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三章
3-39 よいみっかかんをー!
しおりを挟むさぁ、ヴニヴェルズムは次も来るのか!?
「変わりまして、第三王位継承者のアネモネ・アウフシュナイターです」
『アネモネもいいこ』
きたー! ネモフィラに似ている女の人……っていうか、アネモネ様の両肩に乗って、ヴニヴェルズムが来たぞ!
「この国の大きな催しに、これほどの方々が足を運んで下さった事を嬉しく思います」
『ありがとう。とおいところからきてくれて、うれしい』
長いオレンジ色の髪の毛が風で揺れて、ヴニヴェルズムにぶつかった。だが、ヴニヴェルズムは気にする事なく肩に佇んでいるだけだ。
アネモネ様はそんなヴニヴェルズムに手を伸ばし、手の上に乗せる。
……え? ヴニヴェルズムを手の上に乗せるって、え? なんで?
でも今の行動は、明らかに見えている人の動きだった。偶然にしては違和感がある。
「皆様に楽しんでいただけますよう、精いっぱい準備をしてまいりましたが、先ほどクレマチスの言葉にもあった通り、不測の事態もあるかもしれません」
『そうなの。みんなでじゅんび、がんばったんだよー』
ヴニヴェルズムはアネモネ様の手のひらでぴょんぴょんと飛び跳ねているし、アネモネ様はそれを全く気にしていないようだ。
気にしていないだけなら、見えていないって事なのだろうが、手のひらに乗せたままの格好で動かないからなぁ。えー、なぜか見えてるのか?
「もしもそういった事になってしまった際には、必ずわたくし達王族が、そして管理局が動きますので、どうかご心配なさらずに、ごゆるりとこの祭りをお楽しみ下さいませ」
『えらい! アネモネも、みんなも、えらいの。がんばってるの』
ま、まぁ、見えているにしても優しくしてるしいいか。仮に見えていなくて偶然そうなったとしても、ヴニヴェルズムが振り払われたわけでもないし。
「わたくし達は、皆貴方達の喜ぶ顔が好きなのです。どうか悲しむ事の無いよう、楽しい記憶をお土産にして帰れるよう、お過ごし下さいませ」
『ヴニヴェルズムもー。にこにこ、だいすき』
あ、今のお土産発言で、所長がスティアに「巨乳をそぎたい気持ちはお土産で持って帰れ」みたいな事を言ったのを思い出してしまった。今回は違う、今回は違う。
……でもアネモネ様の胸部もそれなりだけど、スティア、まさか……。
そーっと見て見るが、どうもそのような危険な感情を持っているようには見えない。むしろ、手にしているヴニヴェルズムを気にしているようだ。
セーフ! 謎の行動のおかげで、そぎたい感情が芽生えていないぞ!
「列車、汽車、共に臨時便も走っております。必要な時には直ぐに使えるようにしておりますので、お役立て下さい」
『びゅーん』
びゅーん。
お前、乗り物をびゅーんって言うのか。可愛いヤツめ。
「皆様あってのこの行事でございます。皆で一丸となり、この祭りを盛り上げてまいりましょう」
『みんなでたのしもうね! あぶないことしちゃ、だめだよ』
そうしてアネモネ様は丁寧に腰を折り、ヴニヴェルズムを手に乗せたまま壇上を後にした。
あれ、見えてるよなぁ? いいんだけどさ。
「続きまして、ネモフィラ・アウフシュナイターですわ」
『ヴニヴェルズムです……わ』
ついに見知った顔が壇上に現れた。それと同時に、頭のてっぺんに乗ったヴニヴェルズムも。
ヴニヴェルズム……無理にネモフィラと同じように「わ」ってつけなくてもいいんだぞ。
「えっと」
ネモフィラはごそごそと懐から紙を取り出すと、一瞬目を落として顔を上げた。
もしかして、本番までに覚えきれなかったのか?
「本日はお集まり頂きまして、ありがとうございますわ」
『うんうん、いいちょうし』
保護者ー! 保護者気分になってるぞ、あの精霊!
「わたくし達は、えっと……皆様に楽しんでいただけるよう、準備してまいりましたわ」
『ゆっくりでいいよー。だいじょうぶ、だいじょうぶ』
ネモフィラは「えっと」の声と共に、またチラッと紙を見て続けた。
なんだろう、この、見知った人のぽんこつ具合に安心しつつも、王族がこれでいいのかっていう不安。相反する感情が二つ、オレの中に生まれた。
「よろしければ、三日間、ゆっくりとお楽しみ下さいませ」
『うんうん、あとちょっとでごーる』
お、もうすぐ終わるのか。他の人よりもはるかに少ないな。
ん? カサブランカ様の言葉も少なかったか。そもそも言付けだったし。
「短くはありますが、これを挨拶とさせて頂きます。皆様と共に、この祭りを盛り上げていける事を、楽しみにしておりますわ」
『よしよし、よくがんばったね』
ヴニヴェルズムは真っ白な羽でネモフィラの頭をなでている。可愛がってはいるんだな?
あー、精霊いるって考え方になってたもんな。それで歩み寄ったのかな。
『いっぱいれんしゅうしたもんね。じょうずだったよ』
……フォローしてる。
ネモフィラがゆっくりと壇上を後にすると、司会が「次は運営委員長の挨拶です」と続けた。
そして大柄な男がゆっくりと登壇したが、王族の挨拶が終わった後だからか、少しずつ人の声がざわめきとして上がってきている。
「あー、手短に。本日はお集まり下さり、ありがとうございます。すでにお言葉があったように、皆さまが楽しく過ごせるように万全を期しておりますが、万が一の時にはお知らせ下さい。それでは、よい三日間を」
『よいみっかかんをー!』
大柄な男がさくっと挨拶をすると、その腕の影からひょこっとヴニヴェルズムが飛び出して挨拶をした。
王族が終わったからもうないのかと思ったら、嬉しい誤算だ。
最初は面妖な生き物かと思ったが、ここまで来ると可愛くて仕方がない。姿よりも性格だな、やっぱり。
ツークフォーゲルも可愛いが、ちょっとこ憎たらしいところがある。エーアトベーベンは大雑把。ヴァイスハイトは細かい。
この性格を考えると、ヴニヴェルズムは随分と可愛らしく見えるというものだ。
運営委員長? の挨拶した後は、もうそろそろ雑談人口が増えてきた。
司会が「各支局長からの挨拶です」と言っていたから、壇上では、そりゃあもう大量の人が長々と何かを語っている。多分真面目に見ていれば、あの、フルールやアーニーの時にお世話にな……お世話になっていない、必殺技がヒゲ揺らし、みたいなあのおじさんも出てきていたのだろうが、興味がなかったからスルーしていた。
オレの周りもぼちぼち雑談を始め、ヴニヴェルズムの演説だったみたいだ、という話で盛り上がった。案の定、見えても聞こえてもいないベルは悔しそうだったし、シアに至っては「どうにか見えるような魔法を作れないかな」などととんでもない事を考え始める。
そうこうしている内に時間が流れ、ようやっと支局長の長い話が終わった後、前回の優勝者代表としてジギタリスが壇上に上がった。
もれなく大量のヴニヴェルズムをくっつけながら、注意事項の説明をし、最後に「これより、大会を開幕致します」と締めくくった。
そう、ようやっと始まったのだ。
アリアさんも余裕の顔色になった頃に、やっと。
「それじゃあ、選手の控室に行こうか」
一日目の試合は多いわけではないが、一発目を引き当てたディオンはオレとラナに声をかけた。
「うん、兄さん! 楽しみだね」
「そうだね」
ラナはその場で両手でわちゃわちゃと楽しさを表現している。
「クルトも。楽しんでいこう」
「おう!」
オレも声をかけられて、にこっと笑った。
ここにいるメンバー全員に「頑張れ」と後押しをされ、オレ達はその場所へと向かったのだった。
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