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2章
2-42 二人で、全員を守りますよ
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俺は大きく大きく息を吐き出してから、座り込んだままのクルトさんの頭をポンと軽く叩いた。
「二人で、全員を守りますよ」
「……おう」
クルトさんは前を見ると、背筋を伸ばして立ち上がる。
「ごめん、ジギタリス!」
「いえ、問題は多少しかありません」
「嫌だなぁ、目つきが変わっちゃった。希望に満ちた目って、潰したくなっちゃう」
確かに、クルトさんの目つきというか、顔つきは変わった。落ち着いて、ちゃんと相手を見据えてくれたのだ。
「あんの野郎……逃げやがった!」
そのとき、サフランが苛立ったように毒づいた
どうやらあの二人は逃げ切ったらしい。あの二人、だけではない。
民間人も、気がつけばかなり数が減っていた。とはいえ、未だに人はいるのだが。
「あー、あー、じゃあもういいや」
どうやら大分ご立腹らしい。サフランは、俺とクルトさんをジロリと睨み付けた。
「お前ら殺して首引きずって、1枚君に見せつけて泣かせて、傷ついたところを殺してやろう。ね、いいでしょ? いいよね?」
「ナイスアイディア。流石はガイスラー先輩!」
シュヴェルツェは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにニヤニヤとした笑みを取り戻した。その言葉は、まるでサフランをヨイショしているようだ。
「ただ、一人ちょーっと手間取るかも」
見られている。手間取る、とは、俺の事か。
「大丈夫だって。所詮は枚数無しだし、もう一人いるのはザコキャラ君でしょ? いけるいける」
「そう? じゃ、がんばろー! 悪い方面への努力は大好きだよ!」
サフランの無駄にポジティブな性格は、もしかすると高すぎる自尊心とシュヴェルツェとの接触さえなければ、ちょっと風変わりな性格で済んでいたものだったのかもしれない。
「クルトさん、冷静に、冷静にお願いします」
「……おう」
俺は短く声を掛ける。
「自分が今何をすべきかちゃんと考えて下さい。絶対に、流されないように」
「おう」
今度はちゃんと聞いてくれている。俺も落ち着いている。
今度こそ……今度こそシュヴェルツェを退けられるはずだ。いや、退ける。
「ジギタリス」
「はい」
「オレは、知っての通り弱い」
「はい」
クルトさんは、サフランとシュヴェルツェを見据えながら、自身の弱さを認めた。
「だから、指示してくれ。オレはお前のサポートにまわる」
「……はい、お任せします」
出来る、はずだ。シュヴェルツェと対峙する前――アマリネさんとビデンスさんの時には、不恰好ながら何とかなったのだから。
俺は大きく頷いた。
「ジス先輩!」
「どうしましたか?」
フィラさんに呼ばれ、そちらに一瞬だけ視線を向けた。
ちらりと見えた複数の白い制服。この非常事態だ。騒ぎを聞きつけ、応援が来たらしい。
「支局から応援が来ましたので、わたくしはこのまま民間人の誘導を支局の方々と続けますわ」
「お願いします。彼らをまとめられるのは今、貴女だけです」
クヴェルは本局の管轄の場所ではあるが、緊急事態の時の為に小さな支局も建っている。どうやら、その支局の管理官だったらしい。
彼らは既に行動を始め、一部でまだ暴れていた民間人を取り押さえている。
「あくまで冷静に、被害を最小限に抑えるよう、尽力して下さい」
「はい!」
俺が指示すれば、フィラさんは返事をし、早速行動に移した。
「お手伝いします」
「いえ、結構です」
問題はその後だった。応援に来た管理官が、俺が断ったにもかかわらず銘々に前に出ると、サーベルを抜いてサフランへと斬りかかったのだ。
「あー、あー、モブの癖に邪魔しないでよねー」
サフランの指先が光っている。駄目だ、間に合わない。
「伏せろ!」
俺は叫ぶと同時に身を屈める。クルトさんも同様の行動をしたようだった。
それとほぼ同時に、俺達の上を何かがかすめ、地面に着くと同時に大きな音を響かせた。おそらくは例の斬り裂く魔法か。
もうもうと立ち込めた土埃が収まった頃には、切り傷だらけで倒れた管理官達と、それを目の当たりにしたフィラさんの悲鳴が轟いた。
「よくもやってくれたな!」
一瞬、激昂したクルトさんかと思った。だが違った。
激昂したのは、被害を受けなかった他の管理官。これでは、応援なのか何なのかわかったものではない。
「待て! お前は避難誘導の方に――」
「よくも!」
俺の忠告や指示など、この状態の相手に入るわけがない。そいつはサーベルを大きく振りかぶったが、俺はそれを強制的に取り押さえた。
「こりゃあ、良いね」
相変わらず気味の悪い笑みを浮かべるシュヴェルツェを前に、俺は捕まえた管理官をずるずると後ろへと引きずる。頼むから下がっていてほしい。
「貴方たち! 民間人の誘導を優先して下さい!」
俺の内心を読んだ様なタイミングで、フィラさんが管理官に指示を出した。
彼らはその声に反応し、ビクリと肩を震わせた。
「し、しかし」
「お黙りなさい!」
それでも、と言い訳をしようとしたが、それも一瞬。フィラさんの言葉に、あっという間に飲み込まれる。
「わたくしの……アウフシュナイター家の人間の言葉が聞けないと言うのですか!」
「失礼しました!」
俺は彼をフィラさんに預け、また目の前の二人に対峙する。
「おー、人間の浅ましい欲が見えていいねぇ」
欲、か。なるほど。それでフィラさんの「アウフシュナイター」の名前の前で大人しくなった訳か。
「そう? ただの茶番じゃない?」
「わかってないなぁ、ガイスラー先輩は」
茶番はこいつらの方だ。どのタイミングで出ようかと迷っているクルトさんを横目に、俺は一直線にサフランを狙う。
彼は慌てて魔法陣を描き始めたが、魔法を使わせる前に叩けばいい。
「アウフシュナイター家と言えば、王族だよ。つまりあいつは出世欲を取ったんだ。
仲間がやられた悔しさよりも、僕達に対する怒りよりも、なによりも自分の未来、出世、言い換えればより高い給金の方へと感情を傾かせた」
着実に距離は詰まった。もう少しで――
「おっとっとー」
だが、俺は慌てて止まる事になった。なんとサフランの前に、シュヴェルツェが突然入ったのだ。
これがシュヴェルツェの自前の身体であれば、このまま斬りかかってもかまわないが、これはグロリオーサさんの身体。
俺は舌打ちをして勢いを殺すも、完全には殺しきれず、俺のサーベルはグロリオーサさんの肌を薄く斬った。
「やぁん、いったーい」
シュヴェルツェはニヤニヤと笑うと、俺のサーベルの刀身を握る。彼の掌からは、鮮血が落ちた。
「お・か・え・し」
「逃げろ、ジギタリス!」
目の前で、シュヴェルツェが魔法を描き始める。視界の端で、サフランが魔法を放とうとしているのも見えた。
「だぁぁぁぁ、そっちはどうにかしてくれ!」
クルトさんは、サフランへと特攻する。
不安ではあるが、彼に任せるしかあるまい。俺は至近距離でシュヴェルツェの腹へと蹴りを入れた。
「――なっ!」
死なない程度ではあるが、思い切り入れたはずだ。
だが、何故だろうか。彼は呻きの一つも漏らさず、平気な顔でサーベルごと俺を引き寄せた。
「二人で、全員を守りますよ」
「……おう」
クルトさんは前を見ると、背筋を伸ばして立ち上がる。
「ごめん、ジギタリス!」
「いえ、問題は多少しかありません」
「嫌だなぁ、目つきが変わっちゃった。希望に満ちた目って、潰したくなっちゃう」
確かに、クルトさんの目つきというか、顔つきは変わった。落ち着いて、ちゃんと相手を見据えてくれたのだ。
「あんの野郎……逃げやがった!」
そのとき、サフランが苛立ったように毒づいた
どうやらあの二人は逃げ切ったらしい。あの二人、だけではない。
民間人も、気がつけばかなり数が減っていた。とはいえ、未だに人はいるのだが。
「あー、あー、じゃあもういいや」
どうやら大分ご立腹らしい。サフランは、俺とクルトさんをジロリと睨み付けた。
「お前ら殺して首引きずって、1枚君に見せつけて泣かせて、傷ついたところを殺してやろう。ね、いいでしょ? いいよね?」
「ナイスアイディア。流石はガイスラー先輩!」
シュヴェルツェは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにニヤニヤとした笑みを取り戻した。その言葉は、まるでサフランをヨイショしているようだ。
「ただ、一人ちょーっと手間取るかも」
見られている。手間取る、とは、俺の事か。
「大丈夫だって。所詮は枚数無しだし、もう一人いるのはザコキャラ君でしょ? いけるいける」
「そう? じゃ、がんばろー! 悪い方面への努力は大好きだよ!」
サフランの無駄にポジティブな性格は、もしかすると高すぎる自尊心とシュヴェルツェとの接触さえなければ、ちょっと風変わりな性格で済んでいたものだったのかもしれない。
「クルトさん、冷静に、冷静にお願いします」
「……おう」
俺は短く声を掛ける。
「自分が今何をすべきかちゃんと考えて下さい。絶対に、流されないように」
「おう」
今度はちゃんと聞いてくれている。俺も落ち着いている。
今度こそ……今度こそシュヴェルツェを退けられるはずだ。いや、退ける。
「ジギタリス」
「はい」
「オレは、知っての通り弱い」
「はい」
クルトさんは、サフランとシュヴェルツェを見据えながら、自身の弱さを認めた。
「だから、指示してくれ。オレはお前のサポートにまわる」
「……はい、お任せします」
出来る、はずだ。シュヴェルツェと対峙する前――アマリネさんとビデンスさんの時には、不恰好ながら何とかなったのだから。
俺は大きく頷いた。
「ジス先輩!」
「どうしましたか?」
フィラさんに呼ばれ、そちらに一瞬だけ視線を向けた。
ちらりと見えた複数の白い制服。この非常事態だ。騒ぎを聞きつけ、応援が来たらしい。
「支局から応援が来ましたので、わたくしはこのまま民間人の誘導を支局の方々と続けますわ」
「お願いします。彼らをまとめられるのは今、貴女だけです」
クヴェルは本局の管轄の場所ではあるが、緊急事態の時の為に小さな支局も建っている。どうやら、その支局の管理官だったらしい。
彼らは既に行動を始め、一部でまだ暴れていた民間人を取り押さえている。
「あくまで冷静に、被害を最小限に抑えるよう、尽力して下さい」
「はい!」
俺が指示すれば、フィラさんは返事をし、早速行動に移した。
「お手伝いします」
「いえ、結構です」
問題はその後だった。応援に来た管理官が、俺が断ったにもかかわらず銘々に前に出ると、サーベルを抜いてサフランへと斬りかかったのだ。
「あー、あー、モブの癖に邪魔しないでよねー」
サフランの指先が光っている。駄目だ、間に合わない。
「伏せろ!」
俺は叫ぶと同時に身を屈める。クルトさんも同様の行動をしたようだった。
それとほぼ同時に、俺達の上を何かがかすめ、地面に着くと同時に大きな音を響かせた。おそらくは例の斬り裂く魔法か。
もうもうと立ち込めた土埃が収まった頃には、切り傷だらけで倒れた管理官達と、それを目の当たりにしたフィラさんの悲鳴が轟いた。
「よくもやってくれたな!」
一瞬、激昂したクルトさんかと思った。だが違った。
激昂したのは、被害を受けなかった他の管理官。これでは、応援なのか何なのかわかったものではない。
「待て! お前は避難誘導の方に――」
「よくも!」
俺の忠告や指示など、この状態の相手に入るわけがない。そいつはサーベルを大きく振りかぶったが、俺はそれを強制的に取り押さえた。
「こりゃあ、良いね」
相変わらず気味の悪い笑みを浮かべるシュヴェルツェを前に、俺は捕まえた管理官をずるずると後ろへと引きずる。頼むから下がっていてほしい。
「貴方たち! 民間人の誘導を優先して下さい!」
俺の内心を読んだ様なタイミングで、フィラさんが管理官に指示を出した。
彼らはその声に反応し、ビクリと肩を震わせた。
「し、しかし」
「お黙りなさい!」
それでも、と言い訳をしようとしたが、それも一瞬。フィラさんの言葉に、あっという間に飲み込まれる。
「わたくしの……アウフシュナイター家の人間の言葉が聞けないと言うのですか!」
「失礼しました!」
俺は彼をフィラさんに預け、また目の前の二人に対峙する。
「おー、人間の浅ましい欲が見えていいねぇ」
欲、か。なるほど。それでフィラさんの「アウフシュナイター」の名前の前で大人しくなった訳か。
「そう? ただの茶番じゃない?」
「わかってないなぁ、ガイスラー先輩は」
茶番はこいつらの方だ。どのタイミングで出ようかと迷っているクルトさんを横目に、俺は一直線にサフランを狙う。
彼は慌てて魔法陣を描き始めたが、魔法を使わせる前に叩けばいい。
「アウフシュナイター家と言えば、王族だよ。つまりあいつは出世欲を取ったんだ。
仲間がやられた悔しさよりも、僕達に対する怒りよりも、なによりも自分の未来、出世、言い換えればより高い給金の方へと感情を傾かせた」
着実に距離は詰まった。もう少しで――
「おっとっとー」
だが、俺は慌てて止まる事になった。なんとサフランの前に、シュヴェルツェが突然入ったのだ。
これがシュヴェルツェの自前の身体であれば、このまま斬りかかってもかまわないが、これはグロリオーサさんの身体。
俺は舌打ちをして勢いを殺すも、完全には殺しきれず、俺のサーベルはグロリオーサさんの肌を薄く斬った。
「やぁん、いったーい」
シュヴェルツェはニヤニヤと笑うと、俺のサーベルの刀身を握る。彼の掌からは、鮮血が落ちた。
「お・か・え・し」
「逃げろ、ジギタリス!」
目の前で、シュヴェルツェが魔法を描き始める。視界の端で、サフランが魔法を放とうとしているのも見えた。
「だぁぁぁぁ、そっちはどうにかしてくれ!」
クルトさんは、サフランへと特攻する。
不安ではあるが、彼に任せるしかあるまい。俺は至近距離でシュヴェルツェの腹へと蹴りを入れた。
「――なっ!」
死なない程度ではあるが、思い切り入れたはずだ。
だが、何故だろうか。彼は呻きの一つも漏らさず、平気な顔でサーベルごと俺を引き寄せた。
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