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10.ふたり/致命傷
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しおりを挟む「腹ん中があったかくなれば、元気も出るさ」
その言葉に、ふと、母さんのことを思い出した。
――あたたかい食事は、あたたかい心を生む。
人の手がきちんと入ったものは、食べると体がポカポカすると。それはそのまま心のぬくもりにつながる。母さんの信条だった。
おかげで実家にいた頃は、冷めたご飯を食べたことがなかった。
その心は今、兄さんにしっかりと受け継がれているのだ。凄いな、と他人事のように思う。
「待っててな」
布団ごしに俺の頭を、ぽん、と叩き、兄は立ち上がった。
おそらく、散々泣いた後だということは気づいているだろうに。あえて触れないように振舞ってくれている。プライドの高い俺が、余計に傷つかぬように。
やがて、蛇口からシンクへと流れる水音が聞こえ始める。コンロに火をつける音も。
兄は鼻歌をうたっている。地元の遊園地のCMソングを何度も何度も繰り返している。
あまりにも楽しげなメロディは、この耳に、ただただ辛い。
呼吸が苦しくなっていく。
皿の擦れ合う音。
包丁が食材を刻むリズム。
部屋に誰かがいるという安心感。
ぬくもりに満たされていくうち、だんだんと虚しくなってくる。
涙までこみ上げてきた。
自分自身が情けなく思えてしょうがなかった。
こんなにも想ってくれる兄のことを──。
俺は一体なにをしているのだろうと、頭を抱えてしまう。
──似ている。
──あのときの感覚に、似ている。
こめかみをつたう涙をぬぐっているうちに、遠い記憶が蘇ってきた。
兄と二人で人の多い場所に出かけるときは、いつも手を繋いでいた。だから、俺の小さな頃の記憶は兄の手のぬくもりと共にある。
しかし、小学二年か三年くらい──兄は高校生──のときだったろうか。
人前で手を繋いでいる自分がたまらなく恥ずかしくなった。なんの前触れもなく、唐突に。
だから、生まれて初めてその手を振り払った。
「離せ」とか「もういい!」とか言った気がするが、よく覚えていない。
とにかく何か叫んで、強く振り払ったのだ。
それでも兄は数秒後、もう一度手を伸ばしてきた。
俺は断固としてそれを拒んだ。
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