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Part1 My Boyhood
Chapter_09.コンプレックスからの脱却(2)多恵子、勉を訪ねる
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At Nishihara Town, Okinawa; September, 1992.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
それはオペを受けて六日後、つまり明日ようやく肩の固定から開放されるという日だった。
午後、珍しくドアのチャイムが鳴った。
外を覗きこむと、ダンボールを抱えている多恵子がいた。こいつは看護学校へ通ってからも、まったく化粧っ気がなかったし、僕はサンシンの稽古の際も、同級生としてなんら変わらず彼女に接していた。
にしても、多恵子がこんなボロアパートへやって来るなんて想定外だ。
僕は困惑した。おい、うそだろ? こんな姿見られたくないぞ? しかし、来てしまった者を追い返すわけにもいかない。
僕は観念してドアを開けた。
「よお、何しに来た?」
お判りとおもうが、僕は非常に不機嫌だった。
「勉、あんた、どうしたの?」
びっくりした多恵子の声が響く。外目には、僕の姿はたしかに普通じゃない。
「見て判らんね? ナースの卵さん」
「……ケガしたの?」
「オペだよ、オペ。中入る?」
ダンボールを持たせたまま会話を進めるわけにもいかず、僕は多恵子を中へ案内した。
「お邪魔します。……オペって? 何かあったの?」
<p>多恵子はダンボールを卓袱台に置いた。ダンボールの蓋は最初から開いていて、中にゴーヤーと冬瓜と何種類かの葉野菜が入っていた。
「一週間前に、形成外科いってきた」
「形成外科? 脱臼でもしたの?」
「それは整形外科! お前、本当にナースになるのか?」
「だって、発音似てるじゃない。形成外科って、何だっけ?」
「よくテレビでCMしてるだろ? 美容整形みたいな奴だよ」
「あんた、美容整形したの?」
「……確かに、美容整形みたいなもんだな」
とりあえず、冷蔵庫に麦茶があったので、多恵子にはそれを薦めて、自分のグラスにはオレンジジュースを入れた。
「オレンジが良かったらそっちにも注ぐけど?」
「いいよ、ありがとう。麦茶の気分だから」
多恵子は麦茶を一口飲んで質問を続けた。
「で、なんで美容整形なんかしたの?」
僕はぶすっとしたまま答えた。
「アポクリン腺取った」
「アポクリン腺? ああ、はいはい! ……取ったんだ?」
よかった。アポクリン腺の説明しなくちゃならんのかと思ったよ。
「バイトの金がまとまって入ったから、大学休みだし、取った」
「そうかー。確かに、ちょっと、臭かったよね?」
おやまあ、はっきり言ってくれますこと。そういえば、こいつは中学のとき、俺の隣の席に座ってたことがあったな? ……そうか、そう思われていたのか。やっぱり。
「でも、取ったんだったら、良かったね。いつ治るの?」
「明日には包帯が取れる。一週間、でーじしんどかった」
「大変だったね。ご飯とかどうしてたの?」
「ずっとカップ麺とか、パンとか、コンビニのおにぎりとか」
「えー、あんたよ! 栄養偏るよ!うちのお母がさ、勉のこと心配してたよ。なにか悪い病気にでもなったんじゃないかって。だから、野菜持ってきた」
おばさんに心配を掛けたのは申し訳ないと思ったけど、アポクリン腺のことなんて話したくなかった。
「お前、このこと、言うなよ? 俺、笑われたくないから」
「言わんよ。誰にも。安心して」
多恵子は微笑んでいた。
「これで、あいこだね?」
「あいこ?」
「あたしも、おじさん、投げたから」
ああ、なるほどね。これで一対一、秘密のしあいっこか。そう考えると多少気が楽になった。
「多恵子、お願いがある」
「何?」
「背中掻いて。かゆい」
僕は多恵子に背中を向けた。こういうとき、幼馴染だとツーカーで話が通るから便利だ。多恵子は僕の背中に手を置いた。
「どこ? このへん?」
「もっと下、……左、そ、そ、そこ! うわー、気持ちいい!」
ちょうど肩甲骨にかかった包帯の端のあたりを、多恵子はぽりぽり掻いてくれた。
この暑さでかぶれたのだろうか?
早く取りたいな、包帯。もうやってられんよ。
「あんまり掻いたら、もっと掻きたくなるよ?」
多恵子は笑いながら僕の背中をポンポン叩いている。叩くとかゆみが紛れるのを、彼女は知っているのだ。
「判ってる、判ってる。……ありがとう、もういいや。いやー、助かった。一人では掻ききれんから」
「そうだよねー、一人は大変だよねー?」
僕らは顔を見合わせて笑った。
「来週は来るよね?」
「うん、行けると思う。野菜ありがとう。師匠とおばさんによろしく」
「わかった、じゃあね」
多恵子は立ち上がると、にっこり笑って去っていった。((3)へつづく)
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
それはオペを受けて六日後、つまり明日ようやく肩の固定から開放されるという日だった。
午後、珍しくドアのチャイムが鳴った。
外を覗きこむと、ダンボールを抱えている多恵子がいた。こいつは看護学校へ通ってからも、まったく化粧っ気がなかったし、僕はサンシンの稽古の際も、同級生としてなんら変わらず彼女に接していた。
にしても、多恵子がこんなボロアパートへやって来るなんて想定外だ。
僕は困惑した。おい、うそだろ? こんな姿見られたくないぞ? しかし、来てしまった者を追い返すわけにもいかない。
僕は観念してドアを開けた。
「よお、何しに来た?」
お判りとおもうが、僕は非常に不機嫌だった。
「勉、あんた、どうしたの?」
びっくりした多恵子の声が響く。外目には、僕の姿はたしかに普通じゃない。
「見て判らんね? ナースの卵さん」
「……ケガしたの?」
「オペだよ、オペ。中入る?」
ダンボールを持たせたまま会話を進めるわけにもいかず、僕は多恵子を中へ案内した。
「お邪魔します。……オペって? 何かあったの?」
<p>多恵子はダンボールを卓袱台に置いた。ダンボールの蓋は最初から開いていて、中にゴーヤーと冬瓜と何種類かの葉野菜が入っていた。
「一週間前に、形成外科いってきた」
「形成外科? 脱臼でもしたの?」
「それは整形外科! お前、本当にナースになるのか?」
「だって、発音似てるじゃない。形成外科って、何だっけ?」
「よくテレビでCMしてるだろ? 美容整形みたいな奴だよ」
「あんた、美容整形したの?」
「……確かに、美容整形みたいなもんだな」
とりあえず、冷蔵庫に麦茶があったので、多恵子にはそれを薦めて、自分のグラスにはオレンジジュースを入れた。
「オレンジが良かったらそっちにも注ぐけど?」
「いいよ、ありがとう。麦茶の気分だから」
多恵子は麦茶を一口飲んで質問を続けた。
「で、なんで美容整形なんかしたの?」
僕はぶすっとしたまま答えた。
「アポクリン腺取った」
「アポクリン腺? ああ、はいはい! ……取ったんだ?」
よかった。アポクリン腺の説明しなくちゃならんのかと思ったよ。
「バイトの金がまとまって入ったから、大学休みだし、取った」
「そうかー。確かに、ちょっと、臭かったよね?」
おやまあ、はっきり言ってくれますこと。そういえば、こいつは中学のとき、俺の隣の席に座ってたことがあったな? ……そうか、そう思われていたのか。やっぱり。
「でも、取ったんだったら、良かったね。いつ治るの?」
「明日には包帯が取れる。一週間、でーじしんどかった」
「大変だったね。ご飯とかどうしてたの?」
「ずっとカップ麺とか、パンとか、コンビニのおにぎりとか」
「えー、あんたよ! 栄養偏るよ!うちのお母がさ、勉のこと心配してたよ。なにか悪い病気にでもなったんじゃないかって。だから、野菜持ってきた」
おばさんに心配を掛けたのは申し訳ないと思ったけど、アポクリン腺のことなんて話したくなかった。
「お前、このこと、言うなよ? 俺、笑われたくないから」
「言わんよ。誰にも。安心して」
多恵子は微笑んでいた。
「これで、あいこだね?」
「あいこ?」
「あたしも、おじさん、投げたから」
ああ、なるほどね。これで一対一、秘密のしあいっこか。そう考えると多少気が楽になった。
「多恵子、お願いがある」
「何?」
「背中掻いて。かゆい」
僕は多恵子に背中を向けた。こういうとき、幼馴染だとツーカーで話が通るから便利だ。多恵子は僕の背中に手を置いた。
「どこ? このへん?」
「もっと下、……左、そ、そ、そこ! うわー、気持ちいい!」
ちょうど肩甲骨にかかった包帯の端のあたりを、多恵子はぽりぽり掻いてくれた。
この暑さでかぶれたのだろうか?
早く取りたいな、包帯。もうやってられんよ。
「あんまり掻いたら、もっと掻きたくなるよ?」
多恵子は笑いながら僕の背中をポンポン叩いている。叩くとかゆみが紛れるのを、彼女は知っているのだ。
「判ってる、判ってる。……ありがとう、もういいや。いやー、助かった。一人では掻ききれんから」
「そうだよねー、一人は大変だよねー?」
僕らは顔を見合わせて笑った。
「来週は来るよね?」
「うん、行けると思う。野菜ありがとう。師匠とおばさんによろしく」
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