作家志望愛詩輝の私小説

みらいつりびと

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重すぎる話

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 ボクはSF研の定例会を無断欠席した。
 撮影の予定があったが、そんなことができる精神状態ではなかった。欠席する理由の説明もできないので、誰にも連絡しなかった。
 藤原会長から着信があったが無視した。
 会長への愛は薄れた。今までの映画撮影はそれなりに楽しかったが、今後の撮影への意欲はなくなった。
 もし撮影するとしても、義務的な感じで、きっといい演技はできない。そんな映画を撮影する意味なんてない。
 ボクは無責任だろうか。
 会長が悪いんだ。
 不用意に姉への好意をボクに見せつけた彼の失策だ。
 尾瀬さんからも電話がかかってきた。とてもいい先輩だが、今はSF研の誰とも話したくない。
 家にもいたくない。姉さんを見ると会長のことを思い出すし、兄さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 こんなときに友だちに頼らないでどうする?
 心を落ち着けて、綾乃と会うことにした。
〈折り入って相談がある〉と連絡すると、
〈うちに来なよ。狭いアパートだけど歓迎するよ。母は仕事中でいない。今からでも可〉
〈すぐ行く〉と話がまとまった。
 午後5時に最寄り駅に着いた。綾乃が迎えに来てくれていた。
「輝が憔悴している」
「わかる?」
「ワトソンでもわかるレベル。シャーロック級の観察眼を持つわたしには一目瞭然」
 綾乃はやっぱりいいな。ボクは久しぶりに笑顔になれた。
 彼女の住むアパートは古い木造2階建てだった。錆びた外階段を登った。踏み抜かないかと心配になるほど劣化している。
 部屋に入れてもらった。
「晩ご飯食べていくでしょ?」
「綾乃の手作りご飯、めっちゃうれしい」
「安くて美味しいものを用意しておいた。なんとわたしの手打ちうどんだ」
「やったー、うどん大好き。すぐ食べたい」
「では今から茹でて進ぜよう」
 綾乃はでかいお鍋でうどんを茹で、その間に葱を刻み、生姜をすりおろした。麺つゆは市販のもの。
 茹で上がったうどんを水洗いし、冷たいざるうどんが出来上がった。
「美味しいよ、これ。麺がコキュコキュしてる」
「讃岐うどんにも劣るまい。行ったことないけど」
「劣るまい。ボクも行ったことないけど」
 お腹がいっぱいになったら、気持ちもリラックスした。綾乃と一緒に食器を洗った。
 食後にインスタントコーヒーを淹れてくれた。
 綾乃はボクが話し始めるのを待っている。
「ボクさ、失恋したんだ」
 藤原会長が好きだったこと、会長と姉のイチャイチャぶり、兄さんがバイトしているラーメン屋さんでの醜態、SF研定例会の無断欠席、をつまびらかに説明した。
 話しているうちに、そんなに大したことじゃないような気がしてきた。あれ、これだけだっけ?
「かわいそうだね。輝には心から同情する。しかしその上で、きみに忠告したいことがある」
「うん。聞かせてほしい」
「輝は弱すぎ。そんなことでミッションを放り出すようなメンタルでは、とうてい作家にはなれない」
「ミッションって?」
「映画の撮影。SF研をやめてもいいが、せめてやりかけの撮影を終えてからにしなさい」
「……うん。わかった」
 ボクは冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
「ところで、わたしも聞いてもらいたい話があるんだが」
「いいよ。なんでも話して」
「輝の話より重いぞ。覚悟はいいか」
 なんだろう?
「覚悟ができたかどうかわからないけど、綾乃の話を聞かない選択肢はない」
「では言わせてもらうね。実はセフレをフッたんだが、彼が自殺した」
 え?
「わたしは遊びのつもりだったんたが、彼は真剣だったらしい。お互いセフレだという了解ができていたんだけどね。実はわたしは深く愛されていたようなんだ」
「なんでフッたの?」
「なんとなく。あえて言えば、輝を愛しているから。セフレとの関係を続ける気を失った。彼は高いビルから身を投げた」
「重すぎる……」
「輝はわたしを捨てるかい?」
「そんなことするはずない」
 綾乃がすすり泣いた。ボクは彼女を強く抱きしめた。
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