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7、俺のコト、好き?

「じゃあさ、瞬はどんな仕事をしたいの?」

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「瞬!」

 通りの向こうで、伸幸が手を振った。

「お疲れ」

 瞬が道を渡ってくるのも待ちきれないように、伸幸は足早に近づいてきた。

「お迎えごくろう」

 照れくさいのを隠し、瞬は尊大にねぎらった。そして伸幸の肩に手を伸ばした。

「ありがたきしあわせ」

 伸幸はふざけて瞬の手をとり、そこへキスするまねをする。

 瞬はあわててひっこめた。

「職場にはバレてるとはいえ、一応さあ。往来なんだから」

「はいはい」

 伸幸はクスクス笑って肩をすくめた。

「伸幸さん」

「ん?」

 ふたり並んで、夏の街路を歩く。照りつける陽光に、首のうしろがジリジリ灼かれる。

「今日仕事終わりに事務所に呼ばれてさ」

「うん」

「『常務』ってひとに、『新メニューの開発』をやらないかって言われた」

「えっ」

「正社員にするからって」

 伸幸は足を止めた。

「すごいじゃないか、瞬!」

 瞬が止めるヒマもかわすスキもないままに、伸幸は瞬の手を取り、握りしめた。

「おめでとう! 普段の仕事ぶりが評価されたな」

「あー」

 瞬はさりげなく伸幸の手を外した。

「そんなにいい話じゃないよ」

「そうなのか? 給料だって上がるだろ?」

「月給二〇万スタートで、あとは業績で上げるって。言っても、そう上がんないよ、見てたら分かる」

 歩きながら、瞬は頭のうしろで手を組んだ。

「ここに骨をうずめる気にはならない。断ったよ」

「瞬……」

 伸幸には言わないが、まだ自分の味覚は百%戻っていない。この状態で味を決める仕事はできない。

 そのくらいには、料理人の仕事に対する誠実さ、思い入れが瞬にはあった。

 のんびりと数分歩き、部屋に着いた。

 瞬が冷凍庫の扉を開けると白い空気があふれてきた。暑くなってからは、伸幸がアイスを買って入れておいてくれる。

「伸幸さんも食べる?」

「うん」

「どれ?」

「ラムレーズン」

「ほい」

 冷たいバニラアイスを舌にのせる。この爽快感。

「ふー」

 仕事終わりの至福のときだ。

 ストロベリーやら抹茶やら、フレーバーつきのものはまだそう楽しめない。自分の感じている味を、記憶の味と比較したくなる。

 伸幸はオッサンだけあって、酒味のものが好きなようだ。前にチョコレートを選んだときも、リキュールの入ったものをうまそうに食っていた。

 瞬が飲まないからこの部屋では飲んでいないが、本当は飲みたい方なのかもしれない。

「なんか、もったいないな」

「何が」

「さっきの話だよ」

「ああ。正社員にって?」

「うん」

 伸幸はスプーンを置いた。

「じゃあさ、瞬はどんな仕事をしたいの?」

「え? 俺?」

 そう訊かれると、返事に困る。

「分かんね。やっぱ、うまいもの作って、誰かに喜んでもらえる仕事、なんかなぁ……」

 アイスが柔らかくなってきた。瞬はカップから大きめにクリームをはがし、口に入れた。

「今の生活、ワリと不満ないかも。伸幸さんが俺の作るもの喜んでくれてさ」

(あ……!)

 瞬は口を閉じた。

 しまった。

 こういうことを言うと男は豹変する。自分のものだと誤認して、ひとのことを好き放題し始めるのだ。 

 瞬はさり気なく伸幸の表情をぬすみ見た。

 伸幸は変わらず穏やかな表情で、黙って瞬を見つめていた。

 嬉しそうな、楽しそうな瞳のままで。
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