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第一話 大好きな温もりはいつも消えゆく

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 ある年、日本を震撼させる殺人事件が起きた。
 その犯人は、犯行直後、名乗り出た。
 しかし、あまりに残酷な殺し方で犯行に及んだことを咎める声は後を絶たず。
 犯人には妻と三歳の子がいたが、しかしながら妻は夫が犯した罪と批判の嵐に耐えられず、三歳の娘を抱きしめた状態で強い睡眠薬を多量摂取し、摂取の翌日、夫の犯行一か月後の朝、死亡が確認された。

 あまりの事件の残虐さと悲しい結末に、被害者遺族は犯人の死刑を求めたが、何故か無期懲役の刑が下った。

 犯人の娘、阿佐見憂葉(あさみ ういは)は母の弟、つまり、叔父に引き取られた。
 憂葉は父が犯した罪と、母が残した涙を背負って生きていくことになった。

 憂葉は、覚えていた。
 大好きな温かい母の身体が、段々冷たくなり、息も、心音も無くなる様を。

「おかあさんに、あいたい……」

 両親が残したものは三歳の少女が背負うのにはあまりに大きすぎるものだった。

 しかし、憂葉を救ったのは、五歳年上で当時八歳だった従姉、和葉(かずは)の存在だった。
 和葉は優しく穏やかで、憂葉に対し、時に本当の姉のように振舞った。

 憂葉がまだ三歳にも関わらず、いたずらに軽蔑してきた大人に、和葉は静かに怒り、「三歳の憂葉を苛めるなんて大人じゃない!」と叫び、憂葉を守るように自宅まで連れ帰ったこともあったという。

 憂葉は、憧れの従姉が連れて行ってくれるショッピングやカラオケなどの楽しい娯楽が大好きだった。

 とにかく、そんな優しい従姉を、憂葉が憧れないわけがなく。

 憂葉の中心は、常に和葉だったし、和葉の中心も、また憂葉だった。

 そんな二人が離れ離れになるきっかけが、憂葉が十五歳の時。
 和葉の二十歳の誕生日の翌日だった。

「神谷(かみたに)一族の直系、神谷家現当主、神谷源十郎(かみたに げんじゅうろう)の次男の理人(りひと)といいます」

 年は十八歳だという上背はあるが上にだけひょろりと細長いイメージの青年が、和葉に求婚してきたのだ。
 しかも、あの神谷一族の直系当主の次男という。

『神谷一族』とは、古くは平安時代より前から存在しているという名家で、なんでも『特殊能力』を持って生まれてくるのだという。

 その『特殊能力』は主に『予知』や『読心術』だと、青年は言った。

「俺たち、神谷の人間は、結婚相手が二十歳の誕生日を迎えると、その相手を『悟る』と言います。俺も、昨日、『悟り』ました。……和葉さんは俺の花嫁です」

 そして、和葉は戸惑いながらも理人に嫁いでいった。

 ああ、もう誰もいない。
 もう、優しい人はいない。
 叔父も叔母も優しいけど、本当は疎ましく思われているのを、憂葉は知っていた。

 大好きな温もりは、あの従姉の優しい温かさは、もう、たぶん、帰ってこないことを、憂葉は悟った。

 温もりは、いつも憂葉から逃げて行ってしまう。

 それから、三年して高校だけは卒業して、憂葉は貯めたバイト代で一人暮らしを始め、たまたま受かったオフィスで雑務をすることになった。


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