コーデリア魔法研究所

tiroro

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28.揺れ動く大地

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 黒き軍勢が、大地を揺るがせながら進軍する。
 数百もの兵が、鉄の鎧を軋ませながら槍を掲げ、その中には漆黒のマントを翻す男——魔王ゼヴォスがいた。

「行くぞ……愚かなるゼルナートの王に、この世界の理を教えてやる」

 彼の号令とともに、魔族たちな雷鳴のような咆哮が響き渡る。
 ついに始まる戦い。圧倒的な力をもって、愚かな王の野望を打ち砕くはずだった。

 しかし——

 ゼルナート王城の前に立ちはだかったのは、ただ一人の少年だった。
 風になびく外套がいとう、手には眩い光を放つ剣。

「お前が……魔王か」

 静かに告げる声。
 だが、その目には迷いがなかった。
 次の瞬間、ゼヴォスは悟った。

 (これは……ただの人間ではない……!)

 光の刃が走る。
 黒き軍勢が侵攻を開始したその瞬間、先頭にいた魔族たちがあっという間に切り捨てられていた。

 (まずい……!)

 そう思った時には少年は跳躍し、次の動作に入っていた。
 手を掲げた先に巨大な何が轟音を立てて顕現する。

「ここは余が引き受ける! お前たちは撤退するのだ!」

「しかし……魔王様!」

 計算違いだった。
 こんなはずでは無かったのだ。
 ゼルナートは、聖女の召喚に続き──勇者の召喚に成功していた。

 異世界の人間をこの世界に呼び寄せるには、膨大な魔力と、多大な犠牲が必要となる。
 それを知っているからこそ、ゼヴォスの背筋を冷たいものが這い上がる。

 (愚かな王だとは思っていたが……この国の王は、狂っている……)

 勇者の放つ魔法……詳細は分からないが、理不尽なまでの力がそこに集まる。
 次の瞬間、空に亀裂が走った。
 光に包まれながら勇者の放ったはゆっくりと落ちてくる。
 大地が震え、逃げ遅れた魔族たちが悲鳴を上げた。

「——退け!」

 ゼヴォスの怒号が響く。

「総員、ただちに撤退せよ! これは命令だ!!」

 配下たちは一瞬躊躇ったが、ゼヴォスのただならぬ気迫に押され、次々と戦線を離脱し始める。
 彼らが無事に逃げられるよう、ゼヴォスは最後の役目を果たすと決めた。


 (……余もここまでか)

 ゼヴォスはすでにミアには「もう二度と会うことはない」と告げていた。
 だが、本当は、全てが無事に終わったら、いつかまた研究所にこっそり顔を出すつもりでいたのだ。
 ゼヴォスは胸元から研究所の仮の社員証を取り出した。

「……ダリオス」

 名を呼ばれた銀髪の魔族が、ぎゅっと拳を握る。

「……ゼヴォス様……!」

「友に……済まなかったと伝えてくれ」

 勇者の放った魔法が、ゆっくりと、だが確実に魔王ゼヴォスへ振り下ろされる。

「ゼヴォス様ぁぁ!!」

 ダリオスの絶叫が響く中——
 ゼヴォスは勇者の放った光を、その全身で受け止めた。


────────────
──────
──


***


 今日はなんだか外が静かだ。
 研究所へ向かう途中、私はふとそんなことを思った。
 街の人々は変わらない日常を送っている。
 でも、いつもなら聞こえてくる鳥たちのさえずりも、街をうろつく猫たちの姿も見かけない。
 ……まぁ、そんな日もあるか。
 不思議に思いながらも研究所に着いた私は、入り口にいる守衛さんに取り出したネームプレートを確認してもらっていた。

「どうぞ」

 守衛さんからネームプレートを返してもらい、研究所に入ろうとしたその時、遠い西の空から大きな地鳴りが響いてきた。
 静かだった鳥たちが、鳴きながら一斉に空へと飛び立った。
 遅れて大地が大きく揺れ動く。その場にいた全員が地面にしゃがみ込む。

「地震か?」

 誰かがそう言ったのが聞こえ、私たちは揺れが収まるまでその場でじっとしていた。
 地震だなんて珍しい……動物たちが静かだった理由はこれだったのか。人間よりも動物たちの方が、こういうのに敏感だっていうし……。
 やがて揺れが収まり、みんな一斉に研究所へと入っていく。
 その時、急に誰かに呼ばれた気がして思わず振り返った。
 気のせい? いろんな人の声がするから、たまたまそう聞こえただけだったのかな……。

「結構大きかったな」

「音も聞こえるって相当だぞ」
 
 誰もが口々にそんなことを話していた。
 研究所は無事だったけど、街や村には被害が出たかもしれない。
 今日は忙しくなりそう……。
 そんなことを考えながら事務所に入ると、ファイルやレタートレーが崩れて大変なことになっていた。
 薬品が置いてある棚のあたりはもっと悲惨なことになっている。
 事務所の中がいつにも増して薬品くさい。

「よお、ミア。今日は事務所の片付けからスタートだな」

 オーウェンさんは既に片付けを開始していた。

「フィオルさんの席の被害が何気に大きいですね……」

「あいつは整頓しないからな……」

 みんなで朝から事務所の大掃除。
 ただでさえ冷えるのに窓全開でやらないといけないのが辛い……。

「僕の研究の成果がーー!!」

「どんまい、エリアスさん……」

 薬師の人たちは大変だ。
 こっちは散乱した書類や筆記具を片付けるだけだもんね。

「ミア先輩、重いものは俺が持ちますよ!」

「ありがとう……?」

 ほとんど紙類だから重いものなんてそんなにないんだけどね。

「フィオルさん遅いなぁ……」

「朝からあんな地震があったんだもの。今日は依頼も増えるでしょうし、会議を前倒しにしたのかもね」

「初日からこんなのってないわー……名前知らないけどそこの先輩! ほら、さっさと片付けて!」

 そっか、カエデ今日からだったんだ。

「ミア先輩! この人本当に聖女なんですか!?」

「まごうことなき聖女です」

 片付けが終わって事務処理をしていると内線が鳴った。
 街の自警団からの依頼で街の中で怪我人が多数出ているらしい。
 フィオルさんは、一度事務所に顔を出したけどカエデの紹介が終わるとまた会議に戻ってしまった。
 だから、今回の依頼は課長の代理として主任のオーウェンさんが指示を出す。

「ナターシャ、ミア、行ってくれるか?」

「「はい!」」

 急いで食料と水が入ったカバンを用意して、出掛ける準備をする。

「主任、俺も行きます!」

「私も!」

「ケイド、お前は回復魔法使えたっけ?」

「ヒール程度なら……」

「まぁ、力仕事もあるかもしれんし……わかった、ケイドも一緒に行ってくれ。カエデは駄目だ」

「なんで!?」

「一応聖女だからな……俺だけの判断でお前を行かせるわけにはいかん」

 カエデはお留守番か。
 仕方ないよね。ただの魔導士ならともかく、カエデは聖女なんだから。

「じゃあ、急ぎましょう」

 ナターシャさんとケイドさんの二人と自警団の事務所へと向かう。
 街の状態は思っていたよりは大丈夫そうだけど、傾いてしまっている家屋もあった。
 うちのアパートは大丈夫だよね……?


***


 自警団の事務所に着くと団長と名乗る人が怪我人を集めてある公堂へと案内してくれた。
 お年寄りの方の怪我人が多い。古い家屋に住んでいて怪我をした人もいるみたいだけど、逃げた時に転んでしまって怪我を負ってしまった人も結構いるみたい。

「ミアさん、手分けして回復に回りましょう。基本はヒーリングでお願い」

「わかりました」

「ケイド君は、ヒーリングの終わった方に必要があればテーピングをお願いします」

「了解です!」

 不幸中の幸いか、ヒーリングで治るくらいの怪我の人がほとんどで、大事に至るような怪我人はいなかった。
 今日はこの街以外からも依頼が来そうなので、魔力はなるべく温存しておいた方がいいかな。
 なんにしても、亡くなった人がいなくてよかったよ。

「終わりましたので、依頼書の記入をお願いします」

 団長さんに依頼書を記入してもらって依頼完了。
 ゴンザレスさんっていうんだ、この人。

「ナターシャさん、依頼書書いてもらいました」

「ありがとう、じゃあ戻りましょうか」

 こうしてる間にも、依頼が来ているかもしれない。
 結構大きい揺れだったけど、いったいどのくらいの被害が出たんだろう……。

「二人とも、荷物は俺が持ちましょうか?」

「このくらい大丈夫よ」

「私も平気です」

 最初の頃に比べたら、ケイドさんの態度ってだいぶ丸くなったね。
 もともと横柄ってほどではなかったけど、自分勝手な行動をしちゃったり、エリートなんだって感じで他人を見下していたようなところはあったから。

「次の現場も俺は手伝いますよ!」

「ケイド君、張り切ってるわね」

 そして、事務所に戻ると次の依頼が来ていた。
 もう一度出て行く準備を進めていると、今度はオーウェンさんが行ってくれるみたい。

「ナターシャとミアはさっきの依頼で疲れてるだろ。報告書の作成もあるし、ここは俺が行ってくるよ。
 ケイド、お前は来てくれるんだったよな? さっき次も行かせてくださいと言ってたもんな」

「あ、はい……」

「行ってらっしゃい、ケイドさん。頑張ってね」

「ケイド君、オーウェンさんからいろいろ学ぶまたとない機会よ!」

「頑張ってきます……」

 急にケイドさんの元気が無くなったような気がするけど、やっぱり疲れてたんじゃないの?
 まぁいいか。本人があれだけやる気出してんだし。

 その日の依頼は終業時刻ギリギリまで続いた。
 王都の方はわからないけど、こちらの被害は思ってたよりは少なくて済んだみたい。
 アパートに帰ると、本が棚から落ちてあちこちに転がり、プランターも倒れていて、小規模だけど被害が出ていた。
 ……うん、片付けるのは明日にしよう。
 ご飯を食べて、その日はとりあえず寝ることにした。
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