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第3章 『雪解け』
4.もうひとり
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(追いかけてきてるね。よし――)
十分に引き付けた。
振り返り、そろそろ頃合いかと足を止めようとした矢先、視界の端に、先刻の奇襲よりも更に音を殺して忍び寄る一撃を捉えた。
「くっ…!」
辛うじてその奇襲を避けることは叶ったが、体勢が崩れる。
その隙を見逃すことのない獅子の強かさたるや。
一斉に踏み込み、ここで仕留めんとユウ目掛け突進した。
(雪姉の長巻でも借りておけば――いや、こんな木々の密集しているところじゃあ、振れたとしてもこいつらの速度には及ばないか。でも――)
ユウの使う得物は、短刀二本。
これでは、真っ向から戦っていたのでは、致命傷はおろか、そもそも傷を与えることすら出来るか否かも分からない。
「まいったなぁ、これは……」
参りつつも、獅子の攻撃を避け続けるユウ。
影からの攻撃でなければ、直線的で直情的な獅子の攻撃を避けること自体は簡単だ。
しかし、それではいつまで経っても事態は好転しない。
ユウの体力とて無限ではない。多勢に無勢、連携を取れる獅子の方が、入れ代わり立ち代わり走り続けられることだろう。
(面倒だし難しいけど……一体ずつ、何とかするしかないか)
次々と襲い来る猛攻が止んだ暇に、ユウは拾い上げた掌大の石を、先頭に立つ獅子の眉間目掛けて投げつけた。
怯みこそしなかったものの、なんだとばかりに視線を揺らす獅子。その一瞬の隙に、全力の踏み込みで眼前へと潜り込むと、がら空きの両目目掛けて、力の限り短刀を突き立てた。
分厚い毛皮に攻撃が届かないなら、それ以外の箇所を狙うのは定石。
確かな手応えに、事態はようやく動き始めた。
五月蠅い喚き声を上げてのたうち回る獅子。先頭の一頭がそんな挙動を取り始めれば、群れ成す動物でも一瞬は焦り、統率が乱れる。
その瞬き程度の一瞬こそが、戦場では一隅の好機だ。
ユウは続く二頭目、三頭目と、順当に目玉だけを的確に狙い、攻撃を続ける。
それでもすぐに立て直し、再度陣形を取るようにして一歩退く獅子は、流石は野生の直観だと感嘆する他ない。
「はぁ、はぁ……くっ、あと何頭だ……うっ…!」
肩で呼吸を繰り返しながら、ユウはその残数を確かめる。
周囲を取り囲む獅子は三頭。ここまでで目玉を潰した獅子らは、嗅覚を頼りにユウへと攻撃を仕掛けようと走り回ってはいるが、辿り着く様子はない。
(放っておいても問題は無さそうかな)
ただ、体力がもう底を突きそうな感覚はある。
あと三頭――三頭も、残っているのだ。
最初の三頭の後は、簡単に目玉を晒してくれず、仕留めるのに時間がかかっている。
(どうする……どう切り抜ければ――)
「迷っておるなら儂に任せい!」
静かな森に響く、威勢のいい声。
思わず目を向けた上空から一つ、ユウ目掛けて影が落ちてきた。
ズンッ!
大きな音を遠慮なく立ててすぐ眼前に着地を決めたそれは、構わず目掛けて突進してきた獅子の牙をいとも簡単に掴み、静止させた。
「応応、元気な猪だ! 今宵の飯はお前たちとさせてもらおう!」
威風堂々、大柄でしなやかな筋骨、その体躯に似合う声色と口調が目を引く妖。
土煙の中にあって顔こそ見えないが、ユウには、思い当たる相手はひとりしかいなかった。
十分に引き付けた。
振り返り、そろそろ頃合いかと足を止めようとした矢先、視界の端に、先刻の奇襲よりも更に音を殺して忍び寄る一撃を捉えた。
「くっ…!」
辛うじてその奇襲を避けることは叶ったが、体勢が崩れる。
その隙を見逃すことのない獅子の強かさたるや。
一斉に踏み込み、ここで仕留めんとユウ目掛け突進した。
(雪姉の長巻でも借りておけば――いや、こんな木々の密集しているところじゃあ、振れたとしてもこいつらの速度には及ばないか。でも――)
ユウの使う得物は、短刀二本。
これでは、真っ向から戦っていたのでは、致命傷はおろか、そもそも傷を与えることすら出来るか否かも分からない。
「まいったなぁ、これは……」
参りつつも、獅子の攻撃を避け続けるユウ。
影からの攻撃でなければ、直線的で直情的な獅子の攻撃を避けること自体は簡単だ。
しかし、それではいつまで経っても事態は好転しない。
ユウの体力とて無限ではない。多勢に無勢、連携を取れる獅子の方が、入れ代わり立ち代わり走り続けられることだろう。
(面倒だし難しいけど……一体ずつ、何とかするしかないか)
次々と襲い来る猛攻が止んだ暇に、ユウは拾い上げた掌大の石を、先頭に立つ獅子の眉間目掛けて投げつけた。
怯みこそしなかったものの、なんだとばかりに視線を揺らす獅子。その一瞬の隙に、全力の踏み込みで眼前へと潜り込むと、がら空きの両目目掛けて、力の限り短刀を突き立てた。
分厚い毛皮に攻撃が届かないなら、それ以外の箇所を狙うのは定石。
確かな手応えに、事態はようやく動き始めた。
五月蠅い喚き声を上げてのたうち回る獅子。先頭の一頭がそんな挙動を取り始めれば、群れ成す動物でも一瞬は焦り、統率が乱れる。
その瞬き程度の一瞬こそが、戦場では一隅の好機だ。
ユウは続く二頭目、三頭目と、順当に目玉だけを的確に狙い、攻撃を続ける。
それでもすぐに立て直し、再度陣形を取るようにして一歩退く獅子は、流石は野生の直観だと感嘆する他ない。
「はぁ、はぁ……くっ、あと何頭だ……うっ…!」
肩で呼吸を繰り返しながら、ユウはその残数を確かめる。
周囲を取り囲む獅子は三頭。ここまでで目玉を潰した獅子らは、嗅覚を頼りにユウへと攻撃を仕掛けようと走り回ってはいるが、辿り着く様子はない。
(放っておいても問題は無さそうかな)
ただ、体力がもう底を突きそうな感覚はある。
あと三頭――三頭も、残っているのだ。
最初の三頭の後は、簡単に目玉を晒してくれず、仕留めるのに時間がかかっている。
(どうする……どう切り抜ければ――)
「迷っておるなら儂に任せい!」
静かな森に響く、威勢のいい声。
思わず目を向けた上空から一つ、ユウ目掛けて影が落ちてきた。
ズンッ!
大きな音を遠慮なく立ててすぐ眼前に着地を決めたそれは、構わず目掛けて突進してきた獅子の牙をいとも簡単に掴み、静止させた。
「応応、元気な猪だ! 今宵の飯はお前たちとさせてもらおう!」
威風堂々、大柄でしなやかな筋骨、その体躯に似合う声色と口調が目を引く妖。
土煙の中にあって顔こそ見えないが、ユウには、思い当たる相手はひとりしかいなかった。
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