上 下
3 / 11
第1章

しおりを挟む
 驚いて伸びてきた手のほうに視線を向けると、一人の男が立っていた。

 ――美しい男だった。

 さらりとした短い金髪。人のよさそうな青色の目。

「ヴィクトール殿下?」

 無意識のうちに懐かしい名前を口にした。男は俺の声を聞いて、笑った。

「ラードルフさん。お久しぶりです」

 男――ヴィクトール殿下が俺のほうに一歩を踏み出し、俺の前に立つ。

 あの頃は俺のほうが背丈が高かったのに、今では見上げる形になっている。不思議なものだ。

「またお会いできて光栄です。すっごく嬉しい」

 もしも俺が女だったら頬を染めただろう。

 容易に想像がつくほどに美しい王子スマイル。胸に手を当てて言葉をつむぐ姿はまさに少女の憧れの王子だ。

「殿下は……そうですね。結構変わりましたね」

 輝かしい笑みをまっすぐに見ることが出来ず、俺は視線を彷徨わせる。

 イェロームに助けを求めようとしたが、アイツはいつの間にかいなくなっていた。裏切者め。

「そうでしょうか? 成長したのは認めますが」
「成長なんてものじゃないですよ」

 俺の記憶の中にあるヴィクトール殿下はか弱い少年のままだ。

 目の前の男があのいたいけな少年だとは思えない。おどおどとしていた自信なさげな少年は、長い年月をかけ立派な王子に成長した。指導役としては喜ばしいことだ。

「昔はおどおどとしていて、自信なさげでしたのに」

 口に馴染まない敬語を使って、ヴィクトール殿下と会話をする。ヴィクトール殿下は昔から俺が敬語が苦手だと知っているので、特になにかを言うことはなかった。素直に助かる。

「あの頃は、そうですね。俺もまだまだ未熟でしたから」

 立ち振る舞いも、口調も。完全に王子だった。

 もうあの頃のヴィクトール殿下はいないんだと実感すると、嬉しいような悲しいような。

 国民としては喜ぶべきことなんだが、側にいた一人の師匠としては微妙だ。ちょっと、寂しい。

「けど、あの頃の俺も俺なんです。兄たちに劣等感を抱いて不貞腐れていた俺は、確かに必要だった」
「ヴィクトール殿下」
「だって、素敵な出会いをもたらしてくれましたから」

 ヴィクトール殿下の目はきらきらと輝いている。まるで、恋する乙女みたいだ。

 あぁ、そうか。――ヴィクトール殿下は恋をしているのだ。

「殿下には、お好きな人でもいるのですか?」

 小さな悪戯のつもりだった。昔一緒に過ごした兄貴分と弟分のたわむれのようなものだ。

「え、えっと」
「ヴィクトール殿下のお目はきらきらと輝いている。恋をしている乙女のようだ」

 さすがに言い方が悪かったか――?

 なにも言わないヴィクトール殿下に向かって困ったような笑みを浮かべてしまう。彼は視線を彷徨わせた後、頷く。

「はい。俺にとっては大切な恋なのです」
「そうですか」
「初恋は叶わないと言いますが、俺は叶えてみせます。迷信は所詮迷信ですから」

 俺的には、こんなにも美しく健気な王子が「好きだ」なんて言えばどんな人も落ちると思う。勝手な想像だが。

「そうですか。俺が言うのもなんですが、頑張ってくださいね。お祝いはお贈りしますよ」
「……ありがとうございます」

 返事に間があったような気がする。でも、深く気にすることはしなかった。いきなりの言葉に驚いただけだろうから。

「もうじきパーティーも始まりますね。俺は着替えてきます」

 先ほど話は通していて、着替えのために控室を借りることとなっていた。

 俺が控室のほうに足を向けようとすると、手首をつかまれた。驚いて視線を向けると、ヴィクトール殿下が俺の手首をつかんでいる。

「殿下――?」
「――いえ、なんでもありません。どうぞ、ごゆっくり」

 ヴィクトール殿下の目から一瞬光が消えたような気がする。

(いや、気のせいだな。今はとにかく着替えないと)

 このときもっとヴィクトール殿下のことを見ていたら。

 俺はあんなことをされずにすんだのだろうか――となどと思ったところで、後の祭りだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

童話パロディ集ー童話の中でもめちゃくちゃにされるって本当ですか?ー

山田ハメ太郎
BL
童話パロディのBLです。 一話完結型。 基本的にあほえろなので気軽な気持ちでどうぞ。

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました

ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。 「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」 ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m ・洸sideも投稿させて頂く予定です

処理中です...