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 叫ぶ声が聞こえる。それが雪也の声ではないと流石にわかっているが、それでも周の心臓は早鐘を打ち、呼吸を荒げて扉に近づいた。恐れを抱きながら、しかし何もわからぬことも恐ろしいと扉を僅かに開き、その隙間を覗き込む。雪也よりも大きな男達が彼に襲い掛かり、白刃が振り下ろされるのを見て周はこぼれそうになる悲鳴を必死に飲みこんだ。雪也はずっと、この庵を背に戦っている。それは考えるまでもなく、この庵に奴らを近づけぬようしているからだろう。ならば、周が悲鳴を上げて奴らの注意がこちらに向かうのは避けねばならない。何より、雪也のために。
 雪也の真白な肌が真っ赤な血に染まる度、周はもうやめてくれと叫びだしそうになる。もうやめて、一緒に逃げようと。もちろん、周にもわかっている。ここまで来た以上、奴らが雪也や周を見逃してくれることはないと。生き延びるためには、戦うのが唯一の方法になっていると。それでも、一緒に逃げてほしいと願う。願ってしまう。
 逃げて、逃げて、途中で由弦とサクラをどうにか見つけて、そして一緒に――。けれど、決して雪也はそうしないだろう。周は勿論、由弦もまだ、身を守れるだけの武力を持っていないから。
(雪也……)
 この庵で過ごす日々は、とても穏やかだった。まだ子供であると考える紫呉たちも周に武術を教えるには早いと考えており、周もまた、そんな穏やかな日々に戦う術は必要ないと、どこかで楽観視していた。この庵に居れば大丈夫なのだと、そんな確証もない安心を胸のどこかに抱き続けていた。それをこれほど後悔する日がくると、想像することもなく。
 もしも、もしも周が戦う術を持っていたなら、今目の前で雪也が独り戦うこともなかった。雪也はもっともっと強いはずであるのに、あんなに傷を負ってしまうのは何も大勢を相手にしているからだけではない。庵を――周を守る必要がなければ、雪也はもっと自由に動けただろうに。
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