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Part3 The year of 2000
Chapter_12.蜜月の日々(5)悔悛
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At Los Angeles; December 2, from 6:30AM to 8:00AM PST, 2000.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
翌日、多恵子は高熱を出した。
「熱い、体が、だるい……」
体の不調を訴える彼女の姿に僕は愕然となった。すごい汗だ。僕は飛び起きると、タンスの引き出しから着替えとフェイスタオルを取り出した。
「早くこのタオルで、汗拭いて、これ着て。俺のパジャマだけど」
「えー?」
多恵子はゼーゼー荒い息をしながら、不満そうに口を尖らせた。
「でないと、ひどくなるだろ? ほら、早く」
彼女の体を起こそうと、手を貸そうとした時だ。
「あんまり、じろじろ見ないで」
僕は半ば呆れ、恥ずかしがる彼女の顔を一瞥した。
「多恵子。俺たち、他人か?」
「そりゃ、昨夜は暗かったから」
まだ不満そうに頬を膨らませる彼女を、僕は叱った。
「医者の言うことは聞きなさい! ほら!」
多恵子はしぶしぶ僕の言うことに従った。僕は彼女の体を起こし、タオルで多恵子の背中を拭いてやり、パジャマを着せた。
沖縄気象台の発表によると二〇〇〇年十二月一日の最高気温はなんと二十六度、最低気温も十八度あった。だが同じ十二月一日、日付変更線を越えて多恵子が到着したロサンゼルスは最高気温でさえ沖縄よりも低い十七℃、最低気温に至っては、わずか八℃しかなかったのだ。
十度も気温差のある場所から長時間飛行機を乗り継いできた疲れに加え、車で一日中ロサンゼルス中を連れ回された挙句、初体験のおまけつきだ。体調を崩して当然だろう。
重いホームシックに苦しんだ翌日、思いがけず大好きな彼女がここまで飛んできて、喜びのあまり僕は有頂天になりすぎたのだ。今更ながら自分の行動を悔やんだが、後の祭りだった。
氷を洗面器に入れ、水を注ぐ。中にタオルを入れて絞り、それを多恵子の頭に載せてやる。
「冷たくて気持ちいい」
僕は多恵子の口に体温計を入れ、脈を取り、胸に聴診器を当てた。心音に異常は見られないが、心拍数が少し早い。僕はイアピースを耳から外した。
「ごめんな。もうちょっと俺が気をつけるんだった。大丈夫か?」
申し訳なく思い、僕は多恵子の頭を撫でた。多恵子は自分で口から体温計を抜き取りながら言った。
「うん。休めば良くなると思う」
僕は彼女の手から体温計をひったくった。その体温計はサザンの独身寮から持ってきた母親のもので、華氏の目盛りが振られている。水銀が示した彼女の体温に、僕は驚きを隠せなかった。
“102.5F°……”
間髪をいれず、多恵子が荒い息の下で答えた。
「摂氏三十九度二分」
さすがサザンの現役看護師。彼女のプロ意識に脱帽しならがも、僕は立ち上がって冷蔵庫へ向かった。なにか水分を取らせてやらなければ。冷蔵庫を開け、オレンジジュースをグラスに注いだ。
「オレンジだよ。飲んで」
多恵子の体を起こしてやり、グラスを渡す。
「うん。おいしい。ありがとう」
礼を言う多恵子の目が虚ろだ。早く寝かせてやらなくては。
「よし。さ、横になって」
「……勉?」
すると多恵子はグラスをかざしながら、僕に力なく問いかけたのだ。
「あたしで何人目なの?」
「なんで、そんな事、聞くんだ」
グラスを奪い取って背中を向けた僕の言葉をさえぎり、彼女は叫んだ。
「答えて! 今まで、何人の女の人に、同じ事、したの?」
僕は肩を落とし、うなだれた。
ホスト時代に取った一つ一つの行動への罪悪感が、僕の中に渦巻く。思わず両耳を塞ぎ、僕はその場に崩れるようにうずくまった。
許してくれ。あの頃の僕は、僕じゃないんだ。
僕はちゃんと反省し、あの世界から足を洗って、医者になった。
もう、同じ轍を踏んだりはしない。二度と、踏むものか!
僕はよろよろと起き上がり、彼女へ向き直った。
「いつか、全部話す。でも、今は休んで。何も考えずに眠って。いい?」
「……うん」
多恵子は頷いた。彼女が横になるのを手助けしてやる。よし、いい子だ。
「俺、プール行ってくる。これ以上、多恵子に太ったって言われるの、イヤだからな?」
僕は立ち上がると、努めて明るい声を出した。
「冷蔵庫にジュースの残りとヨーグルトがあるけど、これだけじゃ、なんだから、帰りに何か買ってきてやるよ。あと、そうだな、もしヒマになったら、そっちのDVDとか、適当に見ていいよ。使い方わかるよな?」
「ん、たぶん」
僕はもう一度タオルを氷水にくぐらせ、多恵子の額に乗せなおした。
「ゆっくりおやすみ。行ってくる」
彼女の顔を覗き込み、頭を撫でた。
「おやすみなさい」
多恵子が目を閉じるのを確認して、僕は玄関の鍵を下ろした。
Westwood周辺にはいくつかのジムが格安の値段で営業している。受付を終え、ロッカールームに駆け込むと、僕は水着姿になってプールサイドへ飛び出した。
軽く全身をほぐし、飛び込む。クロールのバタ足を使い、両手をかいて泳ぎだす。
僕は、打ちのめされていた。
昨夜、ようやく念願の恋人になれたというのに、まさか今朝になって多恵子が過去のことを尋ねてくるなんて。多恵子が僕の過去を気にして、開いてくれていた心を閉ざしてしまうなんて。
僕自身はフィッシュに手痛く振られてから六年もの間、女性とは全く無関係で過ごしてきた。男の側の都合のいい論理だけど、僕のカウンタはリセットされ昨日までずっとゼロの状態だったのだ。
プールの壁が見えてきた。ターンをして壁を力強く蹴る。バチャンと音を立て、水しぶきが上がる。
体を押す推進力が落ちた地点で、水面から顔を上げ、息継ぎをし、腕をかく。
怖かった。そして、悲しくなった。
僕が正直に話したところで、多恵子は許してくれるだろうか。
懺悔して許してもらえるなら、いくらでもするさ。でも、もし許してくれなかったら?
僕は50メートルのターンを切った。
午後からはlong勤務に入らなくちゃいけない。勤務に戻るまでに、どうにかして、もう一度、彼女の笑顔が見たい。
手足の動きを早めながら、僕は祈り続けた。
どうか、彼女が僕を許してくれますように。どうか、もう一度、とびきりの笑顔で僕を受け入れてくれますように、と。((6)へつづく)
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
翌日、多恵子は高熱を出した。
「熱い、体が、だるい……」
体の不調を訴える彼女の姿に僕は愕然となった。すごい汗だ。僕は飛び起きると、タンスの引き出しから着替えとフェイスタオルを取り出した。
「早くこのタオルで、汗拭いて、これ着て。俺のパジャマだけど」
「えー?」
多恵子はゼーゼー荒い息をしながら、不満そうに口を尖らせた。
「でないと、ひどくなるだろ? ほら、早く」
彼女の体を起こそうと、手を貸そうとした時だ。
「あんまり、じろじろ見ないで」
僕は半ば呆れ、恥ずかしがる彼女の顔を一瞥した。
「多恵子。俺たち、他人か?」
「そりゃ、昨夜は暗かったから」
まだ不満そうに頬を膨らませる彼女を、僕は叱った。
「医者の言うことは聞きなさい! ほら!」
多恵子はしぶしぶ僕の言うことに従った。僕は彼女の体を起こし、タオルで多恵子の背中を拭いてやり、パジャマを着せた。
沖縄気象台の発表によると二〇〇〇年十二月一日の最高気温はなんと二十六度、最低気温も十八度あった。だが同じ十二月一日、日付変更線を越えて多恵子が到着したロサンゼルスは最高気温でさえ沖縄よりも低い十七℃、最低気温に至っては、わずか八℃しかなかったのだ。
十度も気温差のある場所から長時間飛行機を乗り継いできた疲れに加え、車で一日中ロサンゼルス中を連れ回された挙句、初体験のおまけつきだ。体調を崩して当然だろう。
重いホームシックに苦しんだ翌日、思いがけず大好きな彼女がここまで飛んできて、喜びのあまり僕は有頂天になりすぎたのだ。今更ながら自分の行動を悔やんだが、後の祭りだった。
氷を洗面器に入れ、水を注ぐ。中にタオルを入れて絞り、それを多恵子の頭に載せてやる。
「冷たくて気持ちいい」
僕は多恵子の口に体温計を入れ、脈を取り、胸に聴診器を当てた。心音に異常は見られないが、心拍数が少し早い。僕はイアピースを耳から外した。
「ごめんな。もうちょっと俺が気をつけるんだった。大丈夫か?」
申し訳なく思い、僕は多恵子の頭を撫でた。多恵子は自分で口から体温計を抜き取りながら言った。
「うん。休めば良くなると思う」
僕は彼女の手から体温計をひったくった。その体温計はサザンの独身寮から持ってきた母親のもので、華氏の目盛りが振られている。水銀が示した彼女の体温に、僕は驚きを隠せなかった。
“102.5F°……”
間髪をいれず、多恵子が荒い息の下で答えた。
「摂氏三十九度二分」
さすがサザンの現役看護師。彼女のプロ意識に脱帽しならがも、僕は立ち上がって冷蔵庫へ向かった。なにか水分を取らせてやらなければ。冷蔵庫を開け、オレンジジュースをグラスに注いだ。
「オレンジだよ。飲んで」
多恵子の体を起こしてやり、グラスを渡す。
「うん。おいしい。ありがとう」
礼を言う多恵子の目が虚ろだ。早く寝かせてやらなくては。
「よし。さ、横になって」
「……勉?」
すると多恵子はグラスをかざしながら、僕に力なく問いかけたのだ。
「あたしで何人目なの?」
「なんで、そんな事、聞くんだ」
グラスを奪い取って背中を向けた僕の言葉をさえぎり、彼女は叫んだ。
「答えて! 今まで、何人の女の人に、同じ事、したの?」
僕は肩を落とし、うなだれた。
ホスト時代に取った一つ一つの行動への罪悪感が、僕の中に渦巻く。思わず両耳を塞ぎ、僕はその場に崩れるようにうずくまった。
許してくれ。あの頃の僕は、僕じゃないんだ。
僕はちゃんと反省し、あの世界から足を洗って、医者になった。
もう、同じ轍を踏んだりはしない。二度と、踏むものか!
僕はよろよろと起き上がり、彼女へ向き直った。
「いつか、全部話す。でも、今は休んで。何も考えずに眠って。いい?」
「……うん」
多恵子は頷いた。彼女が横になるのを手助けしてやる。よし、いい子だ。
「俺、プール行ってくる。これ以上、多恵子に太ったって言われるの、イヤだからな?」
僕は立ち上がると、努めて明るい声を出した。
「冷蔵庫にジュースの残りとヨーグルトがあるけど、これだけじゃ、なんだから、帰りに何か買ってきてやるよ。あと、そうだな、もしヒマになったら、そっちのDVDとか、適当に見ていいよ。使い方わかるよな?」
「ん、たぶん」
僕はもう一度タオルを氷水にくぐらせ、多恵子の額に乗せなおした。
「ゆっくりおやすみ。行ってくる」
彼女の顔を覗き込み、頭を撫でた。
「おやすみなさい」
多恵子が目を閉じるのを確認して、僕は玄関の鍵を下ろした。
Westwood周辺にはいくつかのジムが格安の値段で営業している。受付を終え、ロッカールームに駆け込むと、僕は水着姿になってプールサイドへ飛び出した。
軽く全身をほぐし、飛び込む。クロールのバタ足を使い、両手をかいて泳ぎだす。
僕は、打ちのめされていた。
昨夜、ようやく念願の恋人になれたというのに、まさか今朝になって多恵子が過去のことを尋ねてくるなんて。多恵子が僕の過去を気にして、開いてくれていた心を閉ざしてしまうなんて。
僕自身はフィッシュに手痛く振られてから六年もの間、女性とは全く無関係で過ごしてきた。男の側の都合のいい論理だけど、僕のカウンタはリセットされ昨日までずっとゼロの状態だったのだ。
プールの壁が見えてきた。ターンをして壁を力強く蹴る。バチャンと音を立て、水しぶきが上がる。
体を押す推進力が落ちた地点で、水面から顔を上げ、息継ぎをし、腕をかく。
怖かった。そして、悲しくなった。
僕が正直に話したところで、多恵子は許してくれるだろうか。
懺悔して許してもらえるなら、いくらでもするさ。でも、もし許してくれなかったら?
僕は50メートルのターンを切った。
午後からはlong勤務に入らなくちゃいけない。勤務に戻るまでに、どうにかして、もう一度、彼女の笑顔が見たい。
手足の動きを早めながら、僕は祈り続けた。
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