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136・アジアカップ 2 ラウンド8 vs中国 The Melancholy of Liú Cāo
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ベスト8で日本は中華人民共和国と戦うことになった。
中国はそのサッカーリーグに問題を抱えている。
一貫性のない審判の判定、ずさんなガバナンス、疫病で大打撃を受けサッカー界に直撃した経営問題。
その中でも、ひとりっ子政策による、子供の『小皇帝化』。
過保護に育てられた子供が、犠牲的精神や協調性を欠如し、自己中心的な性格をしているため、決定的にチームスポーツに向かない。
また、そのレベルの割に高い給料を支払われるため、国内の選手が海外へと向かおうとしない。
そのため、欧州のスカウトはわざわざ中国へと足を運ぶことがなくなり、欧州移籍は夢のまた夢となる悪い循環が続いている。
中国のエース、二十歳の劉操はそれを苦々しげに眺めている。
元々、ひとりっ子政策は人口抑制と言うより、それによる罰金を目当てに作られた節がある。
豊かな家に生まれ、4人兄弟の末っ子として育った彼は、他のプレーヤーとは一線を画し、中国でただひとり欧州へと渡った海外組であった。
前回のワールドカップ予選にて、中国国内で日本代表と戦ったとき、衝撃を受けたことがある。
中国のチームメートは全員、国内線の飛行機に乗るのに対し、日本代表はそのほぼ全員が日本に帰国せず、欧州行の国際線に搭乗したことだ。
『日本との差は、20年や30年では測れない!』
自分の肌そのもので焦燥を自覚した。
それによって、周りに対する意識も変わってくる。
試合が始まると、劉操はいらだちを覚えた。
ウイングを助けるために、ときどきしか走らないサイドバック。
そのオーバーラップした後をカバーもしないボランチ。
エースである劉操に対して、ボールが廻ってくることはない。
(シュート0で終わるのでは?)
ワールドカップのアジア枠は8.5に増えた。
それでも中国が本戦に出場するには難しいところがある。
このアジアカップでも、ベスト8になったというのは、その本来の実力からは僥倖の一種であるとさえ言える。
日本代表のアンカー、器楽堂ロドリゴは奮闘している。
お金目当てに海外へと渡った。
そのときに声をかけてくれたのが、岡山と中国だった。
正直、金払いなら中国の方が良い。
だけれども、なぜか自分は日本を選んだ。
魂が呼び寄せたのだ、と今なら言えるかもしれない。
日本国籍を取った。
だが、ブラジルという国は、基本的に国籍を放棄することを認めていない。
他国の国籍を取っても、基軸がブラジル人であることは辞められない。
そういうわけで、彼は今、日本とブラジルの二重国籍であった。
(日本に来ることが遅すぎた)
器楽堂は今やそう思っている。
もっと早く日本に来ていれば。もっと早くあの兄弟に出会っていれば。もっと早く日本国籍を取れば。
自分の魂の色は、カナリア・イエローからジャパン・ブルーに一分一秒でも早く染まっていたことだろう。
自分の選択の遅さを、今では後悔している。
だけれども、この結果に辿り着けて充分に満足している自分もいるのだ。
器楽堂と劉操のマッチアップが続く。
前者は欧州で活躍できる実力があるかもしれないし、後者は二部リーグだが、実際に渡欧している。
その対峙は拮抗していた。
劉操がようやく三度目のボールタッチを行えた。
だが、激しくプレスをかける器楽堂。
劉操は、パスの受け手を探すが、ヘルプに来ている味方はいない。
またもや苛つく劉操。
(もう、味方を信じることはできない!)
強引に突破を図る劉操。
器楽堂ロドリゴはそれを先回りしたかのように、カットし、最前線へと繋げた。
『器楽堂ロドリゴにお誂え向きのゲーム』
後世、そういわれるであろう試合が行われている。
器楽堂はすべてをカバーしている。
劉操だけではない。敵のウイングも、サイドハーフも、サイドバックも。
その驚異的な運動量で、中国の攻撃の目を全て摘み取っている。
日本の守備的MFの最高峰。
そう言われるであろう活躍をしている。
これまた苛立った中国のディフェンダーが、競り合うふりをして、真吾に膝蹴りを入れた。
ファウルは取られたが、カードは黄色も赤もどちらも出ない。
「やってくれるじゃねえか……」
向島家の長男は、そのプライドを刺激された。
器楽堂に対して、指でピストルを撃つ真似をしたのだ。
それは、
『ヨーイ、ドン! をするから、裏へボールを出せ!』との合図。
中国としては、劉操にボールを廻すしか打開能力はない。
しかしそれも器楽堂に対しては通じない。
劉操にボールが出され、それを器楽堂がカットして、最前線へと放り込む。
そしてアジア最強というレベルでは測りきれなくなった向島真吾がゴールへと叩き込む。
同じパターンが何度も続き、中東まで遠征してきた中国の富裕層からは罵声が飛び交っている。
(ツケなんだよ、これは……)
劉操はそう思った。
中国がワールドカップに出場したのは2002年のみ。
しかし、2002といえば、日韓ワールドカップであり、アジアの強豪の日本と韓国が予選を免除されていた。
それで初出場を果たした中国。
1得点も挙げられないまま敗退し、対戦したブラジルの選手からはユニフォーム交換を断られたこともある。
(そのときの屈辱をバネにして、伸びるべきだったのに……)
金はかけた、スタジアムも作った、リーグも超級というものが新設された。
だが、それだけでは覆しようのない差が、日本との間にはある。
(それはパッションの差、なのか?)
わからない。サッカーに対する情熱ならば、この劉操も日本人に負けているとは思わない。
そのときだった。
向島大吾が、この試合初めてドリブル突破を開始したのは。
無駄のないボディ・シェイプ。
幻惑するフェイント。
そこから繰り出される、マイナスのキラーパス。
(マイナス……だと?)
そこにはオーバーラップしていた器楽堂がいて、中国のゴールネットへとボールを蹴り込むではないか!
(自分をマークしていた相手が、もうあんなところに……)
失点に次ぐ失点。だけれども、一太刀浴びせなくては気が済まないし、これからの中国サッカー界を引っ張っていく資格がない。
劉操は日本のオフサイドラインに張り付いて、ウォーク、ジョグ、ダッシュ、そして蜘蛛の動きで裏を取ろうとする。
しかし、日本のディフェンス陣は強力で、それを跳ね返せそうにもないのが現実だ。
クロスが上がった。
著しく精度を欠いたそれは、頭の上を越えていきそうであったが、無理矢理なボディ・コントロールでヒットさせようとする。
だが、199cmの巨人、瀬棚勇也によって跳ね返される。
跳躍する量が少ないだけ、劉操は素早く着地して、ボールへと辿り着いた。
(せめて、1点を……)
劉操は、ブロックが固められた日本ディフェンスの前方でロングシュートを放とうとした。
この位置からだと無謀としか言いようがないかもしれない。
(しかしながら、アジア最強の日本からゴールを奪うにはこれしかない!)
右足を振り上げた瞬間。
その隙を狙って、日系ブラジル人、器楽堂ロドリゴがボールを奪い去った。
そして左サイドの向島大吾へと渡す。
瞬間湯沸かし器とはこのことだろう。
劉操はそれまで温厚だったのが、人変わりしたかのように、後から跳び蹴りを蒼の14番に食らわしていた。
もう6-0。それなのに無慈悲に日本は攻めようとする。いくらなんでもやり過ぎだ!
同時に何と言うことをしてしまったのだろう、と後悔が胸の内を襲ってくる。
応戦しようとする器楽堂を、葛城が羽交い締めにして止めにかかった。
そして、鍵井が大吾に向かって走ってやって来る。
「これがアジアの難しさだ。勝ち方が求められる。サポーターは当然、日本はアジアでは敵がいないと思っている。対戦相手も一部を除いて同様だろうな。勝ちすぎたら、その報復が来る。それを頭に入れておけ」
日本は7-0で準決勝に進出した。
中国が放ったシュートはゼロであった。
事前に鍵井大輔に注意されていたからだろうか。
大吾は腕を振り上げて観客を煽る。
それに連れられて、日本の応援団だけでなく、中国側を応援に来た観客でさえ、ムコウジマダイゴの煽りに応えている。
「ああ、これが……」
サッカーの神様に愛されていることなのだ。
劉操はそう思った。
一方的に熱情をひけらかしても、彼女は応えてくれない。
ボールには感情があるのかもしれない。
そうとまで思ってしまった。
自分が引退するまで、あと15年程度だろうか。
その間に、日本に追いつくこと。
そして、向島大吾を越えること。
無茶に思えるかもしれない。
だけれども、それが自分の瞬間的な情熱なのだ。
目標は高ければ高いほど良い。
それを越えたとき、中国はサッカーの国になるやもしれない
劉操。二十歳の決意であった。
中国はそのサッカーリーグに問題を抱えている。
一貫性のない審判の判定、ずさんなガバナンス、疫病で大打撃を受けサッカー界に直撃した経営問題。
その中でも、ひとりっ子政策による、子供の『小皇帝化』。
過保護に育てられた子供が、犠牲的精神や協調性を欠如し、自己中心的な性格をしているため、決定的にチームスポーツに向かない。
また、そのレベルの割に高い給料を支払われるため、国内の選手が海外へと向かおうとしない。
そのため、欧州のスカウトはわざわざ中国へと足を運ぶことがなくなり、欧州移籍は夢のまた夢となる悪い循環が続いている。
中国のエース、二十歳の劉操はそれを苦々しげに眺めている。
元々、ひとりっ子政策は人口抑制と言うより、それによる罰金を目当てに作られた節がある。
豊かな家に生まれ、4人兄弟の末っ子として育った彼は、他のプレーヤーとは一線を画し、中国でただひとり欧州へと渡った海外組であった。
前回のワールドカップ予選にて、中国国内で日本代表と戦ったとき、衝撃を受けたことがある。
中国のチームメートは全員、国内線の飛行機に乗るのに対し、日本代表はそのほぼ全員が日本に帰国せず、欧州行の国際線に搭乗したことだ。
『日本との差は、20年や30年では測れない!』
自分の肌そのもので焦燥を自覚した。
それによって、周りに対する意識も変わってくる。
試合が始まると、劉操はいらだちを覚えた。
ウイングを助けるために、ときどきしか走らないサイドバック。
そのオーバーラップした後をカバーもしないボランチ。
エースである劉操に対して、ボールが廻ってくることはない。
(シュート0で終わるのでは?)
ワールドカップのアジア枠は8.5に増えた。
それでも中国が本戦に出場するには難しいところがある。
このアジアカップでも、ベスト8になったというのは、その本来の実力からは僥倖の一種であるとさえ言える。
日本代表のアンカー、器楽堂ロドリゴは奮闘している。
お金目当てに海外へと渡った。
そのときに声をかけてくれたのが、岡山と中国だった。
正直、金払いなら中国の方が良い。
だけれども、なぜか自分は日本を選んだ。
魂が呼び寄せたのだ、と今なら言えるかもしれない。
日本国籍を取った。
だが、ブラジルという国は、基本的に国籍を放棄することを認めていない。
他国の国籍を取っても、基軸がブラジル人であることは辞められない。
そういうわけで、彼は今、日本とブラジルの二重国籍であった。
(日本に来ることが遅すぎた)
器楽堂は今やそう思っている。
もっと早く日本に来ていれば。もっと早くあの兄弟に出会っていれば。もっと早く日本国籍を取れば。
自分の魂の色は、カナリア・イエローからジャパン・ブルーに一分一秒でも早く染まっていたことだろう。
自分の選択の遅さを、今では後悔している。
だけれども、この結果に辿り着けて充分に満足している自分もいるのだ。
器楽堂と劉操のマッチアップが続く。
前者は欧州で活躍できる実力があるかもしれないし、後者は二部リーグだが、実際に渡欧している。
その対峙は拮抗していた。
劉操がようやく三度目のボールタッチを行えた。
だが、激しくプレスをかける器楽堂。
劉操は、パスの受け手を探すが、ヘルプに来ている味方はいない。
またもや苛つく劉操。
(もう、味方を信じることはできない!)
強引に突破を図る劉操。
器楽堂ロドリゴはそれを先回りしたかのように、カットし、最前線へと繋げた。
『器楽堂ロドリゴにお誂え向きのゲーム』
後世、そういわれるであろう試合が行われている。
器楽堂はすべてをカバーしている。
劉操だけではない。敵のウイングも、サイドハーフも、サイドバックも。
その驚異的な運動量で、中国の攻撃の目を全て摘み取っている。
日本の守備的MFの最高峰。
そう言われるであろう活躍をしている。
これまた苛立った中国のディフェンダーが、競り合うふりをして、真吾に膝蹴りを入れた。
ファウルは取られたが、カードは黄色も赤もどちらも出ない。
「やってくれるじゃねえか……」
向島家の長男は、そのプライドを刺激された。
器楽堂に対して、指でピストルを撃つ真似をしたのだ。
それは、
『ヨーイ、ドン! をするから、裏へボールを出せ!』との合図。
中国としては、劉操にボールを廻すしか打開能力はない。
しかしそれも器楽堂に対しては通じない。
劉操にボールが出され、それを器楽堂がカットして、最前線へと放り込む。
そしてアジア最強というレベルでは測りきれなくなった向島真吾がゴールへと叩き込む。
同じパターンが何度も続き、中東まで遠征してきた中国の富裕層からは罵声が飛び交っている。
(ツケなんだよ、これは……)
劉操はそう思った。
中国がワールドカップに出場したのは2002年のみ。
しかし、2002といえば、日韓ワールドカップであり、アジアの強豪の日本と韓国が予選を免除されていた。
それで初出場を果たした中国。
1得点も挙げられないまま敗退し、対戦したブラジルの選手からはユニフォーム交換を断られたこともある。
(そのときの屈辱をバネにして、伸びるべきだったのに……)
金はかけた、スタジアムも作った、リーグも超級というものが新設された。
だが、それだけでは覆しようのない差が、日本との間にはある。
(それはパッションの差、なのか?)
わからない。サッカーに対する情熱ならば、この劉操も日本人に負けているとは思わない。
そのときだった。
向島大吾が、この試合初めてドリブル突破を開始したのは。
無駄のないボディ・シェイプ。
幻惑するフェイント。
そこから繰り出される、マイナスのキラーパス。
(マイナス……だと?)
そこにはオーバーラップしていた器楽堂がいて、中国のゴールネットへとボールを蹴り込むではないか!
(自分をマークしていた相手が、もうあんなところに……)
失点に次ぐ失点。だけれども、一太刀浴びせなくては気が済まないし、これからの中国サッカー界を引っ張っていく資格がない。
劉操は日本のオフサイドラインに張り付いて、ウォーク、ジョグ、ダッシュ、そして蜘蛛の動きで裏を取ろうとする。
しかし、日本のディフェンス陣は強力で、それを跳ね返せそうにもないのが現実だ。
クロスが上がった。
著しく精度を欠いたそれは、頭の上を越えていきそうであったが、無理矢理なボディ・コントロールでヒットさせようとする。
だが、199cmの巨人、瀬棚勇也によって跳ね返される。
跳躍する量が少ないだけ、劉操は素早く着地して、ボールへと辿り着いた。
(せめて、1点を……)
劉操は、ブロックが固められた日本ディフェンスの前方でロングシュートを放とうとした。
この位置からだと無謀としか言いようがないかもしれない。
(しかしながら、アジア最強の日本からゴールを奪うにはこれしかない!)
右足を振り上げた瞬間。
その隙を狙って、日系ブラジル人、器楽堂ロドリゴがボールを奪い去った。
そして左サイドの向島大吾へと渡す。
瞬間湯沸かし器とはこのことだろう。
劉操はそれまで温厚だったのが、人変わりしたかのように、後から跳び蹴りを蒼の14番に食らわしていた。
もう6-0。それなのに無慈悲に日本は攻めようとする。いくらなんでもやり過ぎだ!
同時に何と言うことをしてしまったのだろう、と後悔が胸の内を襲ってくる。
応戦しようとする器楽堂を、葛城が羽交い締めにして止めにかかった。
そして、鍵井が大吾に向かって走ってやって来る。
「これがアジアの難しさだ。勝ち方が求められる。サポーターは当然、日本はアジアでは敵がいないと思っている。対戦相手も一部を除いて同様だろうな。勝ちすぎたら、その報復が来る。それを頭に入れておけ」
日本は7-0で準決勝に進出した。
中国が放ったシュートはゼロであった。
事前に鍵井大輔に注意されていたからだろうか。
大吾は腕を振り上げて観客を煽る。
それに連れられて、日本の応援団だけでなく、中国側を応援に来た観客でさえ、ムコウジマダイゴの煽りに応えている。
「ああ、これが……」
サッカーの神様に愛されていることなのだ。
劉操はそう思った。
一方的に熱情をひけらかしても、彼女は応えてくれない。
ボールには感情があるのかもしれない。
そうとまで思ってしまった。
自分が引退するまで、あと15年程度だろうか。
その間に、日本に追いつくこと。
そして、向島大吾を越えること。
無茶に思えるかもしれない。
だけれども、それが自分の瞬間的な情熱なのだ。
目標は高ければ高いほど良い。
それを越えたとき、中国はサッカーの国になるやもしれない
劉操。二十歳の決意であった。
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