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第1章
呆れるほどの、お人好し 4
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しばらく声をかけ続けて、彼の手を掴む手に力を入れた。すると、微かな力で握り返される。
やっぱり、生きてる……!
「あ、あの、救急車……!」
鞄の中からスマホを取り出して、救急車を呼ぼうとした手を、掴まれた。
ハッとして俺の手を掴んだ手を見る。その手は、倒れている男のものだった。
「だ、いじょうぶ、だから」
男が、端的にそう告げてくる。けれど、その声は小さくて弱々しい。全然、大丈夫に見えない。
でも、それ以上に。……うっすらと開いた男の目が、俺を射貫いた。
(……きれい、だ)
その目は美しい赤色だった。吸い込まれそうなほどに、美しい。まるでルビーのようだと思う。
男の目に見惚れた俺の手からスマホが零れ落ちる。男は、ゆっくりと起き上がった。
彫刻のように整った美しい顔。少し遠慮がちに伏せられた目。色気さえ感じるほどの顔に、俺の心臓がどくんと大きく音を鳴らす。
「ごめん、もしかして、心配かけちゃったか?」
「……あ」
男がそう問いかけてくる。その声は、男にしては少し高めの声。だけど、聞いていて心地のよささえ感じられる。
俺が、慌てて頷く。すると、男は笑った。そのまま俺の手をぎゅっと握って、「ありがとう」と端的に告げてくる。
「でも、大丈夫。救急車とか、いらないから」
ゆるゆると首を横に振った男が、ぼうっとし続ける俺にそう言った。
男が、俺のスマホを拾って手に握らせてきた。その画面は、奇跡的にも傷ついていない。ほっと胸を撫でおろす。
「少しめまいがしたんだ。……でも、キミが通りかかってくれて助かったよ」
輝かんばかりの笑みを浮かべて、男がそう告げる。……俺は、なにも言えないまま頷いた。
そんなとき、ふと周囲に風が吹く。瞬間、俺の鼻腔に届いたのはなんだか甘ったるい香りだった。
香水ほどきつくはない。なのに、不思議なほどに鼻に残る香りだった。
「ごめんね。……じゃあ、俺は行くから」
男が立ちあがって、俺の元を去ろうとする。が、その男の足取りはふらついていた。
めまいがしたと言っていた。……やっぱり、大丈夫じゃなさそうだ。
「あの、やっぱり病院に行ったほうが……」
控えめに声をかけて、手を伸ばす。男は、俺のほうを振り向いた。……その目を見て、心臓が大きく音を鳴らす。
ドクンと。まるでなにかを主張するかのようだった。
「本当、大丈夫だから。……俺、何処か悪いわけじゃないし」
男の顔色が悪くなっているのがわかった。これは、無理にでも病院に連れて行ったほうがいいのでは……?
頭の中にお節介なことを思い浮かべつつ、俺は男の側に寄った。また、甘い香りが漂ってきた。
「お節介なのは、わかっています。ただ、やっぱり放っておけなくて……」
その手首を掴んで、はっきりとそう言う。男は、俺の顔を見てふっと口元を緩めていた。
「優しい人。……ただね、俺、調子が悪いわけじゃないんだよ」
真っ青な顔色をしていて、そう言われても信じられるわけがないだろ!
叫びたくなる気持ちを押さえて、俺は男の手首を掴み続けた。そのときだった。
「……あ」
何処からか、腹の鳴るような音が聞こえてきた。……俺じゃない。周囲にほかの人間はいない。
男の顔を見る。彼は、俺から露骨に視線を逸らしていた。
「……腹、減ってるのか?」
静かにそう問いかける。男は、少しためらいがちに頷いた。
(え、もしかして……)
この現代日本において、この男は――腹が減って倒れていたというのだろうか?
(いやいやいや! あり得ないだろ……!)
と思ったものの、実際現実に起こっているのだ。もう、信じるほかない。
「とりあえず、なにか出すから。……俺の部屋に、来ればいい」
額を押さえて、そう言うことしか出来なかった。……多分、こういうことを平気でするから、お人好しって、言われるんだろうな。はぁ。
やっぱり、生きてる……!
「あ、あの、救急車……!」
鞄の中からスマホを取り出して、救急車を呼ぼうとした手を、掴まれた。
ハッとして俺の手を掴んだ手を見る。その手は、倒れている男のものだった。
「だ、いじょうぶ、だから」
男が、端的にそう告げてくる。けれど、その声は小さくて弱々しい。全然、大丈夫に見えない。
でも、それ以上に。……うっすらと開いた男の目が、俺を射貫いた。
(……きれい、だ)
その目は美しい赤色だった。吸い込まれそうなほどに、美しい。まるでルビーのようだと思う。
男の目に見惚れた俺の手からスマホが零れ落ちる。男は、ゆっくりと起き上がった。
彫刻のように整った美しい顔。少し遠慮がちに伏せられた目。色気さえ感じるほどの顔に、俺の心臓がどくんと大きく音を鳴らす。
「ごめん、もしかして、心配かけちゃったか?」
「……あ」
男がそう問いかけてくる。その声は、男にしては少し高めの声。だけど、聞いていて心地のよささえ感じられる。
俺が、慌てて頷く。すると、男は笑った。そのまま俺の手をぎゅっと握って、「ありがとう」と端的に告げてくる。
「でも、大丈夫。救急車とか、いらないから」
ゆるゆると首を横に振った男が、ぼうっとし続ける俺にそう言った。
男が、俺のスマホを拾って手に握らせてきた。その画面は、奇跡的にも傷ついていない。ほっと胸を撫でおろす。
「少しめまいがしたんだ。……でも、キミが通りかかってくれて助かったよ」
輝かんばかりの笑みを浮かべて、男がそう告げる。……俺は、なにも言えないまま頷いた。
そんなとき、ふと周囲に風が吹く。瞬間、俺の鼻腔に届いたのはなんだか甘ったるい香りだった。
香水ほどきつくはない。なのに、不思議なほどに鼻に残る香りだった。
「ごめんね。……じゃあ、俺は行くから」
男が立ちあがって、俺の元を去ろうとする。が、その男の足取りはふらついていた。
めまいがしたと言っていた。……やっぱり、大丈夫じゃなさそうだ。
「あの、やっぱり病院に行ったほうが……」
控えめに声をかけて、手を伸ばす。男は、俺のほうを振り向いた。……その目を見て、心臓が大きく音を鳴らす。
ドクンと。まるでなにかを主張するかのようだった。
「本当、大丈夫だから。……俺、何処か悪いわけじゃないし」
男の顔色が悪くなっているのがわかった。これは、無理にでも病院に連れて行ったほうがいいのでは……?
頭の中にお節介なことを思い浮かべつつ、俺は男の側に寄った。また、甘い香りが漂ってきた。
「お節介なのは、わかっています。ただ、やっぱり放っておけなくて……」
その手首を掴んで、はっきりとそう言う。男は、俺の顔を見てふっと口元を緩めていた。
「優しい人。……ただね、俺、調子が悪いわけじゃないんだよ」
真っ青な顔色をしていて、そう言われても信じられるわけがないだろ!
叫びたくなる気持ちを押さえて、俺は男の手首を掴み続けた。そのときだった。
「……あ」
何処からか、腹の鳴るような音が聞こえてきた。……俺じゃない。周囲にほかの人間はいない。
男の顔を見る。彼は、俺から露骨に視線を逸らしていた。
「……腹、減ってるのか?」
静かにそう問いかける。男は、少しためらいがちに頷いた。
(え、もしかして……)
この現代日本において、この男は――腹が減って倒れていたというのだろうか?
(いやいやいや! あり得ないだろ……!)
と思ったものの、実際現実に起こっているのだ。もう、信じるほかない。
「とりあえず、なにか出すから。……俺の部屋に、来ればいい」
額を押さえて、そう言うことしか出来なかった。……多分、こういうことを平気でするから、お人好しって、言われるんだろうな。はぁ。
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