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第二十一話【気づかせない】後
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「ふーん」
孝仁がどこか面白くなさそうにつぶやいた瞬間、冬真の周りの空気が変わった。
先ほどまでの和気あいあいとした空気ではなく、張り詰めたような空気感はまるで狙いを定める弓矢のようだった。
「冬真君、わかってると思うけど…」
「わかっています。言われなくてもわかっています」
力也の前の人懐っこい雰囲気を消し去った孝仁の言葉に、冬真はしっかりとうなずいた。
先ほどまでの、戯れはすべてがただ一人のための茶番だった。ここにいる五人は演技のプロだ。力也一人の望みのまま仲良しに振る舞うことなど簡単だった。
「ならいいけど」
自らに言い聞かすように答えた冬真の様子に孝仁と将人は頷いた。そう言っていると力也が話が終わったらしく、ぺこりとお辞儀をするのが見えた。
嬉しそうな顔をしてこちらに戻ってくる様子に、先ほどまでの空気がまた元の和やかなものへと変わる。
「すみません」
「おかえり力也君、神月監督と何話してたの?」
「えっと…」
「なんだ?俺たちには言えないことか?」
「そういうわけじゃないっすけど…皆さんが知らない人のことなので…」
「知らない人?」
どう説明しようかと少し考えた力也は、内緒話でもするようにその場にいる全員に手招きをした。それに笑顔を浮かべ、顔を寄せてきた皆に向かい声を潜める。
「俺の知り合いのSubと会ってもらえないかってお願いしたんです」
「知り合いのSubに?」
「なんでだ?」
「その子、たぶん神月監督と相性がいいと思うんで」
「ランクが近いってことか?」
「ランクは大分離れているんですけど、神月監督ならその辺どうにかしてくれると思って…」
まだ出会って間もないが、神月監督のコントロールは完璧だと感じているし、人柄としても信用できる。なにより、紹介するSubが理想とするDomに近い。
見た感じ完全にフリーというわけじゃないだろうけど、それでもこれを逃すわけにはいかない。次にどこで出会えるかわからない好物件だった。そう思って力也はあの騒動の帰り際に質問したのだ。
「そのSubってどんな子なんだ?」
「えっと…はかなげ名美人系で、依存欲が強め」
「なるほど、それなら確かに相性がいいかもしれないな」
「はい、神月監督ならうまく束縛してくれそうなので」
「束縛!?」
さらりと言ったその言葉に、力也と修二以外の顔が衝撃に変わる。言った力也はおかしなことだと思っていないらしく、修二も一瞬驚いたものの、それをおかしなことだとは思っていない。
「危なっかしい子だから、どこかのサディストにつかまって一生外にでれなくなる前にこの辺で決めておきたくて」
それが最良だと思い動いた力也は、周囲の反応に少し困惑しながらもそう説明した。
「言いたいことはわかったが、随分物騒だな」
「まあ、お前がいけると思ったならいいんじゃないか?」
「神月監督なら経済力もあるし、いいかもね」
第二性を持たない人たちにとっては理解しにくい内容だが、Subからすると切実な問題だ。力也が紹介しようとしている結衣はランクが低く、ほとんどのDomに逆らえない。力もないし、自我も薄めだ。自らもすべてをゆだねてしまいたいと思っていることもあり、下手なDomならばすぐに人格ごと壊してしまうだろう。
いままで、そういったことがなかったのは、運よく自分のコントロール力や経済力に自信がないDomや、店に努めていることに忌避感があるDomに当たっていたからに過ぎない。それでもあの店では限界がある。結衣には信頼できる人の檻の中で生きてほしい。
「まだうまくいくかはわからないけど」
「うまくいくといいな」
「うん」
「お疲れ様、力也。Good Boy」【よくできました】
「さすが力也君!」
「うわっ!」
冬真がそう褒めた瞬間、孝仁が勢いよく抱き着いた。今日も相変わらずの同じ服装の二人がじゃれあう姿に、ほほえましいという空気が広がる。
「力也君いいこ、大好き!」
「ちょ、ちょっと孝仁さん。みんな見てますって」
大の大人二人とは思えない、スキンシップに周囲の目線も集まるが、同じ格好をしている所為か、二人の人柄の所為か悪意のこもった物を向けられることはない。
「そうだ。冬真連絡先を教えてくれないか?」
「はい」
それを笑いながら見ていた冬真へ翔壱がスマホを片手に声をかけてきた。即座に自分のスマホを取り出した冬真とL●NEを交換する。
「あ、俺も」
「はい、お願いします」
ついでとばかりに声をかけてきた将人とも、交換するとすぐに二人分の通知が届いた。
【登録よろしく~】
そう書かれた将人のメッセージに“ありがとうございます”と返し、翔壱からのメッセージも開ける。
【今度二人きりで話がしたい】
思わず見上げれば、その瞳は刃のような鋭さを持ったものだった。
【わかりました。よろしくお願いします】
冬真だけに見せたその嫌悪感と警戒感のこもる瞳に、しっかりと頷き返した。
その二人の様子に、修二は小さくため息をつくのだった。
孝仁がどこか面白くなさそうにつぶやいた瞬間、冬真の周りの空気が変わった。
先ほどまでの和気あいあいとした空気ではなく、張り詰めたような空気感はまるで狙いを定める弓矢のようだった。
「冬真君、わかってると思うけど…」
「わかっています。言われなくてもわかっています」
力也の前の人懐っこい雰囲気を消し去った孝仁の言葉に、冬真はしっかりとうなずいた。
先ほどまでの、戯れはすべてがただ一人のための茶番だった。ここにいる五人は演技のプロだ。力也一人の望みのまま仲良しに振る舞うことなど簡単だった。
「ならいいけど」
自らに言い聞かすように答えた冬真の様子に孝仁と将人は頷いた。そう言っていると力也が話が終わったらしく、ぺこりとお辞儀をするのが見えた。
嬉しそうな顔をしてこちらに戻ってくる様子に、先ほどまでの空気がまた元の和やかなものへと変わる。
「すみません」
「おかえり力也君、神月監督と何話してたの?」
「えっと…」
「なんだ?俺たちには言えないことか?」
「そういうわけじゃないっすけど…皆さんが知らない人のことなので…」
「知らない人?」
どう説明しようかと少し考えた力也は、内緒話でもするようにその場にいる全員に手招きをした。それに笑顔を浮かべ、顔を寄せてきた皆に向かい声を潜める。
「俺の知り合いのSubと会ってもらえないかってお願いしたんです」
「知り合いのSubに?」
「なんでだ?」
「その子、たぶん神月監督と相性がいいと思うんで」
「ランクが近いってことか?」
「ランクは大分離れているんですけど、神月監督ならその辺どうにかしてくれると思って…」
まだ出会って間もないが、神月監督のコントロールは完璧だと感じているし、人柄としても信用できる。なにより、紹介するSubが理想とするDomに近い。
見た感じ完全にフリーというわけじゃないだろうけど、それでもこれを逃すわけにはいかない。次にどこで出会えるかわからない好物件だった。そう思って力也はあの騒動の帰り際に質問したのだ。
「そのSubってどんな子なんだ?」
「えっと…はかなげ名美人系で、依存欲が強め」
「なるほど、それなら確かに相性がいいかもしれないな」
「はい、神月監督ならうまく束縛してくれそうなので」
「束縛!?」
さらりと言ったその言葉に、力也と修二以外の顔が衝撃に変わる。言った力也はおかしなことだと思っていないらしく、修二も一瞬驚いたものの、それをおかしなことだとは思っていない。
「危なっかしい子だから、どこかのサディストにつかまって一生外にでれなくなる前にこの辺で決めておきたくて」
それが最良だと思い動いた力也は、周囲の反応に少し困惑しながらもそう説明した。
「言いたいことはわかったが、随分物騒だな」
「まあ、お前がいけると思ったならいいんじゃないか?」
「神月監督なら経済力もあるし、いいかもね」
第二性を持たない人たちにとっては理解しにくい内容だが、Subからすると切実な問題だ。力也が紹介しようとしている結衣はランクが低く、ほとんどのDomに逆らえない。力もないし、自我も薄めだ。自らもすべてをゆだねてしまいたいと思っていることもあり、下手なDomならばすぐに人格ごと壊してしまうだろう。
いままで、そういったことがなかったのは、運よく自分のコントロール力や経済力に自信がないDomや、店に努めていることに忌避感があるDomに当たっていたからに過ぎない。それでもあの店では限界がある。結衣には信頼できる人の檻の中で生きてほしい。
「まだうまくいくかはわからないけど」
「うまくいくといいな」
「うん」
「お疲れ様、力也。Good Boy」【よくできました】
「さすが力也君!」
「うわっ!」
冬真がそう褒めた瞬間、孝仁が勢いよく抱き着いた。今日も相変わらずの同じ服装の二人がじゃれあう姿に、ほほえましいという空気が広がる。
「力也君いいこ、大好き!」
「ちょ、ちょっと孝仁さん。みんな見てますって」
大の大人二人とは思えない、スキンシップに周囲の目線も集まるが、同じ格好をしている所為か、二人の人柄の所為か悪意のこもった物を向けられることはない。
「そうだ。冬真連絡先を教えてくれないか?」
「はい」
それを笑いながら見ていた冬真へ翔壱がスマホを片手に声をかけてきた。即座に自分のスマホを取り出した冬真とL●NEを交換する。
「あ、俺も」
「はい、お願いします」
ついでとばかりに声をかけてきた将人とも、交換するとすぐに二人分の通知が届いた。
【登録よろしく~】
そう書かれた将人のメッセージに“ありがとうございます”と返し、翔壱からのメッセージも開ける。
【今度二人きりで話がしたい】
思わず見上げれば、その瞳は刃のような鋭さを持ったものだった。
【わかりました。よろしくお願いします】
冬真だけに見せたその嫌悪感と警戒感のこもる瞳に、しっかりと頷き返した。
その二人の様子に、修二は小さくため息をつくのだった。
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