、姉の真っ直ぐな目を見た時に思わず何も言えなくなってしまった。──そしてななかは言う。それは彼女が最も信頼し、そして尊敬もしていた姉と同じ瞳だったから。
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そう言って微笑んだ姉の顔に、思わず目を奪われたアンナだったものの、慌てて首を横に振るうと言った。
「で、でも、わたくしはもう戦えませんの……勇者になんてなれませんわ……」
アンナの言葉を遮るようにななかが言った。
「……それは違うよ。『もう戦えない』じゃくて、戦いたくないだけでしょ。気持ちは分かる。でも、だからこそ貴女は立ち上がらなければならない。大切なものを守るために。私と違って貴女にはそれができる。だから私は……もう一度だけアンナに戦って欲しい──いいえ、負けないでほしい!」
強い言葉にアンナの瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ち始める。するとななかは少しおどけた様子で続けた。
「っていうのも私のわがままだよね。全部聞かなかったことにしてアンナは自分の好きなように歩めばいいよ。私は何も強制しないし」
「なな……お姉さま……っ!」
そのままななかの手を取ったアンナは自由のきく左手でぎゅっと握りしめると何度も繰り返し頷く。その小さな掌は熱く、そして小刻みに震えているのが分かった。ななかはそっと微笑むと言った。──アンナに聞こえる声で『頑張れ』と。それは、あの日──自分が命をかけてでも妹を助けたいと願った理由そのものだったのだから……。
「わたくしはっ! お姉さまの夢も……わたくしの夢でもありますの……だから」
──と言いかけたアンナの言葉を、ななかは人差し指を立てて遮ると言う。
「今はゆっくり休んで。だいぶ酷くやられたんでしょ? 瑠璃ちゃんに」
「うっ……」
痛い所をつかれ、思わず言葉を詰まらせるとアンナは小さく「はい……」と頷いた。ななかは優しく微笑みながら、アンナに尋ねる。
「もう、私が居なくても大丈夫ね?」
(お姉さま……)
ななかが言わんとしていることは理解できたため、アンナは黙って首を縦に振ることしかできなかった。
「瑠璃ちゃんは確かに強い。私が高専にいた時も、あの子は二年生の中でハイネちゃんと同じくらいの実力はあった。……でも、アンナなら瑠璃ちゃんよりも強くなれると思う」
「そ、そうでしょうか……」
自信なさげなアンナに、ななかは笑顔で答える。
「ええ、私が保証する。きっと瑠璃ちゃんなんてあっという間に追い抜くわ。それくらいの潜在能力はあると思ってる」
「そ、それは……さすがに褒めすぎで……」
口ごもりながらも、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべるアンナに、ななかは続ける。
「そして、あなたはシングルナンバーになって、5年生になったら高専最強になるの」
ななかはそう断言するが……アンナには自分がそこまでの力はまだないと分かっていたためか、あまり乗り気ではないようだった。
「でもわたくしはまだ……」
しかし、そんな弱気な態度を見せる彼女の背中を、姉はぽんっ!と叩きながら言ったのだった。まるで『大丈夫だ』と言うかのように──。
「大丈夫!私を信じて。だって貴女は私よりもずっとすごい才能を持ってるんだから」
そして、ななかは「少し喋りすぎちゃった……」と呟いて目を閉じ、苦しそうに呼吸をするのを見て取ったアンナは慌てたような表情を浮かべ──
「お、お姉さま!?」
「そろそろ限界みたい」
そう呟くと同時に、そのままベッドに横になると静かに寝息を立て始める。アンナはそんな無防備な姿を見せる最愛の姉の手を握ると──何度も『ごめんなさいですわ』と呟き続けていた。
「わたくし、お姉さまの分も背負っているんですのね……まあ覚悟していたことですが」
そんな決意の言葉を口にするのだったが……それが夢の中の姉に届くことはないのであった……。
❀.*・゜
アンナが高専に戻った頃にはすでに辺りは薄暗くなっており、寮に戻る生徒の姿もほとんど見られなかった。
「さすがに疲れましたわね──でも」
自分の部屋に戻る前に、職員室に立ち寄る。
「教官に報告をしておかねばなりませんわ──あら?」
ふと、職員室の中を覗き込むと、そこには担任のミス・ジェイドが一人ぽつんと残っていた。他の教官の姿は無い。どうやらアンナの帰りを待っていてくれたようだ。
「……話はできましたか?」
「ええ、おかげさまですわ。教官」
そう答えるアンナに、ミス・ジェイドは「それはよかった……それで? 彼女はなんと?」と言った。それにアンナは頷きながら答えると──
「ななお姉さまはわたくしに託してくださいました」
と自信に満ちた表情で言った。ミス・ジェイドは一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに表情を和らげると小さく微笑み言った。
「やはり……そうだったのですね」
「……知っていたんです? 教官は」
その問いかけに、彼女は頷いて応える。
「ええ──彼女のことは、高専を去った後もいつも気にかけて見ていましたから。あれほど私が興味をそそられた魔導士はなかなかいません」
そう言う教官の顔は相変わらずの無表情であったが、そこはかとなく嬉しそうであったので『ああ、この人もななかのことが好きなのだな』と理解した。
「そして、彼女が気にかけていたアンナ=カトリーン・フェルトマイアーさん。あなたも実に興味深い存在ですね……」
「教官……」
そんな教官の言葉を聞いたアンナは感無量の表情を浮かべていた。この厳しい教官が自分を認めてくれている。それだけで胸がいっぱいになる。
そんな彼女に、ミス・ジェイドは続ける。その口調はいつもと変わらず抑揚のないものだったが──。
「──でも、まだまだですね」
その言葉とは裏腹に、ミス・ジェイドの表情はどこか楽しげであった。まるで、崖の上から蹴落とした我が子が這い上がってきたのを見るようなそんな表情で……。
だが、その『まだまだ』という言葉にアンナは不満を漏らすどころか大きく頷いて言った。
「それは重々承知しておりますわ!」
「では、また精進することですね。──期待していますよ?」
(教官ったら、やっぱり厳しいお方ですわ)
アンナは思わず苦笑するが──でもそれがこの先生の魅力なのでしょうね、とも考えていたのであった……──。
「ところで教官、一つお願いがあるのですが」
「?」
「しばらく、暇をいただきたいのです。──休学、ということにしていただいて構いませんわ」
アンナの言葉を受けて、ミスは「ふむ……」と考えこんだ後──
「良いですが、なぜまた」
と言う。アンナは少し恥ずかしそうに頰を掻くと……やがて意を決して答えた。
「わたくし、しばらくアステリオンで修行をしようと思ってますの。今のままではシングルナンバーは愚か、魔王を倒すことなど夢のまた夢ですわ」
「なるほど、貴女の決意は本物ですね……」
そう言って頷くミス・ジェイドは
「いいでしょう、許可します。ですが──」
と言いかけたところで言葉が止まるが、次の瞬間にはいつも通りの様子に戻ると彼女は続けた。
「私はいつでもここにいますから、何かあったら遠慮なく立ち寄ること。良いですね?」
(さすが教官ですわ。全てお見通しですのね)
そうアンナは思ったものの口には出さず、代わりに「はい!」と答えるのであった──。
──それから数日後。アンナは休学届を提出すると、寮には寄らずにすぐに学園を出た。そして、そのままの足で日本と異世界を繋ぐゲートへと向かったのであった。
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