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第1章

呆れるほどの、お人好し 3

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 ぼうっとしながら、きれいに舗装された道を歩く。

 空はオレンジ色から黒色に染まりつつある。今は夕方で、もうすぐ夜が来る。自然と早足になりつつ、俺はバイト先の飲食店から住んでいるアパートへ急いだ。

(なんていうか、今日はいい天気だな)

 雲一つない空を見つめて、心の中でそう呟く。こんな日は、なんだかいいことがありそうだ……とまで思って、やめた。

 今日はいい日なんかじゃない。むしろ、厄日だ。バイト先で皿を割ったしなぁ。

(店長は気にするなって言ってたけど、俺の性格上そうはいかないんだよな……)

 失敗を引きずるタイプというか、根に持ちやすいタイプというか。まぁ、そんな感じの俺はちょっと凹んでいた。

「こんな日は、さっさと帰って寝るに限るか」

 そうだ。そうすれば、もう頭はリセット……出来る、はずだから。そう上手くはいかないだろうけれど、やってみなくちゃわからない。

 だから、俺は鞄を持って早足に舗装された道から、ガタガタの道に移動した。

 俺が住むのは築四十五年のアパート。六部屋ある中、埋まっているのは二つだけ。外観はボロボロだし、お世辞にも立派できれいとはいえないアパートだ。けれど、このアパートにもいいところがある。それは……家賃の安さ。

 それに、女子供が一人暮らしをしているわけでもないのだ。防犯面も、あんまり気にしていなかった。周囲にオメガであることは隠しているので、襲われる心配もないだろうし。

「……今日は、店長がから揚げ持たせてくれたし。早く食べたいな」

 バイト先の店長は俺が天涯孤独な学生だと知っているからなのか、食べ物を持たせてくれる。とはいっても、店の賄の延長みたいなものだけれど。でも、食費が浮くので素直にありがたいと言える。

 ちなみに、から揚げは俺の大好物だったりする。

 そんなから揚げの味を想像していれば、遠くに俺の住むおんぼろアパートが見えてきた。俺以外の住民が住んでいる部屋の明かりは、ついている。どうやら、帰宅しているらしい。

 とはいっても、俺はその人物が男なのか女なのか、若者なのか老人なのかも知らない。会ったこともないのだ。どうにも、生活時間が違うらしい。

 そして、俺がおんぼろアパートの階段に足をかけたとき。……ふと、アパートの陰に人の手が見えた。

「……え」

 自然と口から声が漏れる。え、もしかして――。

(死体!?)

 確かにここら辺あんまり人通り多くないけれど。治安もちょっと悪いけれど!

 さすがに死体を遺棄するのはやめてほしい。……いや、死体じゃなくても不法投棄はやめてくれ。

(けど、生きているかもしれないな……うん、一応病人が倒れたのかも)

 でも、その可能性も外せない。まだ、息があるとすれば。ここで見捨てるのは、得策じゃない。それに、今後一生後悔するのは嫌だ。

 ゆっくりと足音を立てずに移動する。もしも、殺人事件でこの近くに犯人が潜んでいたら……という可能性を考慮してだ。一応、一応な!

「……金髪、か」

 その人物の髪は、金色だった。が、染めたような金色じゃない。なんて言い表せばいいのだろうか。柔らかい色合いというか。

「あの、大丈夫、ですか」

 恐る恐る、その人物に声をかける。身なりと体格からして、男性だ。目は閉じられている。けれど、わかる。

 ……この男、めちゃくちゃ顔が良い。だって、まつげは長いし、唇もきれいだし。なによりも、顔のパーツの一つ一つが完璧な位置に配置されている。……今まで見た中で、一番の美形かもしれない。

「……あの」

 声をかけて、ごくりと息を呑む。男の指が、微かに動いた。……生きている。

「大丈夫ですか? 救急車、呼びましょうか?」

 その手に触れる。……冷たい。まるで、人間じゃないみたいだ。生気がない……というか。

(死体みたいに、手が冷たい。だけど、さっき指が動いて……)

 意味がわからなくて、心臓がとくとくと早くに音を鳴らす。関わってはいけない。頭が警告を鳴らす。

 関わったら面倒なことになると、わかっている。わかっているけれど……。

「……大丈夫、ですか?」

 俺は、どうしてもこの男を見捨てられなかった。
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