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第四十六話【覚悟】後
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世の中には様々な見方がある。どんなことでも、悪くとらえる人もいれば、良くとらえる人もいる。大事なのは自分がどう思うか、それだけなのに、周りの声は気になる。
とかく、悪いことと言うのは大きく聞こえることが多い。マイナスの内容は本人の耳をふさぎ、目をくらませ、時に思考も変えさせる。
「Domの言葉の所為で犯罪を犯すSubってのは結構いるんだよ」
一旦部屋の中へ移動し、改めて話を聞く状況になった。
不機嫌な顔を崩すことなく、自分を落ち着けるように力也の肩へ腕を回しながらもそう冬真は話を始めた。
「そもそも、Subは主人の言うことなら大抵なんでも信じるし、受け入れんだ。だから、主人が不満に思っていることはどうにかしたいと思う。でも、アピールはしないから外には出さない。逆に俺たちは口に出し、外に出すことで発散する」
「そんな……」
「お前は、ただの愚痴のつもりだったろ。別に愚痴が悪いってわけじゃねぇよ、ストレス解消に悪態つくのは普通だ。だからって、それをSubに渡してどうすんだ」
こういうと八つ当たりをしているかのように聞こえるが、それは八つ当たりなどではない。だからこそ、悪気はなくその結果なにが起こるなど考えてもいない。
「お前は頑張ってるつもりだったんだろ。でもな、こうなってしまえばただの自己満足なんだ。一番大事に、本当に見なきゃならない人から目を反らして、見たくないもん見て、やってる気になってそれでなにが変わるんだよ」
悪い物ばかりみて、良い物をみない、悪いことだけ聞いて、良いことを聞かない。それは自分を客観的に見るために必要なものだが、それでよい物を否定することが正しいわけではない。
人生は広い歩きやすい道などではなく、細く歩きにくい道なのだ。バランスを取って生きていかなければならない。
男がしたことはそうした険しい道を共に歩き、手伝ってくれる相手に障害物を渡したことになる。
「お前にとって、そいつはそんなに大事なのか? そんなに嫌ならやめればいいだろ。その場所が本当に耐えられないならやめちまえ。 選ぶのは自分だ。大事な人を傷つけるなら、そんなの意味がねぇんだよ」
それは責任感も意地も、根性も否定するような言葉だった。逃げたきゃ逃げろ、辞めたきゃ辞めろ、自分の本心を無視するな、傲慢にも思える言葉だった。
しかし、それは自分以外の誰かの事を守る覚悟を持つなら必要なことだった。
コマンドという武器にもなる力を持つ言葉を操り、Subの生死を預かるDomとして優先しなくてはならないのは自分の感情操作だ。
Domの感情を込めた言葉はSubにそのまま影響する。善悪の区別さえつかなくさせる。
「幸せを見せられなら、やめろよ。てめぇがつらいのを見てるSubのほうがずっとつらいんだ」
それは力也を見てきたからこそ、はっきりと言い切れることだった。
「俺は力也にそんなことを思わせるぐらいなら、なんだってやめる。笑い話にしかならない愚痴ならまだしも、コイツには気を使わせたくない。それこそ主人として情けねぇ」
だからこそ、冬真はどんなに役がなくなろうとも絶対AV業界には戻るまいと決めている。気に食わない奴の相手をしてたまったストレスだけなら、力也とイチャイチャすればどこかに行く。だが、気に食わない奴と話をして、気に入らない仕事は抑えきれるかわからなかった。 血反吐を吐き、生きる姿には尊敬するが、それは理想ではない。
自分にすべてをささげてくれる人の傍に、いる時にそれを表に出すことなどしたくない。
(覚悟が違いすぎる)
Domとしての経験の差も、知識の差も、もちろんあるのだろうがここまでくれば心構えというよりは生き方の差なのだろう。
それはSubとして意思も生命も預け従う覚悟とは違い、守るための覚悟だった。
「Subは理由があってもそれを誰かの所為にすることはしない。聞いた話だと、全部かぶってそこに至った経緯も、目的も全て隠してみせるらしい。尋問する警察側にもDomがいるけど、話させることは難しくて、結局サブドロップに陥るケースが多いらしい」
話を聞いていくうちに事の危険性に気づいたのだろう、男の顔色からは血の気が引いていきその手は隣に座る彼女の手を握りしめた。
「だからそうならないように最善を探せ。ってことで改めて力也にいうことあんだろ?」
そう言われ、二人はハッとしたように力也を見て頭を下げた。
「さっきはすみませんでした。麗華を止めてくれてありがとうございました」
「いえ、間に合ってよかった」
今回もつい動いただけの力也はそう言って、気にしないで欲しいと伝えた。
「よし、この後は二人で話し合ったほうがいいだろ。帰るぞ力也」
そう切り替えた冬真に言われ、立ち上がると二人は玄関へと向かった。途中、連絡先を教えて欲しいと言われ、教えるとマンションの部屋を後にした。
マンションを出てすぐに、冬真は溜めていた息を吐くように大きくため息をついた。わざとらしいそれに、顔色をみるかのように視線を合わせる。
「力也、俺にいうことあんだろ?」
「ありがとう」
「もう一声」
「心配かけてごめん」
そう謝れば冬真は力也の前まで行き、その両頬を摘まんだ。いたずらっ子を叱るように、頬をひっぱる。
「なんで毎度毎度巻き込まれるかな?俺が褒めてばかりだから調子に乗ってる?」
「痛い痛い痛い……」
「力もあるし、高ランクだからって、いい気になってねぇ?」
口調は怒っている風に言いながらも、怒鳴るわけでもグレアを出すわけでもなく冬真は、頬を引っ張ると今度は潰した。
「あんな切羽詰まってないようなメッセージ送ってきて、俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんだよ」
「その辺はなんとかなると思ってました」
まさかDomに間違われるとは思わなかったが、グレアならなんとか耐え後で冬真に
ケアしてもらうつもりでもいた。そう白状すると冬真はもう一度大きく息を吐いた。
「仲間を助ける力也はカッコいいし、認めてるけど、もうちょい考えて動いて」
「はーい」
「本当にわかってんのか?」
返された緩い返事に、鼻の頭を指で摘まみ上下に動かし無理やり頷かせる。
「俺を待ってから動いたってよかったし、もっと急かすような連絡くれったってよかった」
「うん、ごめん」
「説明もないし、すげぇ心配して、バイク飛ばしてきた」
「ありがとう」
今度はぎゅっと抱きしめられ、心が満たされていく。焦らせてしまった申し訳なさはあるがそれ以上に嬉しい。
たったこれだけのことで、これほどの想いをくれる心配性の人がご主人様であることに苦笑する。“強いから大丈夫”だとずっと言われてきたのに、冬真は全く違う言葉をかける。
「役ならいいけど、本気で警察に捕まったら、俺なにするかわからねぇし」
その言葉に、力也の思考が止まった。どういうことだろうと、冬真の顔を見る。
「お前のことが心配で、抵抗して警察攻撃したら大変だろ?」
笑いごとではない話を笑いながら言われ、力也の顔色が変わる。
「ダメに決まってるだろ!」
「だから頑張って押さえてここにギリギリでたどり着いた。よって、今度からこういう連絡はもっと切羽詰まった感じに早めに連絡すること、でなければ俺を待ってから動くこと!」
「でもそれ、迷惑になるんじゃ?」
「力也、ご主人様のいうことは?」
「絶対?」
「よろしい。じゃあ返事」
「わかりました。ご主人様」
そう言われ、つかまらなくてよかったと安心した力也は頷き、Subらしい珍しい呼び方をつけたした。
「Good Boy」【よくできました】
それに冬真はDomらしく尊大な態度で褒め、次の瞬間二人で笑った。
さっきまでの、緊張感などすべて消え、幸せに満ちた空気が二人の間に流れる。もう一度ぎゅっと強く抱きしめると冬真はささやくように“Good Boy”と、勇気ある行動をした力也へ大好きな言葉を送った。
とかく、悪いことと言うのは大きく聞こえることが多い。マイナスの内容は本人の耳をふさぎ、目をくらませ、時に思考も変えさせる。
「Domの言葉の所為で犯罪を犯すSubってのは結構いるんだよ」
一旦部屋の中へ移動し、改めて話を聞く状況になった。
不機嫌な顔を崩すことなく、自分を落ち着けるように力也の肩へ腕を回しながらもそう冬真は話を始めた。
「そもそも、Subは主人の言うことなら大抵なんでも信じるし、受け入れんだ。だから、主人が不満に思っていることはどうにかしたいと思う。でも、アピールはしないから外には出さない。逆に俺たちは口に出し、外に出すことで発散する」
「そんな……」
「お前は、ただの愚痴のつもりだったろ。別に愚痴が悪いってわけじゃねぇよ、ストレス解消に悪態つくのは普通だ。だからって、それをSubに渡してどうすんだ」
こういうと八つ当たりをしているかのように聞こえるが、それは八つ当たりなどではない。だからこそ、悪気はなくその結果なにが起こるなど考えてもいない。
「お前は頑張ってるつもりだったんだろ。でもな、こうなってしまえばただの自己満足なんだ。一番大事に、本当に見なきゃならない人から目を反らして、見たくないもん見て、やってる気になってそれでなにが変わるんだよ」
悪い物ばかりみて、良い物をみない、悪いことだけ聞いて、良いことを聞かない。それは自分を客観的に見るために必要なものだが、それでよい物を否定することが正しいわけではない。
人生は広い歩きやすい道などではなく、細く歩きにくい道なのだ。バランスを取って生きていかなければならない。
男がしたことはそうした険しい道を共に歩き、手伝ってくれる相手に障害物を渡したことになる。
「お前にとって、そいつはそんなに大事なのか? そんなに嫌ならやめればいいだろ。その場所が本当に耐えられないならやめちまえ。 選ぶのは自分だ。大事な人を傷つけるなら、そんなの意味がねぇんだよ」
それは責任感も意地も、根性も否定するような言葉だった。逃げたきゃ逃げろ、辞めたきゃ辞めろ、自分の本心を無視するな、傲慢にも思える言葉だった。
しかし、それは自分以外の誰かの事を守る覚悟を持つなら必要なことだった。
コマンドという武器にもなる力を持つ言葉を操り、Subの生死を預かるDomとして優先しなくてはならないのは自分の感情操作だ。
Domの感情を込めた言葉はSubにそのまま影響する。善悪の区別さえつかなくさせる。
「幸せを見せられなら、やめろよ。てめぇがつらいのを見てるSubのほうがずっとつらいんだ」
それは力也を見てきたからこそ、はっきりと言い切れることだった。
「俺は力也にそんなことを思わせるぐらいなら、なんだってやめる。笑い話にしかならない愚痴ならまだしも、コイツには気を使わせたくない。それこそ主人として情けねぇ」
だからこそ、冬真はどんなに役がなくなろうとも絶対AV業界には戻るまいと決めている。気に食わない奴の相手をしてたまったストレスだけなら、力也とイチャイチャすればどこかに行く。だが、気に食わない奴と話をして、気に入らない仕事は抑えきれるかわからなかった。 血反吐を吐き、生きる姿には尊敬するが、それは理想ではない。
自分にすべてをささげてくれる人の傍に、いる時にそれを表に出すことなどしたくない。
(覚悟が違いすぎる)
Domとしての経験の差も、知識の差も、もちろんあるのだろうがここまでくれば心構えというよりは生き方の差なのだろう。
それはSubとして意思も生命も預け従う覚悟とは違い、守るための覚悟だった。
「Subは理由があってもそれを誰かの所為にすることはしない。聞いた話だと、全部かぶってそこに至った経緯も、目的も全て隠してみせるらしい。尋問する警察側にもDomがいるけど、話させることは難しくて、結局サブドロップに陥るケースが多いらしい」
話を聞いていくうちに事の危険性に気づいたのだろう、男の顔色からは血の気が引いていきその手は隣に座る彼女の手を握りしめた。
「だからそうならないように最善を探せ。ってことで改めて力也にいうことあんだろ?」
そう言われ、二人はハッとしたように力也を見て頭を下げた。
「さっきはすみませんでした。麗華を止めてくれてありがとうございました」
「いえ、間に合ってよかった」
今回もつい動いただけの力也はそう言って、気にしないで欲しいと伝えた。
「よし、この後は二人で話し合ったほうがいいだろ。帰るぞ力也」
そう切り替えた冬真に言われ、立ち上がると二人は玄関へと向かった。途中、連絡先を教えて欲しいと言われ、教えるとマンションの部屋を後にした。
マンションを出てすぐに、冬真は溜めていた息を吐くように大きくため息をついた。わざとらしいそれに、顔色をみるかのように視線を合わせる。
「力也、俺にいうことあんだろ?」
「ありがとう」
「もう一声」
「心配かけてごめん」
そう謝れば冬真は力也の前まで行き、その両頬を摘まんだ。いたずらっ子を叱るように、頬をひっぱる。
「なんで毎度毎度巻き込まれるかな?俺が褒めてばかりだから調子に乗ってる?」
「痛い痛い痛い……」
「力もあるし、高ランクだからって、いい気になってねぇ?」
口調は怒っている風に言いながらも、怒鳴るわけでもグレアを出すわけでもなく冬真は、頬を引っ張ると今度は潰した。
「あんな切羽詰まってないようなメッセージ送ってきて、俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんだよ」
「その辺はなんとかなると思ってました」
まさかDomに間違われるとは思わなかったが、グレアならなんとか耐え後で冬真に
ケアしてもらうつもりでもいた。そう白状すると冬真はもう一度大きく息を吐いた。
「仲間を助ける力也はカッコいいし、認めてるけど、もうちょい考えて動いて」
「はーい」
「本当にわかってんのか?」
返された緩い返事に、鼻の頭を指で摘まみ上下に動かし無理やり頷かせる。
「俺を待ってから動いたってよかったし、もっと急かすような連絡くれったってよかった」
「うん、ごめん」
「説明もないし、すげぇ心配して、バイク飛ばしてきた」
「ありがとう」
今度はぎゅっと抱きしめられ、心が満たされていく。焦らせてしまった申し訳なさはあるがそれ以上に嬉しい。
たったこれだけのことで、これほどの想いをくれる心配性の人がご主人様であることに苦笑する。“強いから大丈夫”だとずっと言われてきたのに、冬真は全く違う言葉をかける。
「役ならいいけど、本気で警察に捕まったら、俺なにするかわからねぇし」
その言葉に、力也の思考が止まった。どういうことだろうと、冬真の顔を見る。
「お前のことが心配で、抵抗して警察攻撃したら大変だろ?」
笑いごとではない話を笑いながら言われ、力也の顔色が変わる。
「ダメに決まってるだろ!」
「だから頑張って押さえてここにギリギリでたどり着いた。よって、今度からこういう連絡はもっと切羽詰まった感じに早めに連絡すること、でなければ俺を待ってから動くこと!」
「でもそれ、迷惑になるんじゃ?」
「力也、ご主人様のいうことは?」
「絶対?」
「よろしい。じゃあ返事」
「わかりました。ご主人様」
そう言われ、つかまらなくてよかったと安心した力也は頷き、Subらしい珍しい呼び方をつけたした。
「Good Boy」【よくできました】
それに冬真はDomらしく尊大な態度で褒め、次の瞬間二人で笑った。
さっきまでの、緊張感などすべて消え、幸せに満ちた空気が二人の間に流れる。もう一度ぎゅっと強く抱きしめると冬真はささやくように“Good Boy”と、勇気ある行動をした力也へ大好きな言葉を送った。
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