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第六十一話【奪って】中

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気づけば一年が過ぎた。長かったような、短かったような不思議な一年、今もまだどこかでいつか不意にこれは全て夢だったと、気づくのではないかと思うことがある。
 それでも、目が覚めれば自分一人だけの部屋に他の気配があり、部屋のあちらこちらに自分が使用するものではない生活品が置かれている。
 鏡の前に立ち、映る自分の体を見れば、そこに大切なパートナーとのつながりを感じる。
 冷蔵庫を開けば、自分の分以外の食品。スマホを開けばいつもの挨拶に、なんてことのない会話。
 忙しくもたわいない日々だが、その日々が幸せに満ちている。手を伸ばせば、最愛の人に手が届くこの距離が楽しい。

「じゃあ、試写会の成功にカンパーイ」

 孝仁の音頭に、翔壱と修二、将人、力也、冬真の五人はグラスを片手に“乾杯”と声を合わせた。今六人がいるのは、ある高級すし屋の個室だ。
 明らかに回転寿司やそれに近い寿司屋とも違う高級な雰囲気の中、しっかりと力也の両隣を確保しているのは孝仁と冬真だ。

「力也君、何から頼む?」
「えっと、じゃあトロ」
「大将大トロ二丁ね」

 目の前のガラスケースのネタを見ながらの力也の返事に、孝仁は目の前で専用のカウンターを前に握っているすし職人に注文をした。
 この場違いともいえる場所に、力也と冬真がいるのは四人に誘われたまま着いてきたからで、そうでもなければこんなところに来ない。
 ただ、実のところ力也の年収は一般的に考えると高いので、借金さえなければ完全に場違いともいえない。とは言え、質も大事だけどそれより量だという力也ではどっちにせよ、自分から来ようとは思わない。
 因みに、今日は打ち上げという名目の翔壱のおごりだ。孝仁と言い、翔壱といい何故人より良く食べる自分を誘うのかがわからないが、それを言うといつも結局言いくるめられてしまう。

「他にも頼むだろ? 力也何頼む?」
「力也君、大トロ来たよ!ほら」

 左右から話しかけられ、力也はどちらに返事を返したらいいのか分からず、視線を泳がせた。他の三人は個々に注文して好きに食べているのに、力也だけ左右から手が出てくる。
 同じSubの修二もいるが、翔壱が構わないため、普通に食べている。
 一応個室だとは言え、目の前に部外者もいるのに全力で構おうとしている孝仁と冬真に、困っていると力也の分の大トロを孝仁が箸でとった。

「力也君、あーん」
「え?」

 にっこりと多くの人々を虜にする極上の笑みを浮かべ、寿司を差し出され硬直した。
 人前で食べさせるなど、パートナーである冬真がやるならまだわかるが、孝仁がやるとは思わず困惑した。
 確かに意外と公共の場所でもイチャイチャしているダイナミクスペアはいる。同性同士だろうが、普通に食べさせていたり、ずっと張り付いていたりも珍しくない。
 そのような時、確かに人目は引くが、CollarをしていてDomとSubだとわかれば大抵の場合納得されるか放置される。誰も確実に猛毒のヘビがいるとわかっている藪をつつきたくはない。
 しかし、孝仁はイメージを気にしなければならない、芸能人で更に言えばDomでもない。
 いくらCollarをしているからと言っても違和感を持たれるのではと力也は気にしていた。
 それともう一つ、本当のご主人様である冬真の前でやっていいのかということも気になっていた。

(いいのかな……)

 これを口にしたら後で怒られるとか、お仕置きされるとかあるのではないかとチラリと冬真の方をみた力也は、その視線に一気に気落ちした。

(なんか期待されてんだけど)

 嫉妬するだろうと思っていた冬真は、なぜか楽しそうな目をしているし、挙句の果てにスマホまで構えている。そこには独占欲が強いDomの面影はなく、どちらかと言えばファンかなにかだ。もう冬真の考えていることがわからない。
とりあえず怒られることはなさそうだが、どうにもその視線は納得できない。

(いや止めようよ!)
「力也君、あーんだよ?できるでしょ?あーん」

 そのツッコミは焦れた孝仁の追撃によって口から出ることはなく、代わりに仕方なく開いた口に寿司が押し込まれた。
 押し込まれた寿司は流石ということしかできないほど、口に入れた瞬間にトロリと蕩けた。滑らかな口当たりとワサビの程よい辛さ、口の中でほぐれる米、満足感と共に訪れるのはもっと食べたいという欲求。
 
「おいしい?」
「はい!」
「それならよかった。好きなだけ食べろよ」
「ありがとうございます! 翔壱さん!」

 こう見えて、なんだかんだとお礼で奢られることのよくある力也だが、その度にわかりやすく喜んでいる。
 力也の性格上奢られることに抵抗があるのかと思いきや、Subの性質か気の置けない人から与えられるものは素直に受け入れる。
 今も好きなだけ食べていいと言われ、目の前に並ぶもはや宝石のようにキラキラと光って見えるネタに視線を送る。

「力也君、嫌いな物とか食べれない物とかないよね?」

 どれから頼もうか悩んでいる力也の様子に、孝仁が確認のように尋ねる。長い付き合いだ何度か奢っている中で力也の好みは把握している。

「なら、大将、お任せでどんどんお願いします」

 気前のいい、翔壱の言葉で、カウンターに次々と寿司が置かれていく。まだまだ食べ盛りの男性六人、中でも修二と力也は大食いとまではいかない物の、代謝の関係もありよく食べ作る傍から寿司は消えていく。

「で、冬真、お前次の仕事決まってるのか?」
「一応、サスペンス物の、容疑者の中の一人の役が決まってます」
「単発か?」
「いえ、一応連続してストーリーに関わってくるんで、何度か出番はあるみたいっす」

 一クール丸々、一つの事件について追いかけていく内容なので、一度容疑者になってしまえば容疑がはれるまでちょこちょこと出てくることになる。
 無論、主役側ではないためレギュラーとは言えないが、写真だったり再現映像だったりとそれなりに出番はある。

「インパクト足りなさ過ぎて、落とされないようにしろよ?」
「将人さん! 怖い事言わないでくださいよ」
「冬真君、噛ませ犬ぐらいがちょうどいいからね」
「孝仁さんまでやめてくださいよ。他にも容疑者役いるんですから」

 事件を解決するために、色々調べていくため、冬真の他にも怪しいとされる容疑者たちが出てくる。無論、真犯人は最後まで分からず、出演者である冬真たちもそれを知らないまま撮影をしなければならない。
 つまり、容疑者の中でもっともインパクトがあると思われた者が真犯人になり、ダメだと思われた者は早々に落される可能性がある。

「インパクトが弱いDomってのも珍しいがな」

 満足するまで食べ終わり雑談に興じ始めた三人のその話に、まだまだ食べていた修二がつぶやいた。
 良くも悪くも多くのDomは目立つ、無論グレアを出せばそれは当たり前なのだが、グレアがでていなくとも少人数の中では目立つ。
 ただ大人数の中でもそうかというとそうでもない、大人数になればなるほど一人一人に対する関心は低くなり、結果Domでもそうと気づかれない。
 とはいえ、この業界にいるDomはとにかく目立つことが多い、元々自己主張が高い人々が多い業界だ。その中に入ろうとするDomはそれよりもっと目立って場を支配したがる傾向がある。

「誰にでも彼にでもインパクト強くしたら、力也に向ける分がなくなるじゃないっすか」
「……俺別にインパクト求めていないんだけど」

 食べながら聞き流していたら、冬真が聞き流せないことを言いだした。いつだかもサプライズを喜んでいると言っていた。
 いつも予想外の行動に振り回されているが、サプライズにしてもインパクトにしてもこれ以上を求めたくないし、そもそも求めてはいない。

「わかってるけど、力也には一瞬だって俺を忘れて欲しくなくて」
「キモッ」
「一瞬ぐらい忘れさせてやれよ」
「やべぇな」

 その独占欲とも執着心ともいえる傲慢な言葉に、力也と修二以外が総否定した。わざわざインパクトを強くしなくともいつでも、冬真を忘れることはできない。
 ずっと考えているわけではないが、既に深く、深く根を張られているのだ。忘れるとか忘れないとかそういう次元の話ではない。
 それでも力也は今の言葉を嬉しい言葉として捉えていた。一瞬も忘れて欲しくないということは、一瞬の隙もないほど支配したいと言っているようなものだ。
 強い支配欲と所有欲、それが心地よく、嬉しい。

「なんて、冗談っすよ。俺力也の時間奪いたいわけじゃないし、他見てても、他の事考えてもいいって思ってるんで」

 嬉しいと感じた言葉は、あっさりと言った本人によって無かったことにされてしまった。じんわりと心に広がっていた喜びが消失感に変わる。
確かに一般的に考えればそれは冗談としか思えない内容だったが、支配されることを好むSubからすれば一種の告白のようなものだ。
それが否定され、気分は沈むが、冬真がこういう性格だと言うのはわかっていた力也は大きくため息をつくにとどめた。

「大将、いくらとカニお願いします」

 それでも靄つく気持ちを押さえる為、追加で寿司を頼んだ。
 そんなわかりやすい力也の様子を横目で見ていた冬真は人知れず苦笑を浮かべた。
 意気地なしのご主人様で悪いという想いを抱きながら。

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