ガールズバンドクラッシュ

みらいつりびと

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全国ツアーの光と影

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 2013年5月、「東北地方でライブツアーを行いたい」と時計坂は言った。ファーストアルバムの売れ行きはCD、ダウンロードともに好調で、伊東は成功の見込みは高いと踏んだ。「どうせなら全国ツアーをやったらどうだ」と提案し、BMOのメンバー全員がうなずいた。6月、伊東は社長の金崎昌平に相談した上で、フューチャーフレームの経営会議にその案件をかけ、承認された。

「会場を押さえ、宣伝し、チケットを販売しなくてはならない。ツアーは早くても半年後になる」と伊東はメンバーに説明。「仙台、石巻、宮古を含めてほしい」と時計坂は要望した。海野、時計坂、石亀の故郷である。全国ツアーの実施は2014年冬を目途とすることにして、企画は動き始めた。伊東は引きつづきブラック・マジック・オーシャンのプロデューサーを務め、多忙を極めた。BMOのマネージャー君塚佳乃はライブにつきあいながら事務処理も行い、「安い給料で深夜まで働かされて離職を考えた」と言う。

 2013年、BMOは東京、神奈川のライブハウスを中心に活動をつづけた。『Heartquake』発売後は、1000人規模の会場も満員になった。セカンドアルバムの制作を開始した時計坂は「大学を辞める」と言い出す。「あわてないでよ」と海野は反対したが、9月に退学届を提出してしまう。海野もCM出演のオファーなどもあって忙しく、実質的に休学状態であった。ふたりは北池袋のマンションで同居していたが、騒音の発生源となって隣室からの苦情が絶えず、ひばりヶ丘に一軒家を借りて引っ越した。君塚は引っ越しの手伝いをさせられ、「ふざけんなー」と叫びながら働き、軽トラを運転した。「なんだかんだ言ってBMOが好きだったんです。でなけりゃつづきませんよ」と語っている。

 10月、セカンドアルバム『Seadragon』発売。収録された『シードラゴン』『海溝』『ブラックレイン』『おとうさんの船』などすべての曲を時計坂が作詞作曲した。編曲はブラック・マジック・オーシャンとクレジットされている。全歌詞を祈沢が英訳し、ファーストアルバム同様、日本語盤・英語盤がつくられた。

 このアルバムから海野と石亀のツインボーカル体制となる。元声優石亀の声は海野に勝るとも劣らず、「聴き惚れる」「魅惑のハーモニー」「耳がしあわせ」などと絶賛された。「カナエさんの曲を歌えて最高最大にハッピー」と言った石亀も歌いながらベースを弾くことはできず、ライブでは声の披露はコーラス程度にとどまり、メインボーカルは海野だった。なお、英語盤では石亀は歌っておらず、熱心な外国人ファンを落胆させた。日本でのみ発売された日本語盤CDを取り寄せる熱狂的なファンもいたらしい。この月、アーサー・ジョーンズが来日してBMOのライブを聴き、記事をロンドンに送っている。

『Seadragon』発売と同時に全国ツアーが発表される。当初の計画よりずれ込み、2014年4月実施。名古屋を皮切りに大阪、広島、福岡、金沢、青森、宮古、石巻、仙台、埼玉で開催。ラストの埼玉川口リリアホールは2000人収容だが、チケット発売即日完売となった。この状況を見て、金崎は武道館コンサートを考え始める。

 オフィシャルミュージックビデオ制作は株式会社モノクロームが担当し、『シードラゴン』は1000万回超再生となる。時計坂がプライベートで管理者を務めるBMOチャンネルは立教大アニメ研の協力を得て『おとうさんの船』の動画を制作・公開し、『シードラゴン』を超える2000万回再生を果たした。この動画がフューチャーフレームを通さなかったため、金崎は激怒する。伊東と祈沢が仲裁したが、時計坂は一歩も引かなかった。所属アーティストが著作権を持つ曲の動画を発表してはならないとは契約書に記載がなかった。問題はあわや法廷闘争かと思われるほど加熱したが、「金の卵を産むガチョウ」を手放したくない金崎が折れた。

「今後はやつが産む金をしっかりと回収しろ」と社長はプロデューサーに指示したと言われる。「カナエは強気にふるまっていたけど、会社との関係に嫌気が差したみたいでした」と海野は言い、「音楽以外のことは一切考えないようにしようと思った」と時計坂は語っている。2014年1~3月につくった曲『バーニング』『キック』『海辺の風景』の動画制作はモノクロームが行い、時計坂はBMOチャンネルで音楽動画を公開しなくなった。「勝ち気に見えるけど、実は繊細で。争いたくはなかったみたいです」(海野談)。

 4月、全国ツアー決行。名古屋の芸術文化センターから始められたツアーはどこも大盛況で、BMO人気の全国的な広がりを実感させた。宮古市、石巻市、仙台市では地元のイベント会社のセッティングで屋外コンサートが行われた。入場料は1000円と格安で、爆発的な集客を果たした。海野、石亀は家族を招待したが、時計坂の母はこのとき入院しており、娘の晴れ姿を見ることはできなかった。

 ツアーは成功したが、人気の高まりに比例して、BMOへの中傷がネットに書き込まれるようになっていく。「震災を売り物にしている」「津波を思い出す」「メロディは好きだけど歌詞は嫌い」「意味不明な歌。でも地震と津波を歌っていることだけはわかる。やめてほしい」「忘れちゃいけないけど忘れたいことを思い出させる」「思い出テロリスト」「バーニングってようするにあの日の火災のことだよね」「走れ!ってなに? 私の弟は走ったよ。それでも津波からは逃れられなかった」等々。

 中傷や批判は絶大な数の応援に比べればごくわずかでしかなかったが、確実に時計坂の心を刺した。サードアルバムが求められていたが、彼女は曲を書けなくなった。
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