千年巡礼

石田ノドカ

文字の大きさ
28 / 59
第3章 『雪解け』

1.そういう子

しおりを挟む
 監視所へと赴く一行は、道中、妖魔に襲われそうになっている妖の子どもを救出した。

 名前は『空』。未だ修行中の身であったユウが、その一環として訪れた監視所にて知り合った子どもだ。
 監視所は、それぞれが桜花より少し小さい程度の敷地を有している。辺りをうろつく妖魔も程度が低く、監視所に常駐している兵だけでも対処は事足りる為、空のように監視所の居住区で生活をする者は多い。
 中には、様々な理由から、桜花ではなく敢えて監視所を選んでいる者もいる。

 意外だったのは、空を見つけた瞬間一番に飛び出していたのが、ミツキであったという点だった。
 紗雪に懐き、ユウにも心を許しているミツキだが、他の妖相手であればどうかは分からない――という心配も杞憂だったらしい。
 妖魔は嫌いで紗雪たち妖は好き、と言っていた言葉の通りに動いてみせたのだ。

 しかし空は、事実上助け出してくれたミツキのことを、相当に警戒している。
 出会ってすぐの紗雪からされたのとは違い、直接的な敵意を向けられるミツキだったが、当のミツキは鈍く、そんな意図には気が付いていない様子。
 それを傍から見ていた紗雪は、ミツキが下手に踏み込まなくて済むよう、さりげなく手を握って一歩引いた距離を歩くようにした。

 そんな空は、予てより病床に耽る母の為、単身、妖魔と遭遇し辛い道順で出かけていた。そこで運悪く捕まりかけてしまっていたところに、ユウら一行が遭遇したというわけだ。

「トコさんの調子、そんなに芳しくないの? あそこみは美弥みやさんがいるでしょ?」

 トコ、というのは空の母の名前。美弥は、そこで医療の全てを担っている、美桜の一番弟子だ。

「美弥さんでも、完全に治すのは難しいみたい……病気が悪くなるのを、遅らせるのが精いっぱいだって言ってた……」

「そうなんだ。でも、どうしてそれで監視所の外に?」

「絵本に書いてあったんが。オオカムズの桃の花と種には、どんな病気もケガも治す力があるって。だから、それを探しに行こうと思って……」

 当てのない無鉄砲な自身の行いに、次第に後悔の念が募って来たのだろう。空の声は次第に弱弱しくなってゆき、そのまま俯き黙ってしまった。

「うーん……オオカムズか。僕も絵本で見たことは有るけど、実際に存在するものなのかどうかは分からないな。桜花の書庫にある書物には、師匠の命で全部目を通したけど、そんな記述も無かったし。創作じゃないかなって。そもそも、そんな都合のいい物があるとしたら、誰も彼もがそれを求めて旅に出るだろうからね」

「だよね……ユウ兄ちゃんは、なんでこんなところにいるの?」

「仕事だよ。うちの隊が、一部壊滅状態にあってね」

「かいめつ……怖いことがあったの?」

「まあ、そんな感じ。だけど、大丈夫だよ。その為に僕らが遣わされたんだ。雪姉は一等強いからね」

「それは安心だね。でもオレからしたら、漢那兄ちゃんとタメ張ってるユウ兄ちゃんも、十分強いと思うけど」

「それは嬉しい言葉だね」

 空の言葉に、ユウは嬉しそうに頷いた。
 漢那は、空らの住む第一監視所で最も腕の立つ妖だ。
 その昔、狐乃尾の部隊長を務めていた程の実力者だったが、ある時から監視所で定住し始め、その肩書も自ら降ろしたという話だ。

「オオカムズの桃、ね……もし本当にあるものとして、今ここら辺で桃が取れる場所って、どこかにあるのかな」

「それなら知ってる! いっぱい桃がなる場所、近くにあるんだ!」

「近くに?」

「うん!」

 と、嬉々として語る空が懐から取り出したのは、一枚のボロボロになった紙切れ。
 広げられたそこには、手書きの地図が描いてあった。

「これ、誰から貰ったの?」

「お母さん。さっきユウ兄ちゃんも話してた絵本に挟まってたんだ」

「絵本に? オオカムズの桃について書いてある絵本は、アレしかないだろうけど……僕が読んだことのあるやつには、そんなもの挟まってなかったな」

「きっと、誰かが後から挟んだものなのでしょう。本の装丁とは、素材も大きさも異なりますし」

 後ろを歩く紗雪が言う。
 紗雪がそう答えられるのも、例に漏れず件の絵本を読んだことがあったからだ。

「どれどれ……うん、確かにこの辺りの地図だね。あの本の世界は架空のものだったし、確かに誰かが後から挟んだものだろうね」

「ですね。でも空くん、それには桃の在処だとか、その絵が描いてあるわけでもありませんよね。どうして、それがオオカムズの桃の在処だと思うのです?」

「思ってるんじゃなくて、お父さんに聞いたんだよ。『これは宝の在処だよ』って。ボクにとって、宝ものは何でも治せる桃だから」

「あぁ……なるほど、そういうこと」

 夢見がちな子どもによくある、論理の破綻した納得だった。
 見た目の割に落ち着いた物腰だからと、その中身まで大人びているとは限らない。
 ユウは苦笑しつつ飲み込むと、それについては言及しないで、行く先へと目線を向けた。

 ――自分だって、似たようなものだ。

「文字の筆跡がない以上、これが空くんのお父さんが仕込んだものかどうかは、判断がつけられないですね。少し困りました」

「うん。それに、宝の在処、なんて言い分も気になる。とりあえずは――」

「ねぇソラ! ももってなぁに?」

 いつの間にやら紗雪の手元から離れていたミツキが、空にずずいと顔を寄せて尋ねる。

「それ、おもしろい? おいしい?」

 楽し気に詰め寄るミツキだったが、

「う、うわっ!」

 それに驚いた空が、寄せられたミツキの顔を、半ば殴るようにして押し返してしまった。

「あぅっ!」

 相手からの思わぬ行動に、防げず、それを頬で受けて尻もちをついてしまうミツキ。
 一瞬間、互いに茫然とした後で、立ち上がった空が、眼下に座り込むミツキを睨みつけた。

「う、うるさい…! お前が近付いたのが悪いんだからな…! 妖魔になんて、教えてやるもんか!」

 早口に捲し立てると、空はそのままズンズンと進んでいってしまった。
 ひとり取り残されたミツキは、紗雪に助け起こされながら、ただその背を目で追っていた。

「空、あんなやり方は――」

「妖魔じゃないか、あいつ」

「ミツキだ。あの子は、今は僕らの仲間なんだ」

「妖魔だよ、妖魔…! ユウ兄ちゃんも、何で妖魔なんかと一緒にいるんだよ…!」

「あんな奴――って、空…!」

 足早に駆けてゆく空を、ユウが追いかける。
 その背を見送りながら、ミツキは小首を傾げていた。

「ソラ、どうしたの?」

 本当に分かっていない様子で尋ねるミツキに、紗雪はすぐには答えられない。
 自身がそうであったように、あれだけ強く拒絶するからには、空にもきっと、何か事情があるのだろうことは明白だ。
 妖魔は敵だから、とただ教えられて育った者とは違い、あの一瞬に見せたのは、確かな憎悪の色だった。

「その……あまり、嫌わないであげてくださいね。ミツキが無害なのだと本当の意味で分かれば、あの子だって、無暗やたらと敵視するようなことはなくなるかと思いますから」

「うん? わたし、べつにきらいじゃないよ?」

 ミツキは当然のことのように答える。

「――ええ。貴女は、そういう子ですものね」

 困ったように笑うと、紗雪はまた、ミツキの手を取り歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

処理中です...