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第二十一話【気づかせない】前
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初日はいろいろあったが、そのあとは何事もなく撮影は順調に進んでいる。とはいえ、何事もないと思い込んでいるのはベテランメンバーだけで、新人の冬真は監督二人からのダメ出しを一心に受けていた。
「ご存じない方には正身の胡椒の丸のみ白河夜船、さらばひちりょうだべかけて」
「ストップ、噛んでる。もう一回」
「すうっ…イヤ最前より加盟の自慢ばかりもうしても、ご存じ…」
力也と撮影でかぶることも多くなってきた冬真は、暇をみては、発音練習のサポートを頼んでいた。噛んだり、間違えたり、よく聞き取れないところがあったりしたら止めろという指示を力也は律儀に守り、変だと感じるところがあれば容赦なく止めている。
「お、今日もやってんのか」
「将人さん」
「ノルマ一日10回だっけ?成長してる?」
「最初よりは聞き取りやすくなりました」
「力也君、厳しい」
外郎売の口上を書いた紙を片手に発音練習に付き合っていた力也に、将人と孝仁が話しかけてきた。
「そういや、さっき神月監督来てたよ」
「本当っすか、挨拶いかなきゃ。二人はもう挨拶したんすか?」
「うん、僕たちはもう終わったよ」
「これ終わったら二人で行ってこいよ」
「だってさ、冬真」
三人の話に、耳を澄ませつつ口上をなんとか読み終わった冬真は一息ついた。一回読むより、二回三回と続けるとどんどんつらくなっていく。
「はい、水」
「サンキュー」
渡された水をゴクゴクと音を立て飲み干し、一度その場にしゃがみ込む。読み上げるまで5分もかかるこの口上を一日10回といわれたときには、しっかりと返事をしたものの、やってみると思いのほかきつく、何を言っているのかすぐにわからなくなる。
もともと努力があまり好きなほうではない冬真は、自分一人では必ずさぼってしまうからとマネージャーや力也にそれを明かして手伝ってもらうことにしていた。
「ってか冬真君、隠れてやるタイプかと思ってた」
「そんな、かっこいいことできないっすよ。俺、人目がなくなったら怠けるタイプなんで」
「情けないこと堂々と言うなよ」
「力也君あんなこと言ってるDomでいいの?」
「下手にかっこつけられてえばられるよりは」
プライドの高いDomの中には、わからないように動いているくせに、なんでわからないんだと理不尽な怒りをぶつけてくる人もいる。基本的にDomの意思に従おうとするSubは、隠されてしまえばその意思を尊重しそれ以上探ろうとしなくなる。
それなのに、全然理解していないと言ってくるDomに多くのSubは自分を責めるだろう、力也も目の前でそういうことがあった。しかし、多くのSubと違い、真っ先に原因を探るため落ち着いてしまえば理不尽だと感じてしまうことが多かった。
「それより、力也。読み終わったんだからいつもの」
「え?」
そんなことを考えていたら冬真が近寄り、期待に満ちた表情を向けてきた。それに対し、人目のあるところでやらされるとは思っていなかった力也は嫌そうな顔になる。
随分温度差のある様子に、孝仁と将人は何事かと二人をみた。
「できないのか?」
「将人さんも孝仁さんもいるんだけど?」
「力也」
明らかに嫌がるSubに強制するDomの口調に、孝仁と将人が顔をしかめた。
「おい、なにを…」
「…わかった」
こういうときのDomは碌な要求ではないと思い、一言言おうとした瞬間、仕方なさそうにうなずいた力也が冬真の頬へと顔を寄せ軽くキスをした。
「冬真、Good Boy」【よくできました】
そうつぶやくようにいうと、さっと顔を放したその様子に孝仁と将人は眼を見開いた。
「え、いまのなに?どういうこと?」
「ういろううりやったら、ご褒美にキスしてGood Boyって言うって決まりなんで」
「冬真が勝手に決めたんだろ」
どう考えても立場が逆転しているからと、言って拒否したのにDom特有の押しの強さで押し通されてしまった。それでも、人前でなければと思っていたのによりにもよって親しい人たちの前で要求された、挙句に向けられた視線に耐え切れず冬真をにらむ。ひどい羞恥プレイだ。
「だから、可笑しいって俺言っただろ!」
「「拙者親方と申すは、御立会の内にご存知のお方もございましょうが、御江戸も発って……」」
そう言った瞬間、将人と孝仁が頷きあい息を吸い込み外郎売の口上を読み上げ始めた。
「孝仁さん!?将人さんまでなんで!?」
「だってこれ言ったら力也君がちゅうしてGood Boyって言ってくれるんでしょ?僕男性に言われたことないし」
「俺も一度言われてみたかったんだよな」
「なんでそうなるんですか!?」
さらに読み上げようとする二人を慌てて止めようとすると冬真が加勢してきた。
「だめっすよ。これ俺が決めたんで」
「そうやってすぐ独り占めしようとするのDomの悪い癖だよ」
「一回ぐらいいいだろ」
「力也が嫌がってるからダメです」
「最初にやれって言ったの冬真だよね!?」
「俺はいいんだよ」
自分の行為を棚上げしたそのセリフに、力也はおもいっきりツッコんだ。対する冬真は元凶の癖に、自分の意見に絶対の自信をなぜか持っていた。
「でもまだ正式に契約してないんだよね?」
「急いでないんで」
「そんなこと言って都合のいいように使ってるだけじゃないの?」
「そう思いたいならご自由に?」
「冬真!挑発に乗っちゃだめだって!孝仁さんも、冬真を煽らないでください!」
ただの戯れだとわかってはいても、ほかの人の目もあるのだからと止めようとするが、二人はまったく意に介した様子はない。
「ご存じない方には正身の胡椒の丸のみ白河夜船、さらばひちりょうだべかけて」
「ストップ、噛んでる。もう一回」
「すうっ…イヤ最前より加盟の自慢ばかりもうしても、ご存じ…」
力也と撮影でかぶることも多くなってきた冬真は、暇をみては、発音練習のサポートを頼んでいた。噛んだり、間違えたり、よく聞き取れないところがあったりしたら止めろという指示を力也は律儀に守り、変だと感じるところがあれば容赦なく止めている。
「お、今日もやってんのか」
「将人さん」
「ノルマ一日10回だっけ?成長してる?」
「最初よりは聞き取りやすくなりました」
「力也君、厳しい」
外郎売の口上を書いた紙を片手に発音練習に付き合っていた力也に、将人と孝仁が話しかけてきた。
「そういや、さっき神月監督来てたよ」
「本当っすか、挨拶いかなきゃ。二人はもう挨拶したんすか?」
「うん、僕たちはもう終わったよ」
「これ終わったら二人で行ってこいよ」
「だってさ、冬真」
三人の話に、耳を澄ませつつ口上をなんとか読み終わった冬真は一息ついた。一回読むより、二回三回と続けるとどんどんつらくなっていく。
「はい、水」
「サンキュー」
渡された水をゴクゴクと音を立て飲み干し、一度その場にしゃがみ込む。読み上げるまで5分もかかるこの口上を一日10回といわれたときには、しっかりと返事をしたものの、やってみると思いのほかきつく、何を言っているのかすぐにわからなくなる。
もともと努力があまり好きなほうではない冬真は、自分一人では必ずさぼってしまうからとマネージャーや力也にそれを明かして手伝ってもらうことにしていた。
「ってか冬真君、隠れてやるタイプかと思ってた」
「そんな、かっこいいことできないっすよ。俺、人目がなくなったら怠けるタイプなんで」
「情けないこと堂々と言うなよ」
「力也君あんなこと言ってるDomでいいの?」
「下手にかっこつけられてえばられるよりは」
プライドの高いDomの中には、わからないように動いているくせに、なんでわからないんだと理不尽な怒りをぶつけてくる人もいる。基本的にDomの意思に従おうとするSubは、隠されてしまえばその意思を尊重しそれ以上探ろうとしなくなる。
それなのに、全然理解していないと言ってくるDomに多くのSubは自分を責めるだろう、力也も目の前でそういうことがあった。しかし、多くのSubと違い、真っ先に原因を探るため落ち着いてしまえば理不尽だと感じてしまうことが多かった。
「それより、力也。読み終わったんだからいつもの」
「え?」
そんなことを考えていたら冬真が近寄り、期待に満ちた表情を向けてきた。それに対し、人目のあるところでやらされるとは思っていなかった力也は嫌そうな顔になる。
随分温度差のある様子に、孝仁と将人は何事かと二人をみた。
「できないのか?」
「将人さんも孝仁さんもいるんだけど?」
「力也」
明らかに嫌がるSubに強制するDomの口調に、孝仁と将人が顔をしかめた。
「おい、なにを…」
「…わかった」
こういうときのDomは碌な要求ではないと思い、一言言おうとした瞬間、仕方なさそうにうなずいた力也が冬真の頬へと顔を寄せ軽くキスをした。
「冬真、Good Boy」【よくできました】
そうつぶやくようにいうと、さっと顔を放したその様子に孝仁と将人は眼を見開いた。
「え、いまのなに?どういうこと?」
「ういろううりやったら、ご褒美にキスしてGood Boyって言うって決まりなんで」
「冬真が勝手に決めたんだろ」
どう考えても立場が逆転しているからと、言って拒否したのにDom特有の押しの強さで押し通されてしまった。それでも、人前でなければと思っていたのによりにもよって親しい人たちの前で要求された、挙句に向けられた視線に耐え切れず冬真をにらむ。ひどい羞恥プレイだ。
「だから、可笑しいって俺言っただろ!」
「「拙者親方と申すは、御立会の内にご存知のお方もございましょうが、御江戸も発って……」」
そう言った瞬間、将人と孝仁が頷きあい息を吸い込み外郎売の口上を読み上げ始めた。
「孝仁さん!?将人さんまでなんで!?」
「だってこれ言ったら力也君がちゅうしてGood Boyって言ってくれるんでしょ?僕男性に言われたことないし」
「俺も一度言われてみたかったんだよな」
「なんでそうなるんですか!?」
さらに読み上げようとする二人を慌てて止めようとすると冬真が加勢してきた。
「だめっすよ。これ俺が決めたんで」
「そうやってすぐ独り占めしようとするのDomの悪い癖だよ」
「一回ぐらいいいだろ」
「力也が嫌がってるからダメです」
「最初にやれって言ったの冬真だよね!?」
「俺はいいんだよ」
自分の行為を棚上げしたそのセリフに、力也はおもいっきりツッコんだ。対する冬真は元凶の癖に、自分の意見に絶対の自信をなぜか持っていた。
「でもまだ正式に契約してないんだよね?」
「急いでないんで」
「そんなこと言って都合のいいように使ってるだけじゃないの?」
「そう思いたいならご自由に?」
「冬真!挑発に乗っちゃだめだって!孝仁さんも、冬真を煽らないでください!」
ただの戯れだとわかってはいても、ほかの人の目もあるのだからと止めようとするが、二人はまったく意に介した様子はない。
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