こがねこう

綿入しずる

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二十七歩 過ぎる

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 無事に月を数えて半年ほど、この生活にも大分慣れてきた。寒さが少し緩んできた中、垂穂宮たりほのみやでは本腰を入れて今年の行脚の支度が始まったと言い、ススキは南シ州の方面を任されるようだと文に記してあった。あの辺りは山だから大変やも知れぬが何せまだ一番の若手なので頑張らねば、とも。彼と暫し会えないのはまあ寂しいが……近く俺も何か命じられそうな気配があるのでそうも言ってはおれぬ。逆に彼のほうを少し、待たせるかも知れなかった。
 今日はマユミを伴って、夏に祝言を挙げるヤナギとミズヒキの結婚祝いの品を相談しに宮に来た。あれも行脚の最中に既にそういう仲になっていたというから、侮れない男である。先に手紙で伝えていたがススキも驚いているだろう。――いや、もしや彼も何か見かけていたか。俺は自分のことで手いっぱいでいたが、さて。
「アオギリ! 待ってた、聞いてください!」
「おお、どうした」
 想像を巡らせながら門を入ってすぐ、まだ芽吹かぬ庭木の下で立って待っていたススキが駆け寄ってくる。そわついた様子で門番のほうをちらと見て、俺に寄るよう促し小声になった。
「姉さんも――シュユ姉さんも契りを結ぶことにしたと、今朝」
「……めでたいことも重なるものだな!」
 屈んだ先。思いがけぬ言葉の意味を飲み込むには少し間が要り、声が大きくなってしまった。驚かせた門番に詫びて、続きは中に入ってから聞いた。
 シュユ殿はススキが姉のように慕う艶やかな女人だ。俺のことも気にかけてくれ三度目に来たときに顔を見せて、将軍も姉さんと呼んでもよいわよ、などと冗談を言ったのが印象に残っている。先日、昔から懇意にしていた男に婚姻を請われて受けたという。
 治部には俺たちより静かに人づての連絡を入れた、正式に認められるか、そして婚儀に至るかは正直まだ分からないが――二人の添い遂げる意思はもう固まっている。元よりそういう相手ではあり、以前雑役として宮に入っていた者でススキも顔など知っているそうだ。
 多少出世はしたが身分は高くなく内気で、だから金の尾コノオと関係などさせたくない、想い合っているだけでよいのだと彼女はよく言っていたというが。俺たちのことがあって考え直した男に、どうしても、と食い下がられたらしい。
 逸る話題と声をどうにか落ち着けながら話す大喜びのススキに、マユミと顔を見合わせて笑った。
「もう一組とはより喜ばしい」
「祝いの準備に忙しくなりますね、行脚だけでなく」
「はい!」
 本当にめでたい話だ。もし祝言を挙げるのが叶わずとも目一杯に祝いたい。親しいと言うにはまだ足りない知人やも知れぬが、まったく他人事の気はしない。
「アオギリや私のお陰だなんて言うから、嬉しくて。ただでも幸せなのに、姉さんもそうだと思ったら、もう、ああ」
「……よかったな」
 そう言われると俺もより嬉しいが、ススキのほうは一入ひとしおという雰囲気で最後は口を覆った。
 ……俺たちの婚姻は無論自分とススキの為にやったことだ。何かを成す為にとか、大きな思惑があったとか、そういうわけではない。それに横で聞いているマユミを始め、皆にはよい決断ではなかったかも知れぬ、我ながら勝手なことをしたと思ったことは正直数え切れぬほどある。しかし同時に、このことがヒサギなど後の金の尾、他の金の尾たちの生をもよくするきっかけになればとも考えてはいた。それが実際にこうして繋がっていくのは……時間が経つほどに増す、じんわりと染み入るような深い喜びだった。
 あのとき決断してよかったと心底に思える。この先もこうした喜びを守っていこうとまた新たに誓いたくなる。
 ――そうして昨夜は浮かれて、二組分の祝い事の相談も盛り上がり酒も飲みながら夜遅くまで語らっていたので、普段早起きのススキが目覚めないのもなんら不思議なことではなかった。
 彼の私室には不釣り合いに広い寝台、泊まるときはそこに二人で居る。俺が寛いで寝られるようにと最近並べ置かれた物だ。一晩まではいちいち上に伺わずとも許可が下りていたし、家のほうにはマユミが伝えてくれた。目が覚めて、部屋の隅で立つ岩偶ガグの一つ目と目が合うのももう驚かない。
 暗闇ではない。雨戸の向こうは既に明るいような、遠くから鳥や人の声など聞こえるような……この雰囲気はそろそろ起きてもいい頃か、とりあえず窓を開けに行こうか、しかし引っ付いている伴侶にどうしようかと悩むうち。ススキの目も開いたが。
「ああ起こしたか、まだいいぞ」
「もうちょっと……寝ましょう、ね」
 まだ眠いととろりとした眼差しで俺を眺めて閉じられる。俺の上に手を置き、鳩尾の辺りに頭を寄せて二度寝の姿勢だ。大抵横向きで寝る彼を潰さぬよう俺は仰向けで、納まりよく身を寄せ合うのも上手くなってきた。
「……珍しいな」
「んー……?」
 呟くと目が開かないままに――多分聞き返された。曖昧な声に笑ってしまう。
「お前は朝強いから。……行脚の頃もそうだったが、毎朝しゃんとして。日によっては俺より早く起きるからこんなのは珍しい」
 合わせて小さく囁いて応じる。
 旅歩きの最中はまあそんなものだろう。しかし軍人の家の常として皆動き出すのが早い我が家に来てからも、朝から隙なく身繕いして挨拶などする姿にいつも感心していた。宮との行き来は道に人通りのない間にと決まっているとはいえそれとて毎日の通いというわけでもなく、前よりは少し融通が利いて早朝ではなく夜暮れてからになったりもして、早起きの必要はなくなってきていた。聟として気を張ってくれているのもあろうが、それにしてもいつも早いからそういう質なのだろう。
 そう、思っていたが。暫し黙ってまた寝たかと思うと微かな返事が聞こえてくる。
「いいえ、行脚のときは……あれはおつとめですし。頑張ってたんですよう…………まいにち、貴方に会えると思って意気込んで寝起きしてました、そわそわしたし……シマの家に入れてもらってからだって……」
 ――他に誰も居なくてよかったし、彼の目も開いていなくてよかった。いやシチは見ているが、仕様がない。堪えるのは難しい。相変わらず素直に告げられる好意に顔が緩む。
 そうだった。最初の頃から、何てことないような顔と振る舞いでこの大男の歩幅に合わせてついてくるような、そういう頑張り方をする男だった。
「そうかそうか。やっぱり今まではまだ緊張していたか」
 寝かせてやりたい気持ちと、この声を聞いていたい気持ち半々で問うてしまう。さっきよりはすぐに口が動いた。
「寝顔とか……いるの、確かめたいんで……」
 ……彼の好意は本当に、何と言うか。
「でももう……なんか安心したかも」
「……――そうだな。すまん、寝ていていい」
 続く言葉はもう、とどめだった。きつく抱き締めてしまいそうなのを一旦堪えて丸い頭に手を置いた。
 懸命に好いてくれているのは勿論嬉しいが、横に並ぶのに慣れて気が緩んできたならそれもまた嬉しい。無理をせずとも傍にいるから力を抜いて楽にしてほしい。夜更かしや早起きで長話するのもいいがこうして過ごすのだって得難いものだ。今日は帰るが急ぎの予定があるわけではないので、すぐ起こす必要はない。やはり窓など開けずにもう少しこうしていよう。
 思えば近頃は、以前は来る度よく片づけられていた部屋も少し、机の上や脱いだ上着程度は散らかしたままになってきている。そういう変化はよいものだ。匹偶つれあいらしい気がする。
 目だけ動かせば暗がりの机の上に、彼が落書きに使っている経木が広げてあるのが見えた。昨日見せてもらった絵だろう。
 エニシダ殿の愛でる鳥や、城内で見かける狗猫や駆駒ククなどの姿が沢山写してあった。前にドトウも描いてもらったことがある。飾るほどのものではない、さすがに恥ずかしいと言われたので今は俺の文箱に入っている。生き物の絵は、景色など描くよりなお愛嬌があって好きだ。
 最初は黒脚コキだった。去年の行脚のあと土産話をするのと共に、絵を描く暇が貰えたからと見せてくれたのだ。白地に駁の模様が大きくくっきりと見える三対脚で、やはりのんびりと大らかに振る舞っていたのが可愛く言っていたとおり確かに描きやすくてよかったと、持ち帰ってきた干物を齧りつつ聞いて……あれも手紙と共にしまってある……
 温かな身を抱きながら取り留めもなく連想する間に俺もまた眠くなってきた。欠伸して目を閉じる。たまには寝坊もいい。此処は朝食の前にはちゃんと誰かが声をかけに来るから、食いはぐれる心配もない。
 すぐ傍から穏やかな寝息が聞こえる。その音さえ愛しい。なんとまあ、この身に過ぎる幸福だ。けっして取りこぼさぬよう抱え込む。
 ――とろとろと寝なおし暁鐘からも暫し微睡み、人々が廊下を行き交う気配でようやく身を起こした伴侶は欠伸混じりに、いい夢を見たと言った。
「黒脚の上で寝させてもらう夢でした。あんな、黒くて大きいやつ」
 指差す、いつも飾り棚の一等地に置かれている香炉は彼の気に入りだ。黒土の素焼きで模様のない、朴訥とした一品だが。
「……多分それは俺だろう。背に三本線でもなかったか」
 応じるとススキは目を瞬いて、心底おかしそうに笑った。
「……んっふふふふふ。張り合わないでください」
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