夜行性の暴君

恩陀ドラック

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魔術の章

支配・暴力・友愛

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 明日紀と食事に来たのが間違いだった。昢覧は瀕死の女を前に、四つん這いで肛門を舐められながら男根を扱かれている。人間のときもこれが好きだったと言われ泣きそうになった。


「そんなの嘘だ……」

「ふふ」


 明日紀は糸を引く先走りを掬い手に纏わせた。ぬちぬちという粘っこい音と舌が奏でるぴちゃぴちゃという音が、昢覧に何が本当のことかを教えている。


「もう逝きそうだね。立って。口でしてあげる」

「駄目だよ明日紀こんなこと……」


 昢覧はのろのろと立ち上がって、待ち受ける明日紀の顔にそそり立つものを向けた。親吸血鬼の強制力は子吸血鬼本人による精神干渉だ。成長すれば心の自由は本人次第となる。本来は未熟な新人に効率よく生き方を学ばせるためのシステムだった。しかし親吸血鬼になれるような人間に健全な母性・父性は備わっておらず悪用ばかりされている。すぐそこにある自由に気付けない間抜けはいつまでも支配され続け、玩具にされ続ける。

 尖らせた明日紀の舌が尿道口を突いた。明日紀は喘ぐ昢覧の顔を堪能しながら、ちろちろと亀頭をくすぐった。もっと遊んでいたいが女の最期が近い。全体をぱくりと咥えて頭を前後させる。ずっと焦らされていた昢覧は敢え無く口中で果てた。


「待て、冗談だろ」


 顔を寄せてくる明日紀が次にしようとしていることがわかった昢覧は、怯えた表情で余計に彼を喜ばせた。結局口移しで精液を飲まされて、あの頃と同じように泣きべそをかかされてしまった。


「ああ、やっぱり昢覧はかわいいなあ。皆には黙っててあげるから、また今度しようね」

「もう止めろよ……」


 抗議の声が弱々しい。射精の瞬間、女の死と相まって想像を絶する気持ち良さだった。快感に負けた自分が悔しい。次は自分から腰を振ってしまいそうで怖い。


「俺が元に戻らない方がよかった?」

「そんなわけないだろ。明日紀は明日紀でいてくれないと。でもこういうのはもう止めよ?」


 ふふふと笑う明日紀は昢覧調教の青写真を思い描いていた。乳首も開発して、前立腺だけで射精できるようにしたら壱重も交えて三人で愛し合いたい。二人がどれだけ抵抗してくれるのか、今からとても楽しみだ。


「昢覧はもし自分が吸血鬼にならなかったらって考えたことない?  俺はたまに後悔することがあるんだ。人間のままの方が良かったんじゃないかって」

「明日紀……」

「だって精液とおしっこを飲ませらんなくなってつまんない」

「心配して損した!!!」


 ファンの間では唾液と並んで人気のドリンクだったとか。昢覧は明日紀が吸血鬼であることを心の底から有り難く思った。







「おかえり昢覧兄ちゃん!」

「昢覧!  おかえり!」


 短い外出でも帰宅すると熱烈歓迎してくれる、なんともかわいい狼たちである。少しの後ろめたさを残して、落ち込んでいた昢覧の心が癒された。食事を作って食べさせる。後片付けは知悠がやってくれた。


「終わったよ昢覧兄ちゃん」

「ありがとう。お疲れさま」


 昢覧は人型の知悠の頭をなでなでして、頬にちゅっと軽いキスをした。


「えへへ……」


 人型でもなでなでとちゅーをしてほしい。それが横山との浮気を帳消しにするために知悠が出した条件だった。知悠は狼型と人型とで扱いに差をつけてほしくなかった。殺人兵器としての狼型ばかり重用されてきた過去がよぎって悲しい気持ちになってしまうのだ。こんなふうに感じるようになったのはここ数年のこと。どんどん軟弱になっている自覚はある。原因は昢覧なのだから、昢覧に責任を取ってもらうしかない。遠慮しないで甘えることにしたのだった。知悠の昢覧への愛はあくまで純粋な、小さな子供が親の温もりを求めるのと同種の感情だった。それを過剰ないちゃつきで歪めていることを昢覧だけが気付いていない。

 狼型で昢覧に寄り添っていた絢次は、嬉しそうに身を捩る知悠に少し呆れた表情を浮かべただけだった。二人の様子を見るに近々何かやらかすだろう。そうなったらアナルセックスを要求するつもりだ。どう言い訳されても譲る気はない。吸血鬼と違ってこっちには寿命がある。ここまで待っただけでも褒めてもらいたいものだ。だから浮気は咎めない。昢覧には好きに遊ばせる。優しい昢覧は狼が悲しそうに鼻を鳴らせばなんでも言うことを聞いてくれるんだ。早く昢覧の中で射精したい。

 無邪気そうな顔の下でこんな不穏なことを考えているとは露知らず、昢覧はかわいい狼になでなでちゅーした。







 翌日、昢覧は壱重と二人でお買い物デートに出掛けた。爾覦島に行く前に買い物に行こうと言って有耶無耶になっていたのが、やっと実現した。今日は壱重が運転席に座った。


「昢覧、疲れてる?」

「最近野郎からのモテ期が来ちゃってね……」


 乾いた笑いが漏れた。まさか知悠からも浮気の代償を請求されるとは思っていなかった。絢次に比べたらかわいいものだがダメージはある。昨日はあの後絢次の相手もさせられて精神的に疲弊していた。自虐ネタにでもしないとやってられない。壱重を独り占めするのが最高の癒しだ。二人の時間に下ネタはない。車を飛ばして、買い物をして、操った人間同士を喧嘩させたり、偶然見かけた伝染型を分解してみたり。日頃の憂さを忘れて楽しく健康的に過ごせる。

 壱重はそんな昢覧を少し憐れに思っていた。実は明日紀から二人の情事について聞かされている。明日紀は昢覧と狼の関係に変化があったことにも勘付いていて、そのことも壱重に話していた。それをわざわざ昢覧に教えるのは野暮というもの。誰の得にもならない。

 初めて会った頃は昢覧とこんなに親密になるとは思ってもみなかった。いずれ離れて暮らして、明日紀を間に挟んで数年に一度顔を合わせる程度かと。昢覧が自分を姉妹のように扱うのと、男として好みではないのが良かったのだろう。壱重は絢次や下僕だった飯田のような、逞しくて男らしい外見の男が好みだ。人間だった頃、どうして自分はそういう屈強な男に生れなかったのだろうと日々嘆いていた。その反動で、いかにも強そうな男を見ると痛めつけてやりたくなるようになってしまった。ああいう男がひいひい泣いて許しを乞う姿は胸がすく。線が細くて綺麗な昢覧にはそんな気が起こらないから安心だ。


「お兄ちゃん」

「えっ!?  びっくりした、急にどうしたの壱重ちゃん」

「試しに呼んでみたんだけど、どうだった?」

「嬉しかったけどもっと妹感を出して。甘えた感じで」

「お兄ちゃん」

「それじゃかわいいだけじゃん。信頼と蔑みのバランスを意識してもう一回!」


 壱重は触ってはいけない部分に触ってしまったようだ。スイッチが入った昢覧に熱く指導され、危うく本物の所まで連れて行かれるところだった。その後壱重から妹の話題が振られることは二度となかった。







 二人が出掛けている間、明日紀は一人自宅で映画を観ていた。吸血鬼対人間の古典ホラー。愛する女を吸血鬼から救い出すため主人公が死地に飛び込んでいくのを流し観しながら、自分の身に起きた一連の出来事を思い返す。

 伝染型吸血鬼の発見、ダンピールの生と死、悪魔との取引、離島でのあれこれ。一時期陥っていた無気力状態はすっかり忘れてしまった。悪魔との取引も、振り返ってみれば面白い経験だった。あれで明日紀は異界言語の習得という副産物を得た。その恩恵に与って滅亡寸前の井塚が復興を果たすのはもう少し先の話である。悪魔退散とともに日光耐性が失われたのは別にどうでもいい。

 あの悪魔には言ってやりたいことがまだいくつかあった。例えば自分ではなく壱重に惑わされたこと。壱重が可愛いのは認めるが、負けているとは思っていない。格好つけようとしたことも気に入らない。それは普段きまってない奴がやることだ。馬鹿にしているのか。


「次までに言い訳を考えておけよ」


 悪魔からの返事はない。あれは向こうの世界に完全に引っ込んだ。しかし密かに様子を窺っているような気がしてならない。あいつは潔くない。あのタイミングで昢覧に、あんな中身のない贈り物を届けたのがその証拠だ。ずいぶんパワフルなイメージを見せたようだが、そんなのどう考えても壱重へのアピールではないか。

 画面の向こうでは吸血鬼を倒した主人公とヒロインが熱い口付けを交わしている。明日紀はふんと鼻で笑った。




 それから明日紀、壱重、昢覧は幾度も住所と名前を変えた。彼らの関係も変換を繰り返し、しかしながら途切れることなく続いた。三人の吸血鬼は悠久の夜を謳歌し、いつまでも弱者を虐げては笑い声を響かせるのだった。










          おしまい




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