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第1章
③
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◇◇◇
ヴィクトール殿下の生誕二十周年を祝うパーティーは大盛況だ。
壁際に並んだ美味しそうな食事。有名な楽団が奏でる音楽。会場内はきらめいており、思い思いに着飾ったご令嬢たちがヴィクトール殿下の登場を待ち望んでいる。
(パーティーなんて、もう何年も出ていないな)
騎士団長を引退してから初めてではないだろうか。そして、パーティー用の衣装に袖を通すことはもっと前からなかった。
騎士としてパーティーに参加する際は、騎士の正装をすることがマナーだったからだ。
招待客たちを観察しつつ会場内を行く当てもなくさまよっていると、後ろから肩を小突かれた。
そちらを見ると見知った顔の女がいる。
「ラードルフ、久しぶりね!」
「あぁ、カミラか」
彼女は人妻らしく落ち着いたグリーンのドレスを身にまとっていた。
青色の髪をきれいに結い上げ、にこやかに笑う姿はまさに貴族の夫人の姿だ。
「あなたが王都に来るなんて、もう何年もなかったんじゃないの?」
「まぁな。ただ、今回ばかりはどうしても来たかったんだ」
ほかでもない弟子として育てていた王子の節目の誕生日を祝うパーティー。普段ならば招待状にも断りの返事を書いていたが、今回だけは参加することにした。
「そうね。あなたはヴィクトール殿下を本当の弟子……いいえ、弟分のように可愛がっていたものね」
「昔は確かにそうだったな」
今はもう、弟分のようになど思うこともできないが――。
「今の俺は田舎に隠居したただの騎士だからな」
「復帰する予定はないの?」
「ない。悠々自適な田舎暮らしをこれでも気に入っているんだよ」
王都に来ると権力争いに否応なしに巻き込まれてしまう。
俺は権力になど興味はないし、田舎の領主が身の丈に合っているのだろう。
「残念ね。あなたの実力は素晴らしいものなのに」
「世辞は言わなくていい。お前こそ最近どうなんだ?」
この女――カミラは俺が新米騎士だった頃の同僚である。
十五歳で騎士団入りしたこの女は、十九歳で結婚するからとあっさりと引退した。俺と同い年なので、こいつももう三十を超えている。
「とっても楽しい毎日よ。子供たちもどんどん成長しているし。この間、一番上の娘が十歳になったの」
「めでたいな」
「えぇ。ただ、最近少し困っているのよ。あの子ったら、将来ヴィクトール殿下のお嫁さんになるんだって言って聞かないの」
どうやら、ヴィクトール殿下は幼い少女の初恋を奪ってしまったようだ。
同性の俺から見ても見た目麗しい殿下は、まさに理想の王子。少女たちの憧れの的となっているようだった。
「無理だって言ってるんだけどね。だってほら、今日が――」
カミラがなにかを言おうとしたとき。耳に届いたのは大きな声。
「国王陛下、ならびにヴィクトール殿下のご入場でございます!」
その言葉に一瞬でしぃんと場が静まり返る。
王族の入場扉から、堂々とされた国王陛下が現れる。俺の記憶の中よりも少し老けた彼は、会場内をぐるりと見渡した。
「今日は第三王子ヴィクトールのために集まってくれて感謝する。心ゆくまで楽しんでほしい。また、本日のパーティーの趣旨は招待状にしたためたとおりだ」
招待状にしたためた――という言葉に、俺は疑問を持つ。
俺の招待状は簡素なものだった。改まって言うような趣旨は綴られてはいなかったはず。
「ちょっと、お顔がとっても怖いわよ」
どうやらあまりにも怖い顔をしていたらしい。カミラが耳元で俺をたしなめる。俺は頷いた。
「悪いな。どうにも、陛下のお言葉に引っ掛かってしまってな」
「おかしなところなんてどこにもなかったじゃない」
俺のつぶやきにカミラが呆れたように言葉を返す。
「そうか。だったら俺の気のせいだろう。悪い」
軽く手を挙げてカミラに謝罪の意を示す。カミラは俺に興味を失ったかのように、陛下のほうにもう一度視線を向けた。
瞬間、会場内が色めき立った。――ヴィクトール殿下が、入場されたのだ。
ヴィクトール殿下の生誕二十周年を祝うパーティーは大盛況だ。
壁際に並んだ美味しそうな食事。有名な楽団が奏でる音楽。会場内はきらめいており、思い思いに着飾ったご令嬢たちがヴィクトール殿下の登場を待ち望んでいる。
(パーティーなんて、もう何年も出ていないな)
騎士団長を引退してから初めてではないだろうか。そして、パーティー用の衣装に袖を通すことはもっと前からなかった。
騎士としてパーティーに参加する際は、騎士の正装をすることがマナーだったからだ。
招待客たちを観察しつつ会場内を行く当てもなくさまよっていると、後ろから肩を小突かれた。
そちらを見ると見知った顔の女がいる。
「ラードルフ、久しぶりね!」
「あぁ、カミラか」
彼女は人妻らしく落ち着いたグリーンのドレスを身にまとっていた。
青色の髪をきれいに結い上げ、にこやかに笑う姿はまさに貴族の夫人の姿だ。
「あなたが王都に来るなんて、もう何年もなかったんじゃないの?」
「まぁな。ただ、今回ばかりはどうしても来たかったんだ」
ほかでもない弟子として育てていた王子の節目の誕生日を祝うパーティー。普段ならば招待状にも断りの返事を書いていたが、今回だけは参加することにした。
「そうね。あなたはヴィクトール殿下を本当の弟子……いいえ、弟分のように可愛がっていたものね」
「昔は確かにそうだったな」
今はもう、弟分のようになど思うこともできないが――。
「今の俺は田舎に隠居したただの騎士だからな」
「復帰する予定はないの?」
「ない。悠々自適な田舎暮らしをこれでも気に入っているんだよ」
王都に来ると権力争いに否応なしに巻き込まれてしまう。
俺は権力になど興味はないし、田舎の領主が身の丈に合っているのだろう。
「残念ね。あなたの実力は素晴らしいものなのに」
「世辞は言わなくていい。お前こそ最近どうなんだ?」
この女――カミラは俺が新米騎士だった頃の同僚である。
十五歳で騎士団入りしたこの女は、十九歳で結婚するからとあっさりと引退した。俺と同い年なので、こいつももう三十を超えている。
「とっても楽しい毎日よ。子供たちもどんどん成長しているし。この間、一番上の娘が十歳になったの」
「めでたいな」
「えぇ。ただ、最近少し困っているのよ。あの子ったら、将来ヴィクトール殿下のお嫁さんになるんだって言って聞かないの」
どうやら、ヴィクトール殿下は幼い少女の初恋を奪ってしまったようだ。
同性の俺から見ても見た目麗しい殿下は、まさに理想の王子。少女たちの憧れの的となっているようだった。
「無理だって言ってるんだけどね。だってほら、今日が――」
カミラがなにかを言おうとしたとき。耳に届いたのは大きな声。
「国王陛下、ならびにヴィクトール殿下のご入場でございます!」
その言葉に一瞬でしぃんと場が静まり返る。
王族の入場扉から、堂々とされた国王陛下が現れる。俺の記憶の中よりも少し老けた彼は、会場内をぐるりと見渡した。
「今日は第三王子ヴィクトールのために集まってくれて感謝する。心ゆくまで楽しんでほしい。また、本日のパーティーの趣旨は招待状にしたためたとおりだ」
招待状にしたためた――という言葉に、俺は疑問を持つ。
俺の招待状は簡素なものだった。改まって言うような趣旨は綴られてはいなかったはず。
「ちょっと、お顔がとっても怖いわよ」
どうやらあまりにも怖い顔をしていたらしい。カミラが耳元で俺をたしなめる。俺は頷いた。
「悪いな。どうにも、陛下のお言葉に引っ掛かってしまってな」
「おかしなところなんてどこにもなかったじゃない」
俺のつぶやきにカミラが呆れたように言葉を返す。
「そうか。だったら俺の気のせいだろう。悪い」
軽く手を挙げてカミラに謝罪の意を示す。カミラは俺に興味を失ったかのように、陛下のほうにもう一度視線を向けた。
瞬間、会場内が色めき立った。――ヴィクトール殿下が、入場されたのだ。
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