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魔術の章
戦後処理Ⅲ
しおりを挟む逃走から丸一日後、横山はかつての島民が住んでいた廃屋で、狼になって寒さを凌いでいたところを作業中のお掃除屋さんに発見された。溌剌として希望に溢れていた横山はいつも何かに怯えている不安定で陰気な男になっていた。特に昢覧がトラウマで、姿が見えると酷く取り乱した。昢覧は横山を諦めざるを得なかった。人狼好きとしてはかなりショックだ。明日紀と壱重も残念がった。この二人は人狼などどうでもいい。昢覧が新メンバーを加入させれば代償として肉体を求められるのを知って面白がっているだけだ。笑いが取れた横山はお咎めなし、無罪放免となった。
吸血鬼たちは三人で枯れ井戸を見に行った。四本柱のしっかりした井戸屋形が建てられ、周囲の草木はきちんと手入れがされている。やはり魔的な何かはまったくない。とっても普通の、普通としか言い様のない井戸だった。
「ね、明日紀、本当に悪魔に操られてたの?」
壱重が尋ねた。よくよく考えるとあのような者に明日紀が操られるというのは納得がいかなかった。みっともない部分を知って、三人とも悪魔への印象がだいぶ変わっている。今まであれを怖れていたと思うと複雑な思いだ。
「操られてたのは本当だよ。最後の方特に俺っぽくなかったでしょ。ちょっと油断したらがんがん端っこに追いやられちゃって。でもあれが悪魔だと思ってるのは俺たちだけかも知れない。本人も言ってただろ、『おまえたちが悪魔と呼ぶ者だ』って。たぶん俺たちと同じで、誰かが勝手にそう呼び始めたんだ」
「中身は意外と普通の奴だったりするわけか」
「名前負けしてる」
「ふふ、それでも一応俺たちより強いからね」
「悪魔が中に居るのに俺を使って悪魔を呼び出そうとしてたの?」
「俺の中の悪魔の割合を増やして力を強くしようとしてたんだよ」
「割合増やしたら乗っ取られない? まさかそれが目的?」
「入り込まれた感じでは完全な乗っ取りはたぶん無理だな。俺の命が消えたら体ももたない。そうはしたくないみたいだった」
「勝手に入り込まれたらどうしよう」
「勝手には入ってこないよ」
面白そうだから受け入れたのだと言う明日紀に二人は呆れた。明日紀は取引のときの持って回った遣り取りを思い出した。この世界に干渉するには、たぶん形だけでも同意が必要だったのだ。異界との間にはまだ吸血鬼が知らないルールがある。また興味深い研究対象が見つかった。了炫がこの場に居たら、今の明日紀は儀式の後の茨矜と同じ表情だと教えてくれただろう。
一週間で作業が終了し、新生花桐がお披露目された。惨劇の跡はどこにもない。高級売春宿兼ダンピールの最終処分場として満足いく出来栄えだ。さすが全掃工業。吸血鬼からの支持率第一位は今後も揺るぎそうにない。
帰りは全掃工業所有の船に乗せてもらった。吸血鬼たちが甲板から遠ざかる爾覦島を眺める。これからあの島には影導に呼び寄せられた人間が集まってくる。大半は生贄に、何人かは人狼にする。そして占術でダンピールの所在を割り出し人狼に攫ってこさせる。他に従業員も揃えなければいけない。弟子も欲しい。影導にはやるべきことが山積している。昢覧が井東の協力を提案したが断られた。師弟の間の溝はそう簡単に埋められないらしい。
昢覧が小さく「あ」と声を漏らした。
「逆だ……最初は影が集まってると思ったんだけど、よく見たら逆で、真ん中の人から影が出てた。火山が噴火したみたいな奴だった!」
「ああ、あれか」
似た光景を知っている明日紀と壱重はすぐさま事情を理解した。悪魔の贈り物を受け取ったのだ。成長した吸血鬼に贈られる、ちょっとした秘密や役に立つ知恵。
「こういう感じなんだー。はえー。なんで今?」
「だいたい脈絡のない瞬間に届く。私も明日紀もそうだった」
「なんて言ってた?」
「……何も言われてない。あれ? 何も言ってなかったぞ? なんだったんだ?」
「そいつが俺に入ってた奴だよ」
「俺を吸血鬼にしたのってあいつかよ!」
悪魔の贈り物は吸血鬼化のときに召喚された悪魔から贈られる。崇人のための儀式で同席した紫束を見たのが恋の始まりだったらしい。楽しみにしていた贈り物も発送元があれでは有難みに欠ける。
「だからか~」
「何が?」
昢覧が言うには、吸血鬼になっていじられキャラになってしまったのは生みの親の駄目な部分が影響しているからなのだとか。明日紀と壱重はそういうことにしておいてあげた。
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