世界の敵と愛し合え!

みらいつりびと

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千佳1 志賀家の事情

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 ウチは関西で生まれ、関西で育った。
 関西弁ネイティブ。
 お父さんの仕事の都合で、小学6年生のときに関東へ引っ越し、転校した。
 クラスメイトに方言を笑われた。ものすごいショックだった。
「笑わんといてや。ウチの言葉、そんなにおかしいん?」
 ぎゃはははは、おかしくないおかしくない。
「おかしいんやね。どうすればええんやろ。標準語?をしゃべればええんかな」
 そのままでいいよ。そのままがいい。
「ウチ、変わってみせるわ」
 中学校入学を機に、家の外では標準語を使うことにした。
 でも、うまくいかなかった。標準語がよくわからず、敬語でしかしゃべれなかった。
「し、し、志賀千佳です。しゅ、趣味は、や、野球観戦です。す、好きなチームは……」
 中学1年の自己紹介のときに緊張してあがり、途中で立ち往生した。
 野球部に入りたかったけれど、人づきあいが怖くて、チームプレイに自信が持てなくて断念した。
 人数の少ない美術部に入り、静かに絵を描いて過ごした。
「うまいねえ志賀さん。絵の才能あるよ」と部長から褒められたことがある。中1の秋のことだ。
「あ、あ、ありがとうございます。お、お世辞でも、う、嬉しいです」
「嫌だなあ。お世辞じゃないよ」
「そ、そ、そうですか。あ、ありがとう、ご、ございます」
 良い思い出はその程度。
 いつの間にか強度の吃音が癖になっていた。
 気になって、クラスメイトとも美術部員ともほとんどしゃべることなく過ごした。
 友達ができないまま中学3年間が終わってしまった。
 そして青十字高校へ進学。
 凜奈さんと時根くんが強引に誘ってくれて、憧れの野球部に入った。
 世界が色づいたようだった。
 練習は疲れるけれど、それ以上に楽しい。ウチはいま野球をやっている!
 凜奈さんがやさしく投げてくれたボールをセンターへ打ち返したときは、快感でどうにかなってしまいそうだった。
 土曜日の練習もきつかった。疲れた。でも、疲れすら快感。これは野球をした証拠。
「お腹空いたね。どこかで昼ごはん食べていかない?」
「ラーメン食べようよ。大勝利軒」
「やはりそこか」
 凜奈さんと時根くんが話している。
「千佳ちゃんもどう? ラーメン食べていかない?」と凜奈さんが誘ってくれた。
「は、は、はい。い、一緒に行ってもいいんですか?」
「もちろんだよ」
 素晴らしい友達づきあい。ウチはしあわせだ。
 大勝利軒では、凜奈さんおすすめのワンタンメンを食べた。
 煮干し醤油スープが美味しくて、細麺なのに腰があって、なめらかなワンタンがちゅるりと喉を滑り落ちて、最高。
「ポスターを描き直さなくちゃ。もう野球部になったんだ。標語が『来たれ野球同好会』のままではまずい」
「そうだね」
「ねえ志賀さん、美術部だったんだよね? 野球部の入部勧誘ポスターを描いてくれないかな?」
「えっ、えっ、ぽ、ポスターですか?」
 チャーシューも美味しい。味わっていたら、話を振られた。
 新しいポスター、ウチが描くの?
 いま掲示してあるポスターの絵は、味があっていいと思うけれど。
「頼むよ」
「は、はい。か、描きます」
 時根くんも友達。ランニングのとき励ましてくれる。彼から頼まれたら断れない。
 凜奈さんと時根くんはものすごく仲が良い。つきあっているのだろうか。そんなこと訊けないけれど。
「ひょ、標語は『来たれ野球部』で、い、いいですか?」
「地味すぎるから変えたいね。なにかいい言葉はあるかな?」
「もうあれでいっちゃおうよ、『共に行こうよ甲子園』」
「い、い、いいと思います」
「そうしようか。インパクトがなくちゃ勧誘できないよね」
「千佳ちゃん、お願いね」
 凜奈さんと時根くんの頼み。
 ウチはがんばってポスターを描こうと決意した。

 家に帰って、お母さんの写真を飾っている仏壇に向かって手を合わせる。
 麦茶を飲み、部屋着に着替えて、ポスターに取りかかる。
 画用紙に鉛筆で下描きをする。
『共に行こうよ甲子園』という標語を薄く書き、凜奈ちゃんが投げ、時根くんが打っているイメージを想い浮かべて、線を引く。
 水彩絵具で塗る。
 野球と同じくらい、絵を描くのも楽しい。
 夢中で描いているうちに夜になり、お父さんが帰ってきた。
 父は防衛省危険生物研究所で働く研究者だ。
 その研究所では、変身生物の生態や発見方法や殺害の仕方を探求しているらしい。
「ごめんな、お父さん。ポスター描きに夢中になってしもうて、ごはんつくっとらん。これからつくるわ」
 父とは関西弁でしゃべる。慣れ親しんだ方言を使うと、吃音は出ない。
「なんのポスターを描いてるんや?」
「野球部の入部勧誘ポスター」
「そらええな。野球は最高や」
 ウチは野球好きの父の影響を強く受けている。関西に住んでいるときは、よく甲子園球場や大阪ドームに連れていってもらった。
 防衛省に転職し、関東に引っ越してからの父は忙しく、球場へはほとんど行っていない。
 ごはんを焚き、肉野菜炒めと豆腐のお味噌汁をつくる。
 お父さんと一緒に食べる。
「動画に『いいね!』をいっぱいもらったわ。お父さんがくれた情報のおかげや」
 ウチは秘密の趣味をひとつ持っている。動画を制作して、公開すること。
 恥ずかしいから、お父さん以外には言っていない。
 さっき確認したら、謎なぞチャンネルの「変身生物を追う7」が軽くバズっていた。なぜか受けている。変身生物ネタは人気があるのかもしれない。 
「おまえに伝えてる情報は、別に機密でもなんでもあらへん。感謝されるほどのことやない」
「それでも貴重な情報や。エクスさんとして出演もしてもろうたし、お父さんには大感謝やよ!」
「千佳が喜ぶなら、できるだけのことをしたるわ」
「ありがとう」
 ウチは涙ぐみそうになる。
 お父さんはやさしくて、ウチを育てるために懸命に働いてくれている。
 お母さんが亡くなったり、吃音をバカにされたりしてもウチが生きてこられたのは、父がいたおかげだ。
「まだ水面下の争いやが、変身生物擁護派と撲滅派の綱引きが激しくなってきとる。もしかしたら、撲滅派の一部が暴走するかもしれへん」
「暴走?」
「変身生物にとってきびしい時期が来るかもしれんってことや。もしかしたらな。あ、これは不穏やから、動画で話したらあかんで」
「わかっとる。そういうのは、表には出さへんわ」
「千佳も気をつけてな。ハーフでも、研究対象にされる可能性がある。目をつけられたらあかんで」
「ウチには目立つところなんかあらへん。でも気をつけるわ」
 父は変身生物擁護派だ。母が変身生物だったから。
 母は人間になりきれず、少しずつ脳が溶けて死んだ。
 ウチは人間と変身生物のハーフだ。
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