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第56話 鮮血の夜

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「な、なんでお前がこんなところにいるんだよ!?」

 突然のガウェインの登場に驚きを隠せない。

「今夜はムラムッ……寝苦しくて眠れなったので夜風を浴びようと村を歩いていたところ、ウゥルカーヌスとダークエルフの姫がどこかに行くのが見えたので、つい追ってきてしまった。けっ、決して二人が森の中でいいっ、いやらしいことをするのを覗き見ようなど思っていたわけではない! オ、オレは純粋に夜更けに森に入った二人を心配してっ!」
「わかった、わかったから一旦落ち着け!」

 興奮しすぎて早口になっていくガウェインの肩が上下に揺れる。疚しい事実を隠そうとすればするほど、この男はボロを出す。本当に不器用なやつだ。

 なによりガウェインがムラムラしていて、俺とクレアのスケベなプレイを覗きたかった気持ちはよく分かった。本来ならば神の鉄拳制裁を加えてやりたいところだが、村で唯一禁欲生活を送る同志を責める気にはなれなかった。

「ガウェイン、あいつを殺せッ! 絶対に生かしてこの場から逃してはならん!」
「神、ウゥルカーヌスよ。生け捕りではなく、殺すのか?」
「やつは災いの神と通じている。放置すればアーサー村のみんなが、アネモネが死ぬことになる」
「――なっ!? 承知した」

 嘘は言っていない。
 実際にトリートーンはアーサー村の者たちからすれば、災い以外の何者でもない。
 領地を賭けた神々の戦いゴッドゲームに敗北すれば、良くて敵国の捕虜。もしくは奴隷に逆戻り。最悪戦死もあり得る。

 今此奴らを見逃せば、確実にトリートーンに俺の拠点地がバレてしまう。
 戦力が整うまでは地の利を活かし、隠れながら力を蓄える。

「神……ウゥルカーヌス、だと?」

 ガウェインの言の葉に過敏に反応する盗賊スタイルの男が、驚きに目をひん剥いた。ゆっくり俺に顔を向ける男。

「お前が、そうか。こんな場所に隠れて居たのか! ヒッヒヒ――グハハハハハッ」

 男は金脈でも掘り当てたかのように大笑い。喜びを抑えきれずに仲間の男に声を張り上げた。

「おい、ドガの旦那ッ! 当たりだ。神トリートーンが莫大な報奨金をかけている糞神は、こいつだ」
「なっ、マジかよ!」

 クレアから距離を取るように大きく跳躍した男も、すかさずこちらに汚い顔を向けてくる。

「まさかこんな糞みたいな場所に本当に10億が転がってるとはな。団長の勘も捨てたもんじゃねぇな」
「ぶち殺して生首持って帰れば更に10億だったよな? どうだドガの旦那。どうだい? 俺たち二人でこいつをぶち殺して山分けといかないか?」
「そりゃいいぜ。団長に報告しても俺たちの取り分はどうせ1億もねぇ」
「俺とドガの旦那で10億ずつ、一生遊んで暮らせるってもんだ」

 下卑た笑い方に嫌悪感を覚えるのは俺だけではない。婚約者である俺を殺すと眼前で宣言する男に、クレアは音を立てるほど拳を握りしめる。

 一方のガウェインも、信仰する神を冒涜された怒りから、長剣を握りしめる手に力が入っていく。

「ガウェイン! そっちのふざけた男はあんたが殺しなさい。こっちのはあたしが叩き殺すから」
「了解した、ダークエルフの姫よ」

 跳ねるように地面を蹴りつけたガウェインが、前屈みの体勢から剣を振り抜いた。

 ぶんっ!

 下方から上方に振り抜かれた刃が空気を切り裂く。あまりの速度に驚いた男が臀部を打ちつける。

「くっ、マジかよこのガキッ!」

 ガウェインを人間だと思って油断していたとでも言いたげに、男は弓を捨てて腰から短剣を引き抜いた。

「なめんじゃねぇッ―――」

 立ち上がると同時に短剣を横薙ぎに振り抜く男だが、ガウェインは地面にへばりつくような動きでそれを回避。

「――マジかッ!?」
「終わりだ、雑魚めッ」

 ガウェインは大きく横に構えた剣身を、斜めに上に向かって一気に振り抜く。

 ――斬ッ!

 鋭い音を響かせた男の体躯が三分割に切り刻まれる。下半身、胴体、首。見事な《Z》斬りである。

 青臭い緑の臭いが立ち込めていたこの場が、またたく間に生臭い血の臭いに塗り替えられていく。

 やはりこの元少年兵を村に招いたのは正解だった。俺の武具を与えていない状態で冒険者を圧倒する強さ。なにより人を殺すことに躊躇いがない。

 ウリエルが絶賛するわけだ。

「どうかしたか? 神、ウゥルカーヌスよ」
「いや、さすがだなと思ってな」
「この程度の雑魚、どうということもない。それよりも、ダークエルフの姫は?」
「そっちなら問題ない。ほら」

 下顎をクレアの方へと示す。
 黒いセーラー服のギャルは、湾曲刀シャムシールを構える男に背を向けている。男は仁王立ちのまま微動だにしない。
 一陣の風が銀灰色の髪を夜に流せば、男の身体が後ろに傾いた。

 ――ドンッ!?

 仰向けのまま倒れる男。彼の胸には大きな穴が空いている。振り返り軽蔑の眼差しを向ける勝ち気なギャルの手には、グロデスクな心臓が握られていた。

「あたしの前で、ウゥルカーヌスの悪口言うんじゃないわよ。殺すわよ」

 握りつぶした心臓を男に投げつける。一層生臭さは増していく。
 殺したあとに殺すと忠告する彼女は、まさに悪魔的だった。

「見事な抜き、だな」
「当たり前でしょ! あたしを誰だと思ってんのよ。こんなのに遅れを取っていたら、あとで夜の妖精王ママに何言われるか分かったもんじゃないわよ」

 ふんっと髪を振り払う高飛車な態度のクレアが、俺を認めると笑顔で駆け寄ってくる。こういうところは本当に可愛い。

「恐るべきダークエルフ一族、だな」

 苦笑するガウェインの気持ちも分からなくはない。

「――あの、ゔぅっ……」
「あっ、無理に動こうとするな」

 すっかりハーピィの存在を忘れていた。
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