サザン・ホスピタル byうるかみるく

くるみあるく

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Part3 The year of 2000

Chapter_10.Dr. Uemaの悲惨な一日 L.A.編(4)勉、酔っ払いを介抱する~とんだご褒美

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At Westwood, Los Angeles, California; November 23, from 7:57PM to 10:10PM PST, 2000.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
この章は下品な表現を一部含んでいます。お食事前の方はご注意ください。

フランク、アル、ロイを順々に家へ送って、自分のアパートにたどり着く。駐車場に車を入れて気がついた。俺、ロクなの食ってないぜ。
食べれるうちに食べておく、それが外科医の鉄則だ。僕はそのままWestwoodにある、とあるパブへと歩き出した。

手軽に食事を取るなら、一般的なパブで出る軽食類でも十分腹が膨れる。アメリカの本場のハンバーガーはボリュームの割には安く、しかも理屈ぬきで美味い。そして、たいていポテトフライとかサラダがついてくる場合が多い。
僕はカウンターに席を取った。今日はいろいろあったからビールでも取ってみようかな。ここはアイリッシュ系パブだから、ブラックビールがおススメだってさ。じゃ、それ、お願いします。

さて、ビールが運ばれてきましたが、ここで必ず店員が言うセリフがあります。

“Please show us your I.D.”
(身分証の提示をお願いします)

アメリカはIDチェックが厳しいのです。カリフォルニア州では喫煙・飲酒共に二十一歳以上と定められています。しかも日本人はかなり幼く見られますから、パスポートのコピーを持ち歩いた方がいいかも。できれば顔がはっきり判る、拡大コピーした奴を。
僕はUCLA Medical Centerの職員証を示しながら店員にチップを渡した。全部で十一ドルだから、二ドル渡せば問題はないだろう。チップの目安は10~15%だからちょっと多いけど、今日は感謝祭だし。まあいいや。

祝日だから店はかなり繁盛している様子だ。カウンターもほとんど埋まっていて、酔いが回りはじめた僕の耳にはこの喧騒が心地いい。
「おいお前、こっちに酒、回せよ」
あれ? 日本語だ。ハンバーガーをパクつきながら、声のするほうへ目を向ける。五、六人くらい、窓際のテーブルに陣取っている日本人男性の姿が見えた。
「じゃ、注文してよ。お前、二十一だろ?」
「え? また注文するの? ちょっとピッチ早くない?」
「だって、しゃーねーだろ。俺たち、注文できないんだからさ」
これはどう考えても日本人留学生の集団だ。UCLAにはExtension校 (付属専門学校)があって、そこでは多くの外国人留学生を受け入れて、レベル別に英語を教えている。そして、日本人がやたら多く在籍している。彼らはどう見ても二十歳前後。つまり、大半が親のスネをかじって留学してきたと見られる。かじるものがほとんどなかった僕にはうらやましい限りだが、それでも彼らの英語の力が伸びるというのなら僕も文句をつける気はない。
だが、彼らの中には……本当に一部の人間だと思いたいけど……、親の目の届かない外国の地でこれ幸いと遊びに興じたり、ブランドショッピングに駆け回ったり、居住地の規則を破って地域住民に迷惑を掛ける奴もいる。

僕はサラダをついばみながら、黙って彼らの会話を聞いていた。なにせ、僕は色白で金髪頭。日本人には見えないだろう。だが、そのうち、争うような声が起こった。図体のでかい男が、隣に座っている小柄の男に酒を強制しはじめたのだ。
「おい、これイッキで空けろや」
何考えてるんだ? 今時イッキなんて流行らないだろうが。それに君、さっきの会話でまだ二十一歳未満だと言ってたよな?
僕は彼らを注視した。小柄な男はなみなみと注がれたビールジョッキを持ち、口元へ運んだ。少しずつジョッキに入ったビールの量が減っていく。
ジョッキから口を離した。店の照明が暗めだが、顔色が悪そうだ。嫌な予感がする。
彼が倒れこむのと、僕が椅子を蹴飛ばして駆け寄ったのと、ほぼ同時だった。

“Call an ambulance !”
(救急車呼んで!)

僕は叫んだ。急いで彼を横に寝かせ、着衣を緩めた。体温の降下を防ぐため、ジャケット類をかけてやる。脈を取った。ちょっと早いぞ。でも彼はまだ意識がある。店員が水を持ってきてくれた。水分を取れるなら、もちろん、取った方がいい。
「水、飲める?」
促してみるが、かんばしい反応はない。僕は回復体位を取らせることにした。アルコール中毒で一番怖いのは、吐瀉物でのどを詰まらせて窒息してしまうことだ。それを防ぐのが回復体位と言われる姿勢である。
まず、肩と腰とを支えながら、手前に静かに引き起こしてやる。そして横向きに寝かせる。傷病者の両肘を曲げ、上になっている手を顔の下に入れ、頭を後ろに反らせ、顎を軽く突き出す。 口元を床面に向けるのがポイントだ。
次に、傷病者の上になっている足を九十度曲げて、腹部を乗せて状態を支えてやる。傷病者の手前の腕を開いて顔を安定させたら、完成だ。
しかし、今回はこの体勢を取らせる途中で、彼の表情が歪んだ。
……ええ、お察しの通りです。やられました。僕の胸にぜーんぶ、ぶちまけてくださいました。
あーあ。よりによって、師匠からもらった渡米祝いのネクタイを着けている日に、こんな目に合うなんて。

僕の気分は最悪だが、彼自身はこれで回復に向かった。自主的に店員からグラスを受け取って水を飲んだのだ。しかし、こうしている間も、日本人学生らは僕に手を貸そうとはせず、ただ横で騒ぐばかりだ。こんな具合に。
「おい、どうする?」
「バレたらやばいよ」
「でも救急車呼ばれちゃっただろ? ばれるよな?」
あのね君達、人の命が掛かっているんだよ? 危機を脱したからいいようなものの、自分の体面を気にしている場合か? あまりにも頭にきたので、思わず憎まれ口叩いちゃいましたよ。
「おい、ガキのくせに、何酒を飲んでいるんだよ?」
とたんに、あたりが水を打ったようにシーンとなった。僕は店のオーナーに目配せしながら続けた。
「二十一歳未満は飲酒・喫煙ともに禁止。この国のルールは、知っているよな?」
彼らは無言のまま顔を上げなかった。

いっそ警察を呼んでやろうかと思ったが、それはオーナーの仕事。僕の仕事は患者さんの容態に気を配ることだ。脈を取り、背中をさすってやる。顔色がだいぶ良くなってきたな。病院で点滴を打てば、明け方には回復するだろう。
やってきた救急車には、顔見知りの救急隊員であるCharlesが乗っていた。僕は明日Longだし、患者さんの状態も安定してきている。僕はチャーリーに簡単に引き継いた。救急車が発車すると、留学生たちはオーナーが呼んだタクシーに乗り込んで、救急車の後へついていった。

“Thank you for your help, Docter !”
(助かったよ、ドクター)

団体客が去った後でオーナーが紙袋を渡してきた。中を覗くと、食べかけのハンバーガーとポテトフライ、そして、なにやらクッキーらしきものが入っている。客に応急処置を施したお礼ということらしい。オーナーがウィンクしながらこう話しかけた。

“Your Japanese is very good ! Where did you learn it ?”
(君の日本語はいいね。どこで習ったの?)

僕は首をすくめて答えた。

“Oh, I'm Japanese.”
(ああ、僕は日本人です)

“Really ?”
(本当かい?)

本当だってば。日本人だよ。それに今日はエイプリル・フールじゃないでしょ?

アパートに帰って、僕はすぐ階下にある洗濯機へと走った。汚れたシャツを脱いで洗剤を入れ、コインを入れる。25セント硬貨quarterを六枚投入すると動く仕組みだ。まさか洗濯機でネクタイは洗えないよなー。僕は上半身裸のまま、近くのシンクに行ってティッシュペーパーに石鹸水を浸すと、ネクタイの上を軽く滑らせた。明日、クリーニングに出そう。
ああ、畜生。冷えてきたぞ。コートを羽織って椅子を引き寄せる。洗濯待ちの時間潰しに、紙袋に入ったハンバーガーとポテトフライを食べた。まだ終わらないな? じゃ、このおまけのクッキーも食べちゃいましょうかね。
何も考えず、ポイッと口に入れた。瞬間、僕は顔をゆがめた。
いやー、ダイアナたちのパンプキン・パイに負けず劣らず、激甘です。どうやら、クッキーの生地にチョコレートとココナツの粉末をふんだんに入れ、デコレーションにジャムとコンデンスミルクとピーナッツバターを塗りたくっているらしい。全く、どんな組み合わせだよ! うえっぷ。
ああ、日本のご飯と永谷園のお茶漬けが恋しいなー。今度、シママースの容器と一緒に、多恵子に送ってもらおうかなー。

というわけで、次章へTo be continued.
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