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第3章 お前がいないという事。
3-6
しおりを挟む睡眠不足の気怠い感じをシャワーで流して、貴臣はクローゼットの前に立っていた。いつの間にやら冬が訪れていて、酷く寒い。それは季節の所為なのか、心が寒いのか。手早くスーツを選び、鏡の前に立つ。普段ならこんな風に見た目を気にしないのに、今日は何故だか沙也加から見た自分がどのように映るか気になる。
迎えの車内でも沸々と湧き上がる不安で居ても立っても居られなかった。司と過ごした時間は沙也加の心を変えていないだろうか。どっしりと落ち着いて座っているように見える貴臣だが、心中はぐるぐるとマイナスに働く思考が渦巻いていた。
滑るようにロータリーに入ってきた車を横目に短く呼吸を整えた。あんなにも会いたかったはずなのに、震える手は緊張を示していた。車外に出ると冷たくなった秋風が頬に当たる。
「___兄さん」
降りてくるはずの待ち人の声ではない。
「沙也加はどうした?」
「・・・」
おもちゃを取り上げられた子供のような顔をした司が無言のままこちらに向かってくる。ただでさえ勝手に沙也加を連れ出され、帰国の楽しみを奪われていた貴臣は少々気が立っていた。向かってくる年の離れた弟に優しくしてやれる自信は無い。
「沙也加さんは帰りたくないと」
「___で?」
「っ、だっ、・・・なので本邸に住むそうです」
「そうか。では、本人に聞いてみようか?」
口籠る司の胸中はわかりきっていた。馬鹿真面目でわかりやすい弟に騙されるような貴臣ではなかった。つま先を沙也加のいる車に向けて歩きだすと、数歩遅れで司の足音がついてきている。
「兄さん! 待ってください!」
「・・・」
貴臣の耳には司の声は届いていなかった。目前のドアノブを引けばそこに彼女がいるのだから。
熱くなった手は本革の手袋に包まれていて、触れた鉄塊の温度さえ伝わってこない。指先に力を籠めると音を鳴らして容易に開く扉の中には、ぽかんと口を開けたまま大きな瞳でこちらを見上げる沙也加がいた。
相も変わらずノーメイクに少し乱れた髪、寝起きの顔。ああ、この女のこの無垢な顔を私は見たかったんだ。
差し出した手をすんなりと取って車を降りた沙也加は、足先から顔まで本物か確かめるように見上げてくる。自然と上がる口角を抑えながら、弾む胸を押さえながら。
「家出は楽しかったか?」
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