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第三章

メイウェザー男爵家でのパーティー(3)

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(お父様もお母様も、お姉様には逆らおうとはしないものね)

 そう思い、セレニアは目を伏せる。

 もしも、ここでアビゲイルに妻の座を譲ってしまったら自分はどうなるのだろうか。きっと、ろくでもない男性の元に嫁がされるのだろう。

 そんなもの耐えられるわけがないし、そもそもジュードの側を離れたくない。そう思うからこそ、セレニアはアビゲイルのことをにらみつけた。

「お姉様」

 芯のこもった強い声でそう言えば、アビゲイルの目が一瞬揺らぐ。それに気が付き、セレニアは一旦息を吸って吐いて、言葉を告げた。

「お姉様、私はジュード様のことを好いております。なので、お姉様に妻の座を譲ることは出来ません」

 アビゲイルのことをにらみつけながらそう言えば、彼女はその目を吊り上げる。そして、その手を大きく振りかぶる。

「あんたごときが――っ!」

 そして、アビゲイルがセレニアの頬をはたこうとしたときだった。その手を後ろから誰かがつかむ。

 恐ろしくて瞑っていた目を開けば、アビゲイルの手を掴んでいるのはセザールだった。彼はアビゲイルの手をひねり上げ、「あんまり乱暴なことは、されない方が良いかと思いますよ」と言う。彼はにっこりと笑っていた。

「奥様はジュードに溺愛されております。……なので、もしも手を出せばどうなるか、賢いあなたならばおわかりですよね?」

 セザールが挑発的にそう続ける。

 対するアビゲイルは「無礼よ!」と言いながらセザールのことをにらみつけていた。その声はいつも通りの甲高いものであり、よく癇癪を起す際に発していた声と全く同じものだった。

「そもそも、貴族の結婚は契約的なものよ。愛しているとか、好きだとか、そういうの関係ないのよ!」
「……さようでございますね」
「それに、あの出来損ないがこのわたくしよりもいい生活をしているのが、許せるわけがないじゃない!」

 アビゲイルが結われた髪の毛を振り乱しながらそう叫ぶ。

 やはりというべきか、彼女はセレニアの生活を妬んでいる。とどまることを知らない悪意をぶつけられ、セレニアは恐ろしさから手のひらを握ってしまった。が、その手をジュードの手が包み込んでくれる。それは、まるで安心させるような行動だった。

「大丈夫」

 その後、セレニアにだけ聞こえるような音量でそう囁いてくれる。そのためだろうか。セレニアの心が落ち着いていく。一旦深呼吸をして、ジュードと目を合わせてどちらともなく頷いた。

「あんな豪華で最先端の流行のドレスを着て、大きなアクセサリーをつけて。そういうのはすべてわたくしのためにあるものよ。あの出来損ないには一つたりとも渡せるわけがないわ!」

 喚き散らすアビゲイルをジュードが冷ややかな目で見つめる。

 気がつけば周囲には何事かとばかりにたくさんの野次馬が集まってきていた。彼らの顔をジュードが見渡し、手をパンっとたたく。

「……アビゲイル嬢の本性も分かったところで、そろそろこのパーティーの本題と行きましょうか」

 ジュードがにっこりと笑ってそう言うので、招待客たちがざわめいていく。

「ちょ、放しなさい!」

 気がつけばジェイラスとバーバラも従者に引っ張られこちらに連れてこられる。彼らは暴れていたが、たくましい従者にあっさりと引きずられてしまう。そのまま床に投げ出され、彼らは目を真ん丸にしていた。

「わ、私を誰だと思っている――!」
「そうよ!」

 人に囲まれながらも威勢を失わない二人を冷たい目で見下ろすとジュードは、「……これ以上ちょっかいを出さないのならば、こちらとて貴方たちに手を出すことはありませんでした」と言いながらゆるゆると首を横に振る。

「……何を、言っているのよ」

 アビゲイルが驚いたような声を上げる。その声を聞き流し、ジュードは素早く執事を呼び寄せ、何やら紙の束を受け取った。

 それを見たジェイラスが顔を青くする。

「どうやら、かなりの散財をしていたようで。挙句の果てにはこちらを保証人にしてギャンブルですか。……いいご身分ですね」
「そ、それは……」

 今までにないほど冷たい目をしたジュードが、ジェイラスを見下す。その目に込められた感情は侮蔑や呆れなどであり、彼が相当怒っていることはセレニアにもよく分かった。

「俺はセレニアを娶るに関して必要な金はすべて出しました。それ以上に強請ってくるなど……侯爵の風上にも置けない」
「だ、黙れっ! 成金風情が!」

 ジェイラスがそう言って詰め寄ってくる。それをジュードは軽く受け流しながらセレニアの腰を抱き寄せていた。その流れるような手つきに周囲がほれぼれとしたような声を上げる。

「その成金風情に金を借りないといけないほど落ちぶれた貴方がそもそもの原因でしょう。……それに、俺の最愛のセレニアを虐げておいて」
「し、知らんっ! その娘は私の娘ではない。そんな出来損ない、いてもいなくても一緒だ!」

 ホールに響き渡るジェイラスの罵声。その言葉は、さすがのセレニアにも胸に来るものがあった。
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