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第三十三話【Subの宿命】後

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「怖がらせるな」
「すみません。…ハンドサイン、もう教えているんですね」
「ああ、お前は教えてないのか」

 先ほど神月がしたのはハンドサインと呼ばれコマンドに変わるものだ。そのSubにのみわかるハンドサインで言葉に出さずに指示を伝える為、他の人々には意味がわからないことも多い。実際、学校では生徒にわからないようにDomの教師がパートナーの先生に指示を出すときに使っていた。
 古くはコマンドがコマンドとして入ってくる前、Subが従と呼ばれていたころに使われていたものだ。

「力也が俺のコマンド気に入ってるみたいなんで」
「Dom冥利につきるな」
「はい」

 誰に対しても同じ意味をもつコマンドとは違い、ハンドサインには専用感があってそれはそれで冬真は好きだが、力也がコマンドを気に入っているなら別に教えなくてもいいと思っていた。

「とは言っても、いまは、ですけど」
「アイツのことだ。教えなくても反応するだろ」
「かもしれません」

 今の力也でも、意味を教えなくとも、冬真の意思を読んで反応しそうな気もする。難しいのは無理だとは思うが。
 
「ところで、パートナー講習会はどうだったんだ?」
「ああ、面白かったですよ。アイツ始終、戸惑ってキョロキョロしててかわいかったです」
「内容のこと聞いてんだよ」

 説明を聞くたびに驚いた顔をして、他のカップルの表情を確認していた力也の様子を思い出し冬真は笑った。カルチャーショックと言っていたが、初めて聞くには衝撃的な内容だったのだろう。

「ああ、そっちですか。俺たちにとっては当たり前のこと言われただけですよ。あとはアイツがどう思ったかですけど」
「アイツなら対応できるだろ」
「そうだといいんですけど…」

 普段の生活では冬真へツッコミをいれることもある力也だが、ここ最近否定が弱くなっていた。主人と認められているのはうれしいが、自分の意思は意思としてもっていてほしい冬真としては、それでいいとは言い切れなかった。

「まあ、俺は力也を信じるしかできないんで」
「自分のSub以外に俺たちには信じるものはないからな。意識向上のほうはどうなっているんだ?」

 意識向上とは自己価値が低めなSubの価値観を変えるために行うもので、力也は気づいていないが、冬真が強引に取り付けたコマンドを使いDomを褒めるのもその一つだ。

「順調だと思いますよ」
「お前がいるからか、随分とSub味を増してきている。気をつけろよ?」
「はい」

力也のようなタイプはSubらしいSubを求めるDomには食種が動かないかもしれないが、強者を組み敷きたいと考えているDomにはたまらない。
冬真とPlayを重ね、サブスペースの快感を知った力也はいま独特のSubとしての色気を放っていた。
 精神的に安定しているのに、クレイムをしていない今が危険だと冬真もわかっていた。

 しばらくすると支度が整ったらしく社員が神月を呼びに来た。床に座る結衣に一瞬、驚いたように目線を送ったもののなにも言わず、二人を連れて去っていった。

「さてと」

 一人残された冬真は、スマホを開き力也からの返事を確認したが、それはまだ既読にすらなっていなかった。
 気づいていないのかと思い、気づかせるために通話へと切り替えた。2コール鳴らしたが、でなかったので、まだ忙しいのかと思った瞬間力也からのメッセージが来た。
 とたんに笑顔になり、通話へと切り替え、なにか隠している力也から聞き出し、半ば強引に練習風景を見に行く許可を得た。


 孝仁用に用意された控室で、力也と孝仁は一つの台本を二人で広げてみていた。

「おすわりして、呼ばれて、抱きしめられて、額にキスっすね」
「うん、企画段階ではプレゼントとかもでてたんだけど、僕のイメージに合わないからって」
「そうなんですね」
「相手かわいい女の子だしね」

 相手は力也もよく知っているかわいい系の女優だ。孝仁とは雰囲気が合うだろうが、過激なものは似合わないだろう。

「よし始めようか」
「でもまだ冬真が…」
「いいの、さっさと始めよう」

見に来たいと言っていた冬真のことを気にした力也を抑え、そう言って笑うと、孝仁は台本を横に置いて立ち上がった。にっこりと無邪気な笑顔を浮かべていた孝仁の雰囲気がゆっくりと変わる。

「じゃあ、力也君よろしく」
「はい」

 Domへと意識を切り替えた孝仁に合わせ、力也も意識をSubへと深く落としていく。演技をするだけなら問題ないが、らしい仕草を見せるならランクを落としたほうがいいと、自分の意識を下へと落とす。

「僕のいうことを聞いて」
「はい」
「いい子だね、力也君。君はいまから雪ちゃんだからね」
「はい」

 暖かな日差しのような柔らかいグレアを放った孝仁は、相手役の名前を呼び力也へと微笑み、弾むような口調で最初のコマンドを出した。

「雪、Kneel」【おすわり】

 そういわれ、ぺたんと尻をつけおすわりの姿勢をとると孝仁へ信頼に満ちた表情を向けた。
 次の指示をだそうとした瞬間、コンコンと軽いノックが聞こえた。

「ごめん、ちょっと待って」

 孝仁はそういうと力也制止し、ドアへと向かった。孝仁の陰になり、力也には見えなかったがドアの向こうにいた人物を見ると孝仁はドアを閉め廊下へとでた。

(あれ?)

 仕事の話だろうか、それなら練習は終わりかもしれないと思っていると、すぐに孝仁は戻ってきた。

「お待たせ、もう一度最初からでもいいかな?」
「はい」

 途中になってしまったからと仕切り直そうと、孝仁に笑いかけられ、力也は立ち上がりもとの位置へと立った。
 そうして、もう一度改め二人はDomとSubの演技シーンの練習を再開した。

 冬真が到着したのはそれから十数分ほど後のことだった。コンコンと弾むようなノックをすると返事を待たずにガチャっとドアを開けた。
 ドアを開けると、孝仁と力也はお菓子を食べながら何やら談笑していたらしく楽しそうな笑い声が聞こえた。

「お疲れ様です!」
「おつかれ冬真」
「お疲れ冬真君。ちゃんと返事は待たなきゃだめだよ?」
「すみません」

 そう注意した孝仁へと軽く謝罪し、冬真は控室の中まで入ると軽く顔をしかめた。少し考えチラッと孝仁のほうを見ると力也のほうへと視線を戻す。

「冬真?」

 一連の動きと少し警戒した冬真の様子に、どうかしたのかと思い力也が問いかけると冬真は二人を探るようにじっとみた。

「なんか変なグレアっぽい気配残ってるんだけど、なんかあった?」
「僕がだしたのじゃなくて?」
「孝仁さんのじゃないと思うんすけど、廊下でも感じたし」

 そう言われ力也と孝仁は考えてみたが、今日はDomには会っていないし、冬真が警戒する相手にも心当たりはなかった。

「もしかして、僕の前にこの部屋使ってたのがDomだったとかな?」
「それかスタッフの人かもしれないっすね」

 たまたま残っていただけじゃないかと結論づけた二人に、影響を受けていないならいいかと冬真は息を吐き気分を切り替えた。

「ところで、もう練習は終わっちゃったんすか?」
「残念ながらね」

 場所を聞いてすぐに向かってきたはずなのに、ドアを開けたら二人してのんびりとしていたからもう終わってしまったのはわかっていたが、あきらめきれずに聞けば笑い返された。

「せっかくだから一回見せてくださいよ」
「やだよ」

 軽くやっただけで、充分感覚はつかめたんだろうが、楽しみにしていた冬真はさらに食い下がる。

「俺も力也とやってみせるんで」
「やだって」
「ちょっとだけ。俺なんにも言わないんで」
「い、や!力也君も嫌だよね?」
「え…」

 押し問答を始めた二人の様子に、どっちにしても巻き込まれることになる力也はキョロキョロと首を動かしていたがいきなり話を振られ固まった。
 我の強い二人の目線は力也を捕らえ離さない。そんな二人の目線に自分にどうしろというのだろうと力也は必死に思考を巡らせる。いつだって巻き込まれ振り回されるのはSubの宿命だ。
 それが危険であろうが、なかろうがそこにSubの意思は関係なく。

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