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第二章

実感

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 その後、セレニアはルネに浴室に引っ張り込まれた。そして、体の隅々まで表れていく。髪の毛についた土埃一つさえ取り除くように丁寧に洗われたかと思えば、別のワンピースに袖を通すようにと言われた。それはふわふわというような言葉が似合うような可愛らしいデザインのものだ。そのワンピースに袖を通し、今度は髪の毛を手早くまとめてもらう。

「もうあんなことはないでしょうが……」

 侍女の一人が苦笑を浮かべながらそう告げてくる。それを聞いて、内心で「何度もあんなことがあってたまるか」と思うものの、にっこりとしたような笑みで誤魔化しておいた。

 それから、セザールが怒られているという応接間に向かう。応接間に向かえば、何処となく呆れたような声が聞こえてきた。それがジュードのものだと気が付くのに時間はかからない。

(ジュード様、セザール様を怒っていらっしゃるのだろうけれど……)

 もしかしたら、自分にも怒りの矛先が向くかもしれない。そう思うと、背筋に冷たいものが走るような感覚に襲われた。

 けれど、あの優しいジュードのことだ。折檻などはない……と、信じたい。

「旦那様。奥様を連れてきましたよ」

 そんなセレニアの気持ちを知らないルネは、応接間の扉を遠慮なくノックする。そうすれば、中から「入っていいよ」という返事が聞こえた。だからこそ、ルネは扉を開けセレニアに中に入るようにと促す。

 応接間の中はほかの部屋よりも少々豪華だ。何処の貴族の屋敷でもそれは同じだが、この屋敷の応接間はまた少し違う。新進気鋭の男爵家という点で舐められないようになのか、置いてある調度品などは異国のもののようだった。この国では見たことのないデザインをしている。

 セレニアが応接間の中を興味深そうに見渡していれば、ジュードに「セレニア」と声をかけられる。そのため、彼に向き合えば彼は「こっちにおいで」とニコニコとした表情を浮かべながら言ってくれた。

 だからこそ、セレニアはジュードに指定された通りに彼の隣に腰を下ろす。

「……セザールのことはこってり絞っておいたからね。安心していいよ」

 セレニアが腰を下ろして開口一番にジュードはそう告げてくる。それに対し、セザールは「ははは」と笑っていた。どうやら、彼は喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプらしい。それを察しながら、セレニアは「……その」と小さく声を上げる。

「どうしたの?」
「い、いえ、あれは、私も悪くて……」

 セザールの指にかみついてしまったことを思いだし、セレニアは肩をすくめてそう言う。ルネたちは正当防衛だと言ってくれたが、淑女としてあるまじき行為であることに間違いはない。

 そう思って言葉を発すれば、ジュードは「いいんだよ」と言って首を横にゆるゆると振る。

「セザールが全部自分が悪いって、認めたから」

 ジュードのその言葉に驚いてセザールのことを見つめれば、彼は「そうだよ」と言ってニコニコとした表情を浮かべる。

「悪いって思っているならば、もうちょっと反省したそぶりを見せてくれてもいいんじゃないかな?」
「僕だってこれでも反省しているよ。……奥様を茂みに引っ張り込んだりしたのは、やりすぎだってね」

 けらけらと笑いながらセザールはそう零す。その言葉を聞いたためか、ジュードは「はぁ」とため息をつく。しかし、すぐにセレニアに視線を向けてきた。その目は、セザールに向けるものとは違いとても優しそうなものだ。

「今回はセザールだったからよかったけれど、今後とも同じような目に遭うかもしれない。……そういうときのために、護衛をつけようと思うんだ」
「……え?」

 けれど、そう言ったジュードの視線はとても真剣なものだった。それに驚いて目を丸くすれば、彼は「とりあえず、募集でもかける準備をしておくからさ」という。

「い、いえ、そこまでしていただくわけには……」

 眉を下げてそう言うものの、彼は「俺の大切な妻が危険に晒されると想像するだけで、腸が煮えくり返るんだ」と言ってにっこりと笑う。言っていることと表情が、合っていない。

「しばらくはルネたちに任せるけれど、やっぱり男の方が良いよね?」
「まぁ、そうだろうね。若くてがっしりとした騎士みたいな人がいいんじゃない」
「……それだと、俺が嫉妬しそうだ」

 ジュードとセザールはそんな会話を交わす。セレニアはそんな言葉を呆然と聞くことしか出来なかった。

(……そもそも、大切な妻って?)

 それに、そこが一番引っかかる部分だった。ジュードは先ほどセレニアのことを『大切な妻』と言ってくれた。その言葉に胸の奥底が疼くような感覚に陥ってしまう。……意味が、分からない。

(ジュード様は……私のことが、好きなの?)

 それを実感すると、どうしようもなく照れくさくなる。そっと胸の前で手を握りしめ、視線を逸らす。……やっぱり、どうしようもないほど幸せなのかもしれない。それを、強く実感した。
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