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第二話 関西から来た辛辣ガール

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「関西から転校してきた若狭柚子(わかさ ゆず)さんです」

 じめっとした空気の梅雨真っ盛り。
 彼女、若狭柚子は武留のクラスに転校してきた。
 日本人形のような艶やかな長い黒髪に、きりっとした切れ長の瞳。
 身体はスレンダーだが筋肉質で、身長は高く、175センチ以上はありそうだった。
 気の強そうな瞳は、ぎっと前を睨んでいる。

 所謂、モデル系クールビューティの転校生に、クラスの男女どちらもが盛り上がった。

「じゃあ、若狭さん、一言お願いな」

 一呼吸おいて彼女が発した言葉は、

「ウチに関わんな。関わったらぶっ飛ばす」

 そんな攻撃的な一言だけを告げ、教師に詰め寄り自分の席を聞き出し、さっさと席に向かっていく柚子に、クラス中がなんだか嫌な雰囲気になった。
 そして、まだまだ若手な担任の男性教師は、ホームルームを終えると頭を抱え、教室を後にした。

 クラス内が微妙な雰囲気の中、この男だけは、めげなかった。

「な! な! 若狭さんてなんかスポーツやってた?」

 めげないボーイ、武留である。
 柚子の席は幸か不幸か、武留の左横で、右からのテンションの高い質問に無視を決め込んでいたが、質問のしつこさにとうとう我慢できなくなった柚子は、言葉を吐き出した。

「黙れボケ。ぎゃーすか騒ぐなじゃかましいねん。関わんな言うたんが聞こえんかったんか? 耳聞こえてへんのか知能足らんのかどっちやねんしばくぞ」

 そう言って武留を射殺さんばかりの目力で睨み、柚子は教室から出て行ってしまった。

「若草、大丈夫か?」

「こ、怖かった……でもかっこいいな、若狭さん」

「お前、マゾなの?」

「いや、あの筋肉の付き方はバレーしてた人だ!!」

 と、柚子の尻を追いかけていった武留をクラスの全員が若干引いた。
 どうやら、めげなさすぎるところと、服の上から身体を見ただけでバレーをやっていた推測をしたのが気持ち悪かったらしい。

 武留は、上背はあるし、運動神経も抜群だし、顔も決して悪い方ではないのだが、少し残念なところがいくつか垣間見えてきている、梅雨のある日だった。


「サボるなら、やっぱ、屋上だよな~」

 武留が屋上の重い扉を開けると、どんよりとした曇り空を背景に、柚子がフェンスにもたれ掛っていた。
 柚子はフェンスの向こう側の空を眺めている、つまりは武留に背を向けている状態だった。

「やっぱ、ここかぁ」

「……あんた、何しに来た」

「若狭さんと交流しに来た!!」

「ここから落としたろか」

「わはは、怖い~」

 柚子は心底武留がわからない。
 というか、もう誰とも関わりあいたくないのに、ズケズケと心に踏み込んで来ようとしてくるこいつが嫌だった。

「じゃあ、一個だけ。バレーやってたかどうかだけ聞かせてよ」

「……此処の男バレくそ弱て、イライラしたわ」

「全国とか行った?」

「一応。中学の時」

 話したくない。思い出したくないのに、どんどん話してしまう。

「エースやってた。中学の時。でも、高校と中学では格が違う」

「向こうで何があったの?」

「……次期エースって言われて、有頂天でスタメン出たら、ボロカス。結果エースが出る前に大敗」

 ―――そんで、いじめの対象に。

 よっぽど酷いいじめだったのだろうか、武留は瞳を伏せた柚子がこのまま屋上から飛び降りるんじゃないかと思った。

「それで、こっちきたの?」

「親にバレて、無理やりこっちにおる兄貴の家に居候」

「……闘ってたの?」

「アホ。あんな程度のもんに負けてどないすんねん」

 ハハっと笑う柚子が悲しくて。
 武留は柚子に居場所を作りたくなった。

「ねぇ、うちのマネやんない?」

 武留の提案に、柚子は驚いたような顔をしていた。
 いじめとは闘っていたが、もう必要以上に誰かと関わりたくない。
 でも、もう手遅れか、と、自嘲する柚子。

「ウチは高いで」

「いやん、身体で払わなきゃ!」

 最初、自己防衛で周りを遠ざけるようなことを言ったが、武留と話しているうちになんだか申し訳なくなって、一限が終わってから、クラスメイトに柚子は謝った。

 すると、クラスメイト達は、逆にバカ(武留のこと)がしつこくてごめんねと許してくれたのだった。


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