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3章 猛花薫風事件

10. 剥落

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 一週間の時間をかけて、レヴリッツは迅速かつ確実に情報を集めた。
 表出したのは、ペリシュッシュ・メフリオンという人間の境涯きょうがい。彼女は年齢に対しては非常に重い責任を背負っていた。

 彼は自室で集めた情報を纏める。

 「ペリシュッシュ・メフリオン──職業バトルパフォーマー、十七歳。
 幼少期に両親が離婚し、妹のエリフテル・メフリオンと共に母親に引き取られる。五年前に母親が他界し、妹を養うためにバトルパフォーマーへ就職するが……一年後に妹が植物状態に。病ではなく、呪術による昏睡状態。様々な解呪法が試されたものの、すべて失敗に終わる。
 エリフテルの生命維持には莫大な金銭が必要であり、姉の稼ぎで賄うことは難しい。彼女がアマチュア級に留まっているのも、安定した収入源を得るため。
 ……複雑な事情に見えて解決の糸口はわかりやすい。妹のエリフテルの呪いを解けばいい」

 呪竜討伐の際、ペリが何かを言いたそうにしていたのも解呪に関することだろう。血清を貰おうとしたか、レヴリッツに協力を仰ごうとしたか。
 彼は呪力の扱いは得意だが、呪術そのものには詳しくない。まずはエリフテルの症状を直接確認したい。

 集めた情報は脳に焼きつけ、その場で焼き捨てる。
 個人情報を無闇に残してはいけない。
 レヴリッツは再び必要な準備を整え、妹が入院している病院へと向かった。

 ー----

 建造物への侵入はレヴリッツの得意分野。
 彼は迷いなく白昼の病院へ向かった。戸籍を偽装してエリフテルの親族として面会するという策もあったが、こっそり忍び込んだ方が楽だ。


 病院に入り、するするとネズミのように進む。
 エリフテルが眠る病室へ到着したが、病室の前で医者と看護師が話し込んでいる。柱の陰に隠れて、彼は耳をそばだてた。

 「先生。エリフテルさんの調子はどうですか?」

 「いや、相変わらず……だな。医者として、彼女を治せないことに無力さを感じている。どれほど高名な呪術師に見せても、「何の呪術かわからない」と返答される始末。姉が金を払っている以上は、病院の移動も催促できないが……困ったものだな」

 そう告げて医者と看護師は踵を返して行った。
 察するに、ペリは妹の移動をせがまれているらしい。治しようがない人間をいつまでも抱えているほど、病院側も部屋が空いていないのだ。

 レヴリッツはより深く事情を理解しつつ、病室の扉を開け放った。
 寝台の上に眠る銀髪の少女。なるほど、姉の面影がよく窺える。安らかな寝息を立てて眠っていた。まるで死人のよう。
 周囲には彼女の呪力を軽減する装置や、生命力を増強する装置が配置されている。

 「……聞こえますか?」

 語りかけてみるが、返事はもちろんない。
 用事は速やかに済まそう。
 まずは病室のカメラにジャミング魔術を付与し、ショートさせる。

 続いてエリフテルに付与された呪術を確認する。
 レヴリッツは彼女の白い腕に触れ、呪力の流れを感知。呪術であることは間違いないが……たしかに、この流れは今までに見たことがない。前代未聞の術式だ。

 「精密検査が必要か。理事長に頼もう」

 おそらく、サーラ理事長なら呪術の型を判別してくれるはず。彼女は理事長であると同時に、魔導学士院の重鎮でもあるのだ。

 付与された術式を精密検査するには、被験者の血液が必要。ただし採血を行うためには、不正に採血をした痕跡を消さなければならない。いわば傷口の抹消。
 治癒魔術が使えないレヴリッツが傷を治す術を持っているとしたら、彼の秘刀に他ならない。

 「偽装解除」

 秘刀──《黒ヶ峰》を使用するためには、本来の姿に戻る必要があった。
 周囲に人の気配がないことを確認。
 レヴリッツ・シルヴァの皮を脱ぎ捨て、大罪人『レヴハルト・シルバミネ』の姿を顕す。彼は白い髪を揺らして半身たる刀を呼ぶ。

 「黒ヶ峰」

 中空より音もなく出でたる二刀。
 一方は死を司る黒刀、一方は生を司る白刀。薄暗い病室に湾れ刃のたればが鈍く光る。
 軽くエリフテルに傷口をつけて採血した後、白刀で傷を癒すつもりだ。今回は殺しではないので黒刀は使わない。造作もない行程だ。

 まさか殺し以外の目的で黒ヶ峰を使うことになるとは……レヴハルトは複雑な胸中で刀のにえを眺めた。正直、複雑な胸中だ。

 自分が誰かのために動くなど、はっきり言って気持ち悪い。ペリとはそこまで深い関係があるわけでもないし、彼女が苦しんでいる様子を見ても何とも思わないのだ。だが、レヴハルトは動いていたのだ。自分でも気がつかない内に。

 どうして自分は……


 「……え?」

 「ッ!?」

 不意を突かれた。
 いや、レヴハルトが油断していたのだ。自分がなぜ情を抱いているのか、などとくだらない物思いにわずかでも耽ったのが間違いだった。
 第三者の接近に気がつくことができなかった。

 病室の扉を開け放っていたのは、今まさに考えていた人物。
 ペリシュッシュ・メフリオン。

 ゆっくりと──ゆっくりと、彼女の手から造花の花束が落ちる。
 万華鏡のようにカラフルな色彩が目まぐるしく。
 くるくると回る鮮やかな花々を凝視しながら、レヴハルトは思考を急加速させた。自分は何をするべきなのか。

 ペリからすれば、見知らぬ人物が刀を妹の前で振りかざしていたことになる。
 ──いや、違う。
 細切れに進んでゆく時間の中で、ペリの瞳の宿る感情は変化していた。

 ……驚愕から恐怖へと。そう、彼女は目の前の人物を知っている・・・・・

 花束が地面に落ちた。

 「ぁ……ぃ、嫌……」

 レヴハルトはただ刮目かつもくし、向けられる畏怖を受け止めるしかなかった。
 彼とて人間だ。咄嗟に想定外の事態が起きた時、取るべき行動をすぐに決断できるほどの判断力はない。
 ペリシュッシュを気絶させることはできた。瞬時に認識阻害を施すこともできた。しかし、それらの解決手段をレヴハルトは放棄してしまっていたのだ。

 「どうして……外国の、死刑囚が……ここに居るの……!? やめて……私の妹に、手を……出さないで……!」

 彼女は過呼吸に陥りながらもなお、青褪めた表情でレヴハルトを糾弾した。

 重ねて言うが、レヴハルト・シルバミネは大罪人である。
 実質的な死刑……追放刑を受けた彼の人相は、全世界に知れ渡っていた。外国であるこの国でも、ニュースに関心のある人は顔を知っているだろう。

 ──レヴハルト・シルバミネは死んだと……そう報道されている。
 死んだはずの大罪人が愛する妹の前にいる。その事実はペリシュッシュの平常心を砕くには十分すぎる状況だった。
 互いが互いに動揺の狭間、どう動くべきか理解できず。

 「フ……」

 思わず息が漏れた。
 レヴハルトの吐息に、ペリシュッシュの方がビクリと揺れる。

 「フハハハハッ!」

 何がおかしい。
 自分でもわからず、レヴハルトは笑い飛ばした。哄笑こうしょうが止まらない。

 内心では自覚していた。
 自分の様な人間クズが誰かのために動くからこうなる・・・・のだと。

 彼は右手を首に当てて天を仰ぐ。
 そして、ペリシュッシュを視線で射貫いた。

 「失敬。俺は別に何もする気はないんだ。
 名前も知らぬ少女よ。心配しなくてもいい。君の妹には何もしていないし、何もする気はない。ただ……特殊な呪術に惹かれて観察していただけだよ。どうかその花束を拾って、寝たきりの彼女へ捧げてあげてほしい」

 また失敗だ。
 殺人鬼レヴハルトが生きていると知れ渡って、またこの国から逃げなくてはならない。バトルパフォーマーも辞めなければならないだろう。契約も果たせなくなった。
 築き上げたモノなんてない。バトルパフォーマーとしての経験も、絆も、初めからそんな物は存在しなかった。

 だから彼は去る。ここリンヴァルス国においてレヴハルトが生きていると知られたからには、これ以上滞在はできない。
 ペリシュッシュの横を素通りして、病室を出ようとした刹那──



 「……待って。レヴリッツくん」

 「──は?」

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