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10.ふたり/致命傷
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しおりを挟むすると兄は少しだけ振り返り、こちらを見た。
まるで最終確認をするかのように。
いつもまっすぐで、未来だけを見据えている目が、ゆっくりと細められる。
瞳の奥にヒリヒリした厳しさが混じったのが分かった。
怒られる──思わず身をすくめた瞬間、
──「はぐれるなよ」
静かに言い放ち、兄は歩き出した。
一人、先を歩く背中は、なぜか寂しげで。あの日以来、手を繋いだ記憶は無い。
自立した瞬間だったといえば、そうなのかもしれない。
けれど、今となってはもう少し優しく離れる方法はなかったのかと悔やんでしまう。
手を繋ぐことで、兄はずっと俺を守ってくれていた。
それなのに──。
「──たっちゅん!」
急に呼ばれ、現実へと引き戻された。
気づかぬうちにほんの少し眠っていたらしい。
「大丈夫か。起きる元気ある?」
「……ん」
「水、飲むか?」
「……ほ、しい……」
返事をすると、「よしっ!」と嬉しそうな声が飛んでくる。
ゆっくりと──本当にゆっくりと起き上がる。
身体のいたるところはまだ痛むが、心配してくれる人の前でそんなことは言っていられない。
布団から出ると、タマネギを炒めた甘い匂いが部屋を満たしていた。それを胸いっぱいに吸い込んでみる。
小さな頃からこの匂いが好きだ。
幸福に匂いがついているとするなら、飴色のタマネギの匂いだと思うくらいに。
けれど、兄がグラスに水を持ってきた瞬時、ハッと夢から覚めた。慌てて手元のバスタオルを頭からかぶる。
「どうちた!?」
それまでぼんやりしていた俺が急に素早く動いたものだから、驚いたらしい。
「……さむ、い」
「えっ、本当にカゼでちゅか!?」
兄は遠慮も無しにズイッと覗き込んでくる。反射的に深くうつむき、顔を隠した。
カゼなんて嘘だ。本当は、泣いた顔と掻きむしった首を見られたくないだけである。
「じゃあ、あとで薬買ってくるか……。とりあえず少し食べな」
当然、タオルをかぶったままでは食事なんてできない。少し考え、小さめのタオルをマフラーみたいに首に巻くことにした。一気に病人感が出た。
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