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男の子は愛しく、女の子は恋しい
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ボクは綾乃をずっと抱きしめていた。
彼女は鼻をすすり上げながら泣いていて、体も震えているので、放ってはおけなかった。
でもなんて言ってなぐさめていいかわからなかったし、下手な言葉は言わない方がいいと思ったので、ずっと抱きしめているしかなかった。
30分近くそうしていた。ようやく綾乃は泣き止み、手のひらで涙を拭った。
「ごめん。輝もつらいのにこんな話を聞かせて」
「いや、つらさの度合いがちがいすぎて、こっちの悩みは吹っ飛んだわ」
「ぷははは。そう……」
綾乃は笑ったが、いつもの力はなかった。
彼女は立ち上がり、奥の部屋からノートパソコンを持って食卓に戻ってきた。電源を入れ、あるファイルをダブルクリックして開いた。
「この小説、彼を少しモデルにしているから、もう書けない。消去すると思う。輝にだけ読んでほしい」
「この間話してくれた『男の子は愛しく、女の子は恋しい』?」
綾乃はうなずいた。
ボクだけが読者なの?
もし名作だったらどうしよう。
「では、拝読させていただきます」
読み始めた。
綾乃の小説は大学の入学式のシーンから始まっていた。語り手の「わたし」はバイセクシュアルの女で、印象的な少女に見惚れる。彼女の髪はショーカットで、一部を黄色く染めている。え、これってボクがモデル?
わたしは彼女に話しかけたいが、その日は話しかけることができない。漢文学の講義のとき、席が隣り合わせになり、やっと話す機会を得る。完全に実話じゃないか。ボクと綾乃が初めて話したのと同じシチュエーションだ。
わたしはファミリーレストランでバイトをしている。いつも紙に何か描いている常連客が登場する。さえない風貌のアラサー男性だ。わたしは食べ終わった食器を下げにいくとき、紙を見てしまう。わたしをモデルにした裸の女が描かれていた。
彼にお詫びにごちそうすると言われて、お詫びじゃなくてご褒美なんじゃないのと思いながらも、回転ではない寿司を食べに行く。
裸の女の絵が上手だったと言うと、僕はエロ漫画家なんだと彼は言う。エロい漫画ばっかり描いているけど、実際にセックスしたことはないんだ。童貞。漫画家って、売れっ子はすごいお金持ちだけど、僕みたいな底辺の漫画家は貧乏で、寿司はものすごく久しぶりに食べた。一本の漫画を描き上げるには長い時間がかかる。締め切り前の徹夜は当たり前。3日ぐらいほとんど寝ないこともめずらしくない。その割には稼ぎは少ない。原稿料は安くて、単行本が出ないと儲からないけど、売れそうな漫画でなければ、単行本にしてもらえない。僕は単行本になるかならないかギリギリのところにいる。まもなく原稿の量が本になる程度貯まるのだが、編集者に聞いても、本にしてもらえるという確約が得られなくて苦しい。僕は純愛で和姦の漫画をよく描くのだが、最近は編集者からもっと特殊なシチュエーションを考えた方がいいとよく言われる。
わたしは彼の話が面白かったので、ノリでセックスしてみる?と言う。そして二人はセックスフレンドになる。わたしは彼を嫌いではない。少しは愛しく思うようになる。
これはどの程度実話なのだろうか?
一方、わたしとショートカットの女の子とは仲よくなって、ドリアンパフェが美味しい喫茶店でよくおしゃべりするようになる。お互いに小説家をめざしていて、文学の話をよくする。こっちは実話そのものだ……。
わたしは完全に彼女を愛するようになり、彼女とのセックスを妄想しながらオナニーする。妄想セックス描写が過激でボクは内心で引く。綾乃はこんなことを考えているのか。これが現実化したら困る。
ある日わたしは彼女に愛を伝える。さらりと言ったが、実は清水の舞台から飛び降りる覚悟だった。完全には拒絶されなかったので、わたしはほっとする。彼女はブラックホールのような強い吸引力を持っていて、わたしはどうしようもなく惹かれている。黒い穴に落ちたい。
真実の恋に落ちて、セフレとの付き合いを絶ちたいと思うようになり、エロ漫画家と別れるところで小説は終わっていた。
なんて感想を言っていいのかわからない。ボクにとっての衝撃作だ。冷静な評価はできない。
しかもこのモデルの男の人が自殺したの?
ボクが沈黙していると、綾乃がファイルを消去した。
「こんなものはゴミだね。大切な友だちを貶めているし、文章も下手だ。なんでゴミを文学賞に応募しようなんて思っていたんだろう。ゴミが受賞できるわけがない。いやゴミよりひどい。一人の男の人を殺した過程を書いている。とても応募なんてできない」
綾乃はまた泣いていた。
「綾乃は死ぬな!」
ボクはまた彼女を抱きしめた。
「死なないよ。わたしはしぶといんだ」
「責任を感じて自殺したりしないでよ!」
「だから死なないって。もうすぐお母さんが帰ってくる。そろそろ……」
「うん。じゃあ帰るよ」
「またわたしと喫茶店に行ってくれる?」
「行くよ。当たり前じゃないか」
ボクは微笑む。綾乃が安心してくれますように。
ボクはアパートの部屋を出て、錆びて老朽化している階段を下りた。綾乃が切なそうにこっちを見つめている。
彼女は鼻をすすり上げながら泣いていて、体も震えているので、放ってはおけなかった。
でもなんて言ってなぐさめていいかわからなかったし、下手な言葉は言わない方がいいと思ったので、ずっと抱きしめているしかなかった。
30分近くそうしていた。ようやく綾乃は泣き止み、手のひらで涙を拭った。
「ごめん。輝もつらいのにこんな話を聞かせて」
「いや、つらさの度合いがちがいすぎて、こっちの悩みは吹っ飛んだわ」
「ぷははは。そう……」
綾乃は笑ったが、いつもの力はなかった。
彼女は立ち上がり、奥の部屋からノートパソコンを持って食卓に戻ってきた。電源を入れ、あるファイルをダブルクリックして開いた。
「この小説、彼を少しモデルにしているから、もう書けない。消去すると思う。輝にだけ読んでほしい」
「この間話してくれた『男の子は愛しく、女の子は恋しい』?」
綾乃はうなずいた。
ボクだけが読者なの?
もし名作だったらどうしよう。
「では、拝読させていただきます」
読み始めた。
綾乃の小説は大学の入学式のシーンから始まっていた。語り手の「わたし」はバイセクシュアルの女で、印象的な少女に見惚れる。彼女の髪はショーカットで、一部を黄色く染めている。え、これってボクがモデル?
わたしは彼女に話しかけたいが、その日は話しかけることができない。漢文学の講義のとき、席が隣り合わせになり、やっと話す機会を得る。完全に実話じゃないか。ボクと綾乃が初めて話したのと同じシチュエーションだ。
わたしはファミリーレストランでバイトをしている。いつも紙に何か描いている常連客が登場する。さえない風貌のアラサー男性だ。わたしは食べ終わった食器を下げにいくとき、紙を見てしまう。わたしをモデルにした裸の女が描かれていた。
彼にお詫びにごちそうすると言われて、お詫びじゃなくてご褒美なんじゃないのと思いながらも、回転ではない寿司を食べに行く。
裸の女の絵が上手だったと言うと、僕はエロ漫画家なんだと彼は言う。エロい漫画ばっかり描いているけど、実際にセックスしたことはないんだ。童貞。漫画家って、売れっ子はすごいお金持ちだけど、僕みたいな底辺の漫画家は貧乏で、寿司はものすごく久しぶりに食べた。一本の漫画を描き上げるには長い時間がかかる。締め切り前の徹夜は当たり前。3日ぐらいほとんど寝ないこともめずらしくない。その割には稼ぎは少ない。原稿料は安くて、単行本が出ないと儲からないけど、売れそうな漫画でなければ、単行本にしてもらえない。僕は単行本になるかならないかギリギリのところにいる。まもなく原稿の量が本になる程度貯まるのだが、編集者に聞いても、本にしてもらえるという確約が得られなくて苦しい。僕は純愛で和姦の漫画をよく描くのだが、最近は編集者からもっと特殊なシチュエーションを考えた方がいいとよく言われる。
わたしは彼の話が面白かったので、ノリでセックスしてみる?と言う。そして二人はセックスフレンドになる。わたしは彼を嫌いではない。少しは愛しく思うようになる。
これはどの程度実話なのだろうか?
一方、わたしとショートカットの女の子とは仲よくなって、ドリアンパフェが美味しい喫茶店でよくおしゃべりするようになる。お互いに小説家をめざしていて、文学の話をよくする。こっちは実話そのものだ……。
わたしは完全に彼女を愛するようになり、彼女とのセックスを妄想しながらオナニーする。妄想セックス描写が過激でボクは内心で引く。綾乃はこんなことを考えているのか。これが現実化したら困る。
ある日わたしは彼女に愛を伝える。さらりと言ったが、実は清水の舞台から飛び降りる覚悟だった。完全には拒絶されなかったので、わたしはほっとする。彼女はブラックホールのような強い吸引力を持っていて、わたしはどうしようもなく惹かれている。黒い穴に落ちたい。
真実の恋に落ちて、セフレとの付き合いを絶ちたいと思うようになり、エロ漫画家と別れるところで小説は終わっていた。
なんて感想を言っていいのかわからない。ボクにとっての衝撃作だ。冷静な評価はできない。
しかもこのモデルの男の人が自殺したの?
ボクが沈黙していると、綾乃がファイルを消去した。
「こんなものはゴミだね。大切な友だちを貶めているし、文章も下手だ。なんでゴミを文学賞に応募しようなんて思っていたんだろう。ゴミが受賞できるわけがない。いやゴミよりひどい。一人の男の人を殺した過程を書いている。とても応募なんてできない」
綾乃はまた泣いていた。
「綾乃は死ぬな!」
ボクはまた彼女を抱きしめた。
「死なないよ。わたしはしぶといんだ」
「責任を感じて自殺したりしないでよ!」
「だから死なないって。もうすぐお母さんが帰ってくる。そろそろ……」
「うん。じゃあ帰るよ」
「またわたしと喫茶店に行ってくれる?」
「行くよ。当たり前じゃないか」
ボクは微笑む。綾乃が安心してくれますように。
ボクはアパートの部屋を出て、錆びて老朽化している階段を下りた。綾乃が切なそうにこっちを見つめている。
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