愛を求めて転生したら総嫌われの世界でした

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第二章 失って得たもの

2-19 クリストフ視点<回想>3

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 ダニエルの意識が戻らないまま、私は正式にサミュエル伯父上の養子となり、王城へ世嗣の挨拶に向かうこととなった。
 近衛騎士叙任の際にもモディア王には拝謁しているが、あの時は頭を上げて国王を見ることは許されなかったので国王がどのような人物かは知らない。近衛騎士として城に詰めている時も、国王は我々を側近くには置かず、代々に渡る侍従や宰相家の人間に身辺を守らせているのでそのお姿を見たことはない。
 伯父の後ろについて謁見の間へと入室し、緊張しながら片膝をつく。伯父が世嗣変更の儀礼的な口上を述べるとやはり典礼的な返答があり、最後に

「クリストフ・ド・シュヴァリエ、面を上げよ」

 とのお言葉があって、やっとモディア王の形姿を見た。

 これが栄華を極めるモディア帝国の王なのだろうかと、私は我が目を疑った。富裕とはかけ離れた貧相に痩せ細った体。不健康に黒ずんだ顔で、落ち窪んだ目はぎょろぎょろと忙しなく辺りを見回している。何かに怯えるように身を縮こまらせ、親指の爪を噛んでいる姿は迷子の子どものようだった。これまで王のものだと思っていた威厳に富んだ声は、隣に控えた侍従のものだったと知ったのは、すぐに述べねばならない口上を忘れその人に急かされたからだ。
 私は伯父に睨まれながらも辿々しく用意した言葉を述べ、茫然自失のまま謁見の間を出た。

「驚いたか」

 城を出てから伯父にそう問われ、私は頷くこともできずただ伯父の顔を見つめ返した。

「分かったと思うが、現国王陛下は既に国政を担う力を持っておられない傀儡だ。その実権は宰相家が握っている。しかし我々近衛騎士は国王陛下に身命を捧げていることを忘れるな」
「……国王陛下のご様子は明らかに病んでおられます。豊かなモディア帝国の王が何故あのような……」
「歴代の国王も年を重ねると皆あのようになったそうだ。シュヴァリエ家当主が代々受け継ぐ話によれば、精霊王の与える力が強過ぎる為に起こる弊害だとも言われているが、実際は分からない。いかに聡明な国王も壮年の頃には何かに怯え始め、次第に自我を失われるそうだ」
「そのような……」

 私は心にわだかまった思いを言葉にすることができなかった。
 精霊王は王家を愛したが故、慈しみからその力を与えているのではなかったのか。国王のあの姿が精霊王の愛の行く末なのだろうか。そうであれば、国や民を富ませている数々の恵みも、いずれはあのように破綻していくのだろうか。
 精霊王の加護に、私は恐怖を感じた。

「何故精霊王は……」
「考えるな。国王陛下をお守りすることだけを考えろ。余計なことには関わるな。そうやってシュヴァリエ家は生き残ってきた」

 私の言葉を遮って、伯父は強い口調でそう言った。伯父の瞳が底冷えするような剣呑な光を湛えて鋭く私を威圧してきたので、これは口にしてはいけない疑問なのだと悟って私はそれ以降は何も言わなかった。

 下城した私の足は、屋敷ではなく城下の繁華街を抜け長閑な田舎道へと向いていた。
 モディア王の姿と、眠ったままのダニエルの姿が頭に浮かんでは消え、この世界は何かがおかしいと疑念を抱いた時、ふと美しい黒の忌人を思い出した。
 思えばあの少年に会ってから、私の心は波立つようになったのだ。それまで、世界とはこういうものだと疑いもしなかった私の心に小さな石が投げ込まれ、波紋が生まれた。僅かな波紋はダニエルの言動と国王の姿を受けて、今では大きな波となって私の心を荒らし始めている。何が解決するとは思わなかったが、少しでも心を落ち着けたくてその端緒となった少年に会ってみたくなったのだ。
 孤児院へと向かう道中の精霊教会の所有する広大な荒地の中に、粗末な畑がいくつかあった。そこで小さな人影がたった一人で忙しなく動いている。間もなく冬を迎える寒さの中、懸命に畑の整地をしていたのはあの黒の忌人の少年だった。いくら狭い畑とはいえ、子どもがたった一人でやる仕事ではないと思えたが、辺りに他の人影は見えない。少年は夏野菜の残りを片付け、土をならしながら、時折凍えた手に息を吐きかけ温めている様子が見えた。どこか体調でも悪いのか、時折ふらりとよろめき肩で息をしている。もっと近付こうとした時に、精霊教会の神父らしき人物がやって来て、私は思わず物陰に隠れた。
 神父は何事か少年に怒鳴りつけている様子だった。少年は頭を下げて謝りながら、咳き込んでその場に座り込んだ。すると神父はその肩を蹴り飛ばし、さらに罵声を浴びせて近くにあった農具を投げつけたのだ。流石に止めに入ろうとしたが、別の神父がやって来て同じように怒鳴りながら少年の服を掴み無理矢理引き摺りながら孤児院へ行ってしまった。
 誰もいなくなった畑の前で、私は冷たい風に吹かれながら立っていた。二人の神父はどちらも見事な緑と青の髪をしていた。加護の力が強いのだろう。
 加護の力とは一体何なのかと私は考えてしまった。人道にもとる行いをする彼らに徳の高い加護を与え、勤勉に働く少年には黒の罰を与える精霊王の考えが理解できなかった。
 この国のあり方は本当に正しいのだろうか。私はこの歪められた世界で正しく生きていけるのだろうか。それぞれに異なる加護の力を与えて人々の運命を弄ぶ精霊王は、本当に敬うべき存在なのだろうか。

 そう思い至った瞬間、私は信仰を捨てた。

 私は精霊王ではなく、自分が正しいと思うことを信じて生きようと決めたのだ。
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