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第64話 ハーピィの里

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「あれがハーピィの里か?」
「……ええ」

 執鞭をとるゴブリンは、前方で怪しげに光を放つ森に目を細める。
 漆黒の闇に包まれた大森林において、そこだけが夜空の星を散りばめたようにキラキラと光り輝いているのだ。

「まるでお星さまが落っこちたみたいだ」
「……そうね。とても美しい里だったわ」
「今も十分キレイだぞ」
「遠くから俯瞰する分には、ね」
「近づいたら、汚ぇか?」
「……行けば、わかる。地獄よ」
「地獄……?」

 そういった彼女の目は憎悪の青い炎を燃え上がらせている。こめかみで脈打つ血流に、殺ス、殺ス、殺ス、殺ス、と意識の残響がこだまする。憎しみが頭に沸き返り、猛毒のような殺気立った心がレミィを復讐者へと変えていく。

 家族を、恋人を、友人を殺した冒険者たちを殺したい。それだけが彼女の願いであり、彼女を突き動かしいく。

「気付かれないうちに、手前で降りましょう」
「了解だぞ」

 執鞭をとるゴブリンは巧みに黒翼馬ダークペガサスを操り、森の中へと降り立った。

「ここからは歩いて行きましょう」

 黒翼馬ダークペガサスと荷馬車をその場に放置したまま、レミィはゴブリンたちを引き連れ里へと急いだ。
 ハーピィの里が近付くにつれ、ゴブリンたちの顔が露骨にゆがむ。ものすごく嫌いな食べ物を無理やり口に押しこまれたような顔だ。

「なんだ、このけったいな臭いは?」
「遠くから見たら綺麗だったのに、近付くと臭えぞ」
「生きものの腐った臭いだな」

 冒険者に殺害されたハーピィたちの遺体は埋葬されることなく、見えない場所でゴミのように積み重ねられていた。そこから漂ってくる腐敗臭に、ゴブリンたちは不快感を示していた。

「ここからは慎重に、足下に気を付けて」

 ハーピィの里が目と鼻の先に近付くと、レミィはゴブリンたちにそのように言った。冒険者たちがトラップを仕掛けているのだ。

 里周辺に張り巡らせられた硬鋼線には鈴が取りつけられており、触れると連鎖的に鈴が鳴り響き、冒険者たちに侵入者の存在を知らせるようになっている。

 レミィとゴブリンは硬鋼線に身体が触れないよう慎重に、跨いだり潜ったりしながら前進を続ける。やがて里の入口にたどり着いたゴブリンたちは、囲むように築かれた木の柵に身を隠し、じっと中の様子を窺う。その手には、石で作られた斧や槍が握られていた。

「……なんだよ、こりゃ」

 里の中に目を向けたゴブリンたちは、不快感から顔をしかめる。
 里の巨木、その至るところに瀕死のハーピィたちが磔られているのだ。

「みんな、助けに来たよ」

 サイクロプスさえも簡単に伸してしまったゴブリンならば、きっと里を、みんなを救えるはずだと信じて疑わないレミィだった。

 さあれども、彼女は知らない。
 性に貪欲なゴブリンは欲望のためならば嘘を平気でつき、畏敬の存在である神からも離れようとする。だからこそかの神は、三匹のゴブリンに隷属の呪いをかけたのだ。

 レミィはゴブリンという魔物の性質をまるで理解していなかった。
 ゆえに、悲劇は起こってしまう。


「誰もいねぇな」
「連中は朝から晩まで酒場で飲んだくれてるのよ」

 レミィはとある大樹を指し示し、ゴブリンたちに酒場の場所を教えている。

「わたしはみんなを解放するから、ゴブゾウたちは連中を皆殺しにッ」
「………あぁ! う、うん」
「……?」

 レミィに父や祖父、曽祖父の名で呼ばれたゴブリンたちは一瞬キョトンとした表情になったが、思い出したように返事をする。訝しむハーピィから逃げるように「みんな、行くぞ」ゴブリンたちは一斉に行動を開始する。それに併せてレミィも磔られた仲間たちの元へと羽ばたいた。

「今助けるから」
「レ、ミィ……に、げて」
「大丈夫、とっても強い助っ人を連れてきたから」

 虚ろな目のハーピィにもう安心だと伝えた、その直後だった。

 ―――ヒヒーン!!

 次々と馬が嘶いていく。その鳴き声は里中に響き渡り、森は一瞬にして驚いたような木々のざわめきに包まれた。

「し、静かにしろっ!」

 慌てふためくゴブリンたち。
 一方、巨木に建てられた酒場では、突然の馬たちの嘶きに鬱陶しいと不機嫌な冒険者たちの姿があった。

「おい、てめぇ見てこい!」
「なんで俺なんだよ。クソ面白くもねぇ」

 丸太体型の髭面男が文句を口にしながらも店を出ると、「あァン!?」真っ先に視界に飛び込んできたのは、大木に磔られた仲間を解放しようとするレミィの姿だった。

「な、なんだこりゃ!?」

 次いで手摺から身を乗り出し真下を確認すると、そこには石器を携えた数十匹のゴブリンが馬をなだめていた。

「やべぇ、バレちまったぞ!」

 真上を見上げると毛むくじゃらの男と目が合い、ゴブリンたちはさらにパニックを引き起こす。

「敵だァッ―――! ゴブリンの群れだッ!!」

 夜を突き破るほどの大音声が響き渡れば、店内から武装した冒険者たちがドッと押し寄せてくる。

「―――!?」

 その光景を見ていたレミィは一瞬息が止まり、次の瞬間にはドドドドッ――凄まじい勢いで心臓が脈を打つ。恐怖で震えだす身体を力技で抑え込んだ彼女は、無我夢中でゴブリンたちに叫んでいた。

「殺してッ――その悪魔たちを皆殺しにしてぇええええええええええええ!!!」

 ハーピィの必死の叫びに、冒険者たちは不気味な笑みを浮かべていく。その顔からは非常冷酷な性格がうかがえる。

「何言ってやがんだ、あの鳥はッ」
「ゴブリンみてぇな最弱モンスターが俺たちを殺す……?」

 途端に大爆笑が巻き起こる。

「わ、笑っていられるのも今のうちよ。そこのゴブリンは、ゴブゾウはサイクロプスさえも簡単に倒す実力者なんだから!」
「おいおい、聞いたかよ。ゴブリンがサイクロプスを倒すんだってよ」
「そりゃスゲェ。したら何かぁ? そこのゴブリンは箒にまたがって空でも飛ぶってかぁ? んっでそっちのは巨人族みてぇにデカくなるってか」
「ならあいつは正義の味方にでも変身するのか?」

 傑作だと笑いころげる冒険者たちに、レミィは負けじと声を張り上げる。

「嘘じゃないわ! あんたらなんかゴブゾウが叩き潰しちゃうんだからっ!」
「おもしれぇー」

 ――ドーン!

 丸々と太った巨体が降ってくる。戦斧を携えた髭面の男が巨木から飛び降りたのだ。

「俺が相手をしてやる。俺が一番に見つけたんだからいいだろ、団長ッ!」

 軽装備に身を包んだ男はゴブリンたちを一瞥し、「好きにしろ」興味なさげに口にした。

「腕自慢のゴブリンとやらはどいつだぁ? 是非とも手合わせ願おうじゃねぇか。……ん、どうしたぁ? 今さら怖気づいたか? 糞ゴブリンども」

 ゴブリンたちは身を寄せ合い、どうするか話し合っている。

「あいつ、強いのかな?」
「太ってるから遅そうだし、弱いだろ」
「でもでも、あんなに大きな斧を軽々と持ってるぞ」

 ゴブリンたちは髭面の男を見やり、難しい顔をする。ゴブリンたちの様子に不安を隠せないのはレミィである。

「……大丈夫、よね?」

 ここに来て、レミィはとてつもない不安に襲われていた。

「おらたちはサイクロプスさえ倒したゴブゾウの血を受継いでいるんだから、本気になればあんな人間なんか余裕だって」
「親父も言ってたしな。本気になったらゴブゾウ一族は最強だって」
「だけど、少しおっかねぇからみんなで飛びかかるぞ」

 髭面の人間は一対一だとは言っていなかった。ならば全員で飛びかかってもズルじゃないだろうと判断したゴブリンたちは、巨漢の冒険者に向かって一斉に走り出した。

「「「うらぁあああああああああ!」」」

 一斉に襲い掛かってくるゴブリンを前に、髭面の男はやれやれと首を振り、向かってくるゴブリンの群れに戦斧を構えた。

 それは刹那の出来事であり、あまりに呆気なかった。

 髭面の男は片足を軸にコマのように回ると、戦斧を水平に爛々と回転。

 竜巻と化した男に飛び掛かったゴブリンたちの体躯が、あっという間に細切れとなって吹き飛んでいく。ものの数秒で肉塊と化したゴブリンたちが地面に散らばった。

「……そんな、なんでぇ――――ッ!?」

 青ざめるレミィが状況を理解する間もなく、彼女の足首に鞭が絡みつく。

 ――ゴーンッ!

 地面に叩きつけられた衝撃で息が詰まり、もがき苦しむハーピィに、女は鞭を鳴らす。

「あんた、分かってんだろうね。ぶっ殺してやるよ」

 女が腰から短剣を取り出し、ハーピィに突きつけた、その時――

「待てッ!」

 団長と呼ばれる軽装備の男が、声を張り上げながら巨木から飛び降りた。

「団長?」

 まっすぐハーピィへと歩み寄る男。

「お前、ドガとバズが追ってたハーピィだな?」
「……うぅ」
「毛皮をまとった男と、弓を使う男だ。覚えてるよな?」
「……ゆる、してぇ」
「赦してほしかったら素直に答えろ。誰に助けられた? あんなチンケなゴブリンに助けられた……なんて言わねぇよなッ!」
「――うぐぅッ!?」

 男は躊躇うことなく、蹲るレミィの腹を蹴り上げた。

 恐怖と痛みで頭がおかしくなってしまいそうになる中、レミィはただひたすら後悔していた。

 なぜ最弱のゴブリンが強いと信じてしまったのだろう。あのままあの村で、ウゥルカーヌスという神に保護してもらっていれば良かった。

 後悔したところで時間は戻らない。

「よし、てめぇら、何しても構わねぇ。全部吐くまでスペシャルな拷問を味あわせてやんな。人間様をなめるとどうなるか教えてやるよ。魔物ゴミ虫どもがッ」

 男の声に合わせて、冒険者たちが野蛮な雄叫びを響かせた。
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