劉備が勝つ三国志

みらいつりびと

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大賢良師張角

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 劉備は焚き火が好きだった。
 関羽が鹿を狩ると、劉備は家の庭で火を熾し、鹿肉を焼いた。
 安酒で仲間と酒盛りをしながら、串焼きを食べる。

 劉備、関羽、張飛、簡雍はよく一緒に焚き火を囲んだ。
 簡雍は情報通だった。妙に知り合いが多く、全国各地の情報を持っている。

「太平道ってのが、流行ってる」
「なんだそれ?」
「怪しげな宗教さ。張角っていう中年男が大賢良師と称し、呪術治療をして、信者を増やしているんだ」

 太平道は大流行していた。
 後漢末期、政治が乱れ、徴税が過酷になっている。多く取った税は、役人の懐に入る。
 農民は搾り取られて、食べ物をつくっているのにわずかしか食べられず、飢えていた。離農し、流民となる者が激増している。
 流民たちは、反政府色のある太平道になだれ込んでいた。

「呪術治療ってなんだ?」
「符水ってのがあってな、それを飲むと病気が治るんだと」
「本当かよ」
「治療にはもうひとつ条件があって、懺悔が必要なんだ」
「懺悔?」
「罪を告白し、反省して、太平道の信徒になることだ」
「バカバカしい。詐欺だろ、それ」

 劉備は眉に唾をつけた。
 しかし、張角は不思議なほど病人を癒していたのである。
 彼には信仰の対象となり得るカリスマ性があった。符水には偽薬効果があったのだろう。
 張角の弟、張宝と張梁も呪術治療を行い、病人の何割かを治癒していた。
 治らない者には、「信仰心が足りないから治らないのだ」と強弁した。
 
「バカバカしいとおれも思う。だけどな、信者が猛烈に増えているのは事実なんだ。太平道は力を持ち始めている。朝廷を脅かすほどの力だ」と簡雍は言った。

 張角には組織をつくる才能があった。
 各地に「方」という信者団体をつくった。張角はこれはという者を「大方」に任命し、方を束ねさせた。
 ひとつの方には、一万人ほども信者がいた。
 張角は秘かに武器を集め、方の武装化を進めていた。
 中国全土に方は三十六あった。
 太平道教団は、三十六万人の兵力を持つ軍事組織と化していた。

「この幽州にも、太平道は広がっているぜ」
「そう言われてみれば、おれの友だちにものめり込んでいるやつがいるな。太平道の信者って、黄色い巾を頭に巻いていないか?」
「そういうやつが多い。太平道の信者は、黄巾の徒とも呼ばれている」

 劉備は酒を飲み、鹿肉を食った。
 関羽と張飛は食欲のかたまりで、劉備の倍食べた。
 簡雍はあまり食べず、酒ばかり飲んでいた。

「乱になるな」
 劉備の目は爛々と輝いていた。
「この世を揺るがす大乱が起きる。乱は必ずしも悪いことじゃない。社会が腐り切っている。その膿を出すためには、乱も必要だ」
「乱になったら、兄者は戦うのですか」
「ああ、戦うよ」
「朝廷側か、太平道側か、どちらにつくのです?」
「おれは中山靖王劉勝の子孫だぜ。当然、皇帝の側につく」
「兄貴は官軍だな」
「そんなご立派なもんじゃない。せいぜい義勇軍だな」
「兄貴の指揮で戦いたい。敵はなんでもいい」

 張飛は戦いたくてうずうずしていた。力を持て余している。
 関羽も世の中の悪を叩きつぶしたいような衝動を抱えていた。
 ふたりとも、戦意満々。
 劉備が旗揚げするなら、簡雍も参加するつもりだった。こいつといると面白そうだ、と思っていた。

「戦は別に好きじゃない。だが、必要なときは戦う。いまは必要なときだ。乱れに乱れた世を直して、皇帝陛下に喜んでいただく。そしてなによりも大事なのは、民が歓喜する世の中をつくることだ。その過程で人が死ぬのはやむを得ない。おれはそう割り切っている」
 劉備はにこにこしながら、そんなことを言った。
「正義の戦い」
 関羽は身を乗り出した。
「そんなようなものだ。まあ、おれには正義とか悪とかは、実のところよくわかんねえがな。世の中は複雑すぎる」
「兄貴が正義だ!」
 張飛は劉備のことを信じ切っていた。
 簡雍は黙って杯を干した。面白ければなんでもいい、というのが彼の流儀だった。 

 184年、張角は黄巾の乱を起こした。
 全国一斉蜂起。
 信者たちは、張角がつくった詩を歌いながら進軍した。

 蒼天すでに死す
 黄天まさに立つべし
 歳は甲子に在りて
 天下大吉
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