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魔術の章
サスペンスの開幕3
しおりを挟むいくつかの客室を覗いてみると中には宿泊客たちがいた。物音一つしないことから恐らく全員が、それぞれの室内で、思い思いの場所と格好で倒れている。
「これが魔術?」
「違う。たぶんここから毒が出てる。この風を吸うと気分が悪い」
「ほんとだ~。おえっ、気持ち悪っ。頭痛ぁい」
天井に開いた空調の吹き出し口から出ている風は主に二酸化炭素で構成されていた。わざと風を浴びにいった昢覧はすぐに頭の痛さに耐えられなくなって窓を開けた。夜の冷気が勢いよく暖房の効いた室内に流れ込んでも人間たちは動かない。防寒と防犯のためドアも窓もきっちり閉めていたのが災いした。別の客室でも同じ状況になっていた。
「客は全部生贄にされた?」
「そのようだ」
「死ぬとこ見たかったなあ~。ん? あれぇ? あいつさっき死んでなかった?」
廊下で立ち話をしていると、竜胆の間からふらつく足取りで一人の男が出てきた。彼には生きた人間には必ずあるオーラがなかった。
「ゾンビじゃね!? 俺初めて見る! やったぁ!」
「普通の死戻とはなにか違うな」
「これが魔術か」
男はよたよたと昢覧に近付いて正面に立つと、あんぐりと口を開けて両手を振りかぶった。非常にもったりした動作だがこれで襲い掛かっているつもりらしい。意味が解らなくて様子を見ていたら他の死体も蘇って集まってきた。全員ここに集まったらさすがに少し面倒なことになりそうだ。試しに頭を粉砕してみたら無力化できた。
「らしいっちゃらしいけど、なんだこれ」
並みの人間でも余裕で躱せるスピードとセオリー通りの攻略法。影導はどういうつもりでゾンビを発生させたのか。とりあえず近場に居る奴から倒していくと、少しずつゾンビの動きが良くなっていった。今では並みの人間くらい。吸血鬼から見るとまだまだ鈍重だ。この先どこまで俊敏になるのか知らないが、契約型と伝染型を混同するような男の策には期待できない。退屈した壱重が魔術師を探したいと言い出した。
「そうしよう。これは陽動なのかもしれない」
「なるほどたしかに! こいつら面白いけど、それだけだもんな」
窓を蹴破って外に飛び降りた。三階の高さはゾンビには無理だったらしく、最後に飛び降りた昢覧が振り返ると窓辺から離れていくのが見えた。
術式を終えて疲れ切った影導は弟子の田口に助けられながら船着き場に向かっていた。魔術による高波はすっかり落ち着いて航行にはなんの問題もない。影導の他に乗船できるのは正気に戻った弟子のみ。島を離れれば自分たちは助かる。
花桐の宿泊客は影導の顧客から疎まれていた人々だった。吸血鬼来島に合わせて招待し、生贄として活用させてもらった。消えて欲しいと願われるような人間に最期に善行を積ませてやったのだから感謝してほしい。従業員と弟子まで犠牲になったのは計算外だった。申し訳なく思う。しかし人類の幸福に貢献できたのだから本望だろう。
「待ってください先生。おい、そこに居るのは誰だ!」
桟橋と、停泊させていた中型船の甲板に人影がある。田口が向けた懐中電灯の光は、底なしの闇を背景にぞっとするような麗人を浮かび上がらせた。
「やっぱり逃げるつもりだったか。困るよ。ちゃんと終わるまで島にいてくれないと」
背後からの声がフリーズしかけた魔術師たちを振り返らせた。幽霊のように音もなく現れた彼は昼間会ったのっぺら坊。今はニット帽を脱いで美しい面差しを晒している。
「旅館のあれ、物足りないけど面白かったよ」
「あれが物足りない!? まさか彼岸の写しが破れるとは……」
花桐館内で起きた出来事は一世一代の大魔術だった。あれで駄目ならもはやお手上げだ。船を押さえられ前後を吸血鬼に挟まれて、退路も断たれてしまった。失意から膝を突いた影導の耳に狼の遠吠えが届く。
「オオ――ン」
「ロ組だ!」
上り勾配の向こうから現れた四頭の狼は、吸血鬼との戦闘に備えて人狼化したロ組と呼ばれる門弟たちだ。一目散に駆け下りてきた狼たちは師を守るように吸血鬼との間に割って入った。
「君たち……!」
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次にイ組も姿を現した。もっと早い段階で師と合流する予定だったのだが、精神干渉の解除に手間取って遅くなってしまった。かたまって移動していたイ組が急に散り散りになる。包丁を振り回してイ組を蹴散らしたのは、桜花の間でダンピールを言葉責めしていた福田だった。
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